出逢う!弐
怨敵・香月を捜していた香炎は、暮れ時に鈴屋に来た侍・和隆と邂逅する。
和隆は香炎を見初めてしまい…?
「さて…」
小高い丘の上。一つの影が、微かな声で呟いた。
薄墨色の雲間から、月光がその足元を明々と照らす。
がりりと、靴裏が細かな砂利を踏む音がした。
闇の中から爪先が覗く。現れたのは一人の若侍だ。
月光に透ける色味の薄い髪を高く一つに結い、漆黒の着物を着流しにして、腰には見事な業物を佩いている。
ほっそりとした立ち姿が美しいこの若侍は、街を一望できるこの丘で時々休むのだ。
生暖かい夜風が、隠れていた月を押し出してひと思いに辺りを照らし出す。
月光に輪郭が浮かび上がり、侍の素顔が明らかとなった。
「何だ、今日は上弦だったか。読み違えたな…」
呟いた若侍は、香炎の顔。
―――否、若侍は香炎その人であった。
香炎は、毎晩捜しているのだ。
家族を―――香炎のみを除いて、一族を殲滅した自らの片割れを。
「香月…っ!」
双子の兄、香月は一族の中でも統率力・能力共に一目置かれる存在だった。
『だった』のだ。
模範的な兄を、香炎はとても誇らしく思っていた。
だが、惨劇はある日突然襲い掛かる。
「見つけて討ち果たすまで、死ぬわけにはゆかぬ…」
惨劇の日、同胞の血を浴びて嗤っていた鬼を討ち果たすまで。
ぎりりと、噛み締められた香炎の唇が色を褪して白くなる。
「先客がおったとはな。…お主も月見か?」
覚えのある声に、香炎は覆面を引き上げて距離を取る。
「……!」
三歩ほど間の開いた先には、昼間鈴屋に来た侍・和隆が佇んでいた。
香炎の目が、一瞬だけ大きく張られる。
(和隆…さま? そうか、彼は軍部所属の侍。ふぅーん…)
「そう、警戒するな……敵意はない」
いつの間にか距離は縮まって、半歩ほどしかない。
目前に来た和隆は、昼間見た時とは違う褐色の軍服を纏っていた。
「儂は島津和隆と申す。お主は?」
「香炎……。杣崎、香炎」
に、と笑った和隆を瞬時に察して、香炎は二歩、三歩飛び退く。
然し、察しのいい軍人にはしっかりと正体を見極められていた。
「香、炎? お主、昼間に鈴屋にいた女中か…」
「…っ」
殺気の篭もった冷たい風が、二人の間を吹き抜けていく。
「答えぬところを見ると、そうなのだな…」
「だったら、どうしたというのです…?」
鋭く見返す香炎の目に、和隆は僅かに息を詰めた。
「やはりな」
「…え?」
「お主の目は、どうも他の女の目とは違う…。もう一度逢いたいと思っていたところを、早それが叶うとは」
顎髭を撫でながら笑う和隆に、香炎は身構えたまま固まってしまった。
(あたしに逢いたい…と?)
「なぜ?」
「昼間お主に逢った時、同じものを感じたからだ。それは…抑えていても、解る者には解る」
(凄い……!! やはり、この男は本物!)
香炎は覆面を下げると、素顔で和隆を見た。そして跪く。
「…某、貴殿に弟子入りを志願したい」
和隆は小さく溜息をした。表情には、困惑と哀しみが綯い交ぜになっている。
「……顔を上げてくれ」
「是い」
貌をあげた香炎は、きりりと背筋を正して和隆を見上げた。
「儂は、弟子を取る気はない…。だが」
「え…」
「お主を見初めた」
香炎のその表情が、一瞬の内に落胆から驚愕のものに変わった。
「見初め…た?」
(それ、どういう意味?)
同志として?
それとも、女…として?
「昼にも言ったが、儂は…女子の扱いが解らんのだ。その、な? まずは友になってはくれぬか?」
香炎は、和隆の顔をちらと盗み見る。
急にしどろもどろになった和隆の顔は、想像したとおりやはり赤面していた。
「友……ですか、あたしと」
「嫌か?」
内心で、和隆の言葉を反芻する。
意味合いとしては、どうやら後者のようだ。
「…こちらこそ、頼みますね」
暫しの沈黙の後、香炎は消え入りそうな声音で返事を返した。
こんにちは、銀流です。
おっさま侍・和隆と香炎(謎多し)の間に生じた、微妙な感情。
この先どうなるのか、生暖かく見守っていただけると幸いですね。