序章
墨を流したような深闇の中、煌びやかな電灯がそこだけを染め抜いて闇を夜色に変色させている。
もちろん夜の街場に於いて、灯りは一つだけではない。
ここは東西南北に分かれているうちの一つ、北軍が治める街・虹蓮。この国の首都だ。
表通りには名うての大店や料亭が軒を連ねており、時の関係なく常に人が絶えず、繁華街として栄えている。
繁華街の喧噪が遙か遠くに聞こえてくる裏通り。
闇に沈んだ裏道をゆく影が一つあった。
建物の影から出た瞬間、辺りの残照にその人物の輪郭が浮かび上がる。
少年…いや、年の頃は十七か八ほどの、黒い衣を纏った少女だった。
少女ならば香料の一つも匂わせようが、彼女からは一切、そういった物は感じられない。
彼女が纏う香りは―――‐血と硝煙。
戦場のものだ。
少女自身は仕事柄汚れるのは慣れていたし、元々の性から、今までそれを苦痛に感じたことはなかった。
しゅん、と音もなく白刃が振りかざされて、矢継ぎ早に相手の刀が弾かれる金属音が路地裏に響く。
「最後にもう一度聞く、あの男を知っているな? どこにいる」
光宿す刃を突き付けられた男の喉から、ひっと短かな悲鳴が漏れた。
「言え!」
少女にしてはひどく残酷な瞳が、男を威圧する。
「い、言うと思うかッ……仲間を売るくらいならば、貴様に斬られた方がマシだ!」
目の前で腰を抜かしている男は、少女と同じく侍姿。
「……仕方のない、ムダな殺生はしたくなかったのだがな」
「ヒイッ…」
ひゅん…と風を裂く小気味よい音がする。
夜の漆黒に重く冷たい刃が振り下ろされ、誰にも届かぬ断末魔が響いた。