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この学校では、始業式等の準備のため、いくつかの部活動や生徒会に所属している生徒は新年度の始め、4月1日に登校する。
「ん」
「どうかした?」
少年が横から覗き込むと、少女は自分のげた箱からスリッパを出して横にずれた。
その少女の手には、一通の手紙が。
「……手紙」
「誰から?」
裏に返すと、そこには几帳面そうな字が書いてあった。
「僕は知らない人間だ。」
そう言って靴をげた箱にしまい、少年と少女は共に教室へ向かう。
並んで歩く二人の背格好はとても似ていて、少年は男にしては長めの髪を無造作に括っていて、少女は肩まである髪をおろしている。その違いと制服以外、区別できるものはなかった。
* * *
午前中は会場の準備などをし、午後も仕事のある者たちは昼休み。
任された仕事の都合上ジャージに着替えている少年と少女は二人、立ち入り禁止の屋上で昼食を共にするのが日課だった。
「手紙、何だって?」
少年はコンビニで購入したミカン・オレ片手に少女に問う。
「3時に屋上。それ、おいしいの?」
少女は簡潔に答える。
「おいしいけど3時って……今日午後まで仕事ある奴なのか?」
「みたいだね」
少女は鞄から手紙を取り出し、読み返す。
「おれっち午後暇なんだよねー」
「僕は用事ある。
──遅くなるかも。」
「じゃ、いっちょやりますか」
少年は、にこりと笑う。
この笑顔に惹かれて告白した女子も数人いたが、すべて実らず、彼に対して軽いトラウマを抱えることとなった。
「やる?」
少年の言葉に、少女は笑みを返した。
暫く雑談をした後、少女は鞄を持って立ち上がった。
「仕事が終わり次第、急いでくるから。
時間があれば着替えてくるけど。」
「おれっちは先に着替えて待ってるよ」
* * *
指定の時間、制服姿の少女が屋上で暇を持て余していると、見知らぬ男子生徒がやってきた。
「呼んだのは、アンタ?」
少女がそう問うと、男子生徒はすごい勢いで頷いた。
「用件は、なに?」
このシチュエーションで他の用があるわけがないが、少女は一応確認してみた。
「好きです!」
「……?」
「一目見たとき、あなたの笑顔に惹かれました!
よろしければ、自分と、交際して下さい!」
少女は質問の返答に告白(?)してきた男子生徒に対し、怪訝そうな眼差しを向ける。
こんな告白があるのか。と思っているのかもしれない。
その表情は、単刀直入すぎておもしろくない。と思っていそうだ。
「おれっちに言ってる?」
「はい!」
「……他人と間違えてない?」
「間違ってません!」
男子生徒はきっぱりと言い切る。
「おれっちが誰か知ってて言ってる?」
男子生徒は少女の名前を、半ば叫ぶように言った。
「……他は?」
「殆ど知りません!」
男子生徒はきっぱりと言い放つ。
「……だよね。
もし知ってたら逆に驚くよ。」
男子生徒の勢いに圧され、少女は少し仰け反った。
少女はこの男子生徒と同じクラスになったことは1度もなく、接点も思い当たらない。
「ねぇねぇ君、」
少女に真剣な眼差しを向け続ける男子生徒の肩を、軽くたたく者がいた。
男子生徒が反射的に振り向くと、そこにはジャージ姿の少年がいた。
「君、間違えてるよ?」
「え……?」
男子生徒はその言葉に驚き、一瞬動きを止めた。
「手紙を出した相手は、その子じゃないでしょ?」
男子生徒は制服姿の少女の方へ向き、その顔をじっと観察する。
「君がここに呼び出したのは、その子なの?」
少年の問いに、男子生徒は答えない。
何も言わず、ジャージ姿の少年と、制服姿の少女を見比べる。
2人はもちろん瓜二つだった。
「──僕でしょ?」
少年は笑って、後ろで髪を括っていた紐を解いた。
その笑顔は、男子生徒が惹かれた少女のものだ。
男子生徒は何も言えず、制服姿の方をみる。
そちらには、ジャージ姿の方から紐を受け取って髪を括る少年がいた。
少年は変声期もきておらず、2人は声もまた似ていた。
「……おれっち、なんにも正しいって言ってないから、アンタが勝手に勘違いしてただけだよ?」
男子生徒は腰が抜けたようで、その場にヘたり込んでしまった。
「告白相手を間違えるなんて、とんだ災難だね。」
ジャージ姿の少女はそう言うと、屋上の出入り口となる扉のドアノブに手をかけた。
女子制服姿の少年は、あわてて鞄を拾い上げた。
男子生徒が何かを言おうとする気配を感じながら、少女は扉の奥で半分だけ振り向いた。
「ちなみに「今日、4月1日だよ。」」
少年も言葉を被せ、少女の後を追った。
1人残された男子生徒は、呆けた顔のまま暫く動き出さなかったという。
* * *
「おもしろかったねー」
「ね。」
「おれっちの演技力みたか」
「あんまよくなかったー」
着替えた少年と少女は、服を整えながら階段を下り、顔を見合わせて笑った。
「次はどんなにしようか?」
「ん~、でも、あの子このことバラさないよね?」
「バラされても平気っしょ。」
「……そうだね。」
「どうせアイツが言ったって信じないだろうし」
その後少年にはゲイの疑いがかけられましたとさ。