「非現実の世界」 1-3
「やっと相手してくれたね」
そう呟いた彼女は自分の服に付いた砂埃を払いながら近付いてきた。
「さっきの蹴りは効いたよー。なんか武道でもやってるの?」
質問しながらだが、一歩一歩着実に近付いてくる。
「そして最大の疑問。何で動けるの?」
確かに最大の疑問だ。かく言う俺もそう思ってる。
瑞希はそれらの質問に面倒そうに返す。
「私は武道なんかやってないわ。やってるのは同じ『道』でも華道。そして動ける云々の質問には答えないわ」
普段の瑞希からは考えられない冷たい態度。こりゃ怒ってるかな、相当。
「ふーん、まあいいや。貴女が何者なのかは置いといて。先ずは彼を殺さなくちゃいけないの。ジャマしないで」
そう言い、まだ魔法陣が展開されている右手を俺に向ける。おいおいマジかよ。
だがそれと同時に瑞希が間に入る。
「あなたが私に用が無くても、私は幼なじみを殺そうとするあなたには用があるわ」
彼女の顔がめんどくさそうに歪む。
「あっそ。ならアナタにも死んでもらうよ。悪く思わないでねっ」
そう呟くと彼女の魔法陣が回転し始め、光を放つ。
「じゃあ、2人仲良くサヨウナラ!」
「サヨウナラ!」と同時に先ほどの水弾が飛んでくる。弾速が先程とはダンチだ。これは流石にマズいだろ。
「瑞希…!」
「心配しないで。大丈夫だから」
どこからそんな自信が沸き上がるのか。全くわかんねぇ。
そうしてる内に弾丸が近付いてくる。
俺は瑞希を守ろうとしたが脚が動かない。くそ…!
そしてそれが瑞希に当たったように見えた。だが、それが瑞希に着弾すると同時に、水風船のようにパンッ!と弾け霧散した。
「えっ…!?」
これは俺の台詞じゃない。件のモノを放った彼女の台詞だ。だが俺も言葉にならないぐらい驚いた。それはもう口をあんぐり開けるぐらいにね。顎が外れそうだ。
「え…?確かに当たったのに…。もう一度…!」
彼女は手を構えたままもう一度撃ってきた。しかし、それも当たる前に弾ける。
「瑞希…、お前は一体何者なんだ…?」 その問いに、瑞希は答えない。
彼女が昔からの幼なじみなのは分かるが、目の前で有り得ないものを見せられてしまうと、それも確証が薄れてきちまう。
「どうして…?どうして私の魔法が効かないの…?」
彼女…ややこしくなりそうだ、キーパーにしよう。キーパーは半分泣き目になりながらそんな事を口にする。てかやっぱ魔法なんだ、アレ。
「魔法が効かない…肉弾戦なら…!」
またどっかで聞いたこと有る台詞だ。アイツ、アニメ好きか?
魔法を放つのを止めたキーパーは、俺が視認できない速度で瑞希に肉薄する。速すぎじゃね?
そしてその速度のエネルギーを利用したストレートを放つ。その衝撃波で俺は吹っ飛ばされた。
あ、有り得ねぇ。あんなの喰らったら内臓がグチャグチャになるかもしれない。
「これでどう…!?」
砂塵を巻き上げながら放った一撃。あの顔と言葉から判断するに当たった、という実感は有るのだろう。
「何が『これでどう』なの?」
砂埃が晴れてきた。俺は目を凝らして現状を把握しようとした。そして見えたものに俺は愕然とした。
「う、嘘でしょ(だろ)…?」
瑞希はあの一撃を片手で受け止めていた。驚きの台詞が思わずキーパーと被った。それは致し方無し。
「じゃあ次は私の番ね」
「!?」
そして瑞希がそう言った次の瞬間に音が聞こえ、キーパーはとんでもない速さで飛んでいった。
どうやら空気が爆ぜた音のようだ。空気を爆ぜさせるのは人間の力では到底不可能な速度だが、それを「今まで」普通だった瑞希がやりやがった。速すぎて分からないが、多分蹴りだろう。
(俺…夢でも見てんのかな…)
そう思いたいところだが、脚の痛みはこれが現実のモノだと証明している。信じたくねぇ。
「ゲホッ、ゲホッ!うぅ……」
腹を押さえながらキーパーが立ち上がった。本人じゃなきゃ分からないが、多分あばら骨は数本いっているだろう。あれで無傷なんてそれこそ超人だ。
「アナタ…本当に何者なのよ…ゲホッ」 そう言いながら吐血する。あれはあばら骨どころか内臓までいってるな。
「貴女に答える義理はないわよ。そんな事より、その状態でまだ翔を殺そうとするの?」
その言葉…と言うより言の刃は冷酷な響きを含んでいた。
「つぅ……」
声にならない呻きをあげ、キーパーは俺を見る。しかし、その目には先程までの怖さは垣間見えない。普通の女子の目だ。
「カケル…カケル君ね、覚えたよ」
弱々しい声でそう言い、キーパーは後ずさる。そして、俺と瑞希を交互に見て言った。
「今日は諦めるよ。だけど忘れないで。近い内にまた会うことになるからね…」
そしてキーパーは魔法陣を展開し、その魔法陣ごと消えた。まるでド○クエの○ーラみたいだ。便利だね、全く。
俺は公園の時計を見て秒針が動いているのを確認して、安堵の溜息を吐いた。 キーパーがいなくなった後の公園は、荒れ果てた空き地のようになっていた。
地面は抉れ遊具は大破、理由を知らない人が見たら「えっ、ここ公園?」ってレベルだ。しかし、キーパーの言うことが正しいなら、此処での戦闘の痕跡も「無かった」モノとなるのだろう。
「キーパー…。そういや名前、聞いてなかったな…」
痛さを我慢しながら立ち上がりそう呟く。例え敵でも名前は知りたいもんだろ?普通。
「翔」
不意に呼ばれビクッとしたが、この状況で話しかけてくるのは瑞希しかいない。
「怪我、大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
脚を見てみると、痛みはあるが血は止まっていた。こんな怪我は二度と御免だぜ。
「じっとしてて」
そう言い患部に手を当てると、淡い光が溢れた。次の瞬間には先程までの痛みが嘘のように消え去った。
「おぉう…」
目をぱちくりしてその光景を眺める。もう何をされても驚けないってことは感覚が麻痺してんだな。
「これで大丈夫ね」
「ああ、もう何ともない」
これなら今からも走れるだろう。
「にしても、瑞希すげぇな。お前超人だよ、男顔負けの強さだ」
「褒めても何も出ないわよ」
「いやいやマジで。何であんな強いんだ?お前何者なんだ?」
流れで質問をぶつける。一番聞きたいことだからな。
「私はね、実は―」
「若い男女2人が夜の公園で何をしてるんだい?」
瑞希と同時に声がした方へ振り返る。そこには見知った顔があった。
「げぇっ、関羽!…じゃなくて。何だ、校長先生じゃないすか」
俺がそう答えると校長先生はニコッとした。…なんかコワイ。
「何をしてるんだい?学生が出歩くには遅いよ、翔くんに…多分幼なじみの瑞希さんかな?」
「どうして俺と瑞希の名前を知ってるんです?」
「どうしてって…キミは有名人ですよ。キミの中学時代の活躍は凄まじいですし。瑞希さんについては、今日の放課後に草薙先生が職員室で言い回ってましたし」
「あの先生…口が軽いのかな。てか活躍って?」
「それって確か翔が全国総体の陸上短距離で優勝したことじゃない?新聞に載ってたのよ」
「マジ?知らんかったわ…」
恐らく校長先生が言う「活躍」とはその事だろう。
今の黎明学園にだってその事がきっかけで特待生扱いで通っていると、最近になって叔母から聞いた。おかげで学費が浮いて助かってると言っていた(つまり学費は払ってなかった)。その浮いた金でパチンコをしてるのは叔父には秘密らしい。
「まあ今のキミは家庭の事情が有るから陸上部には入ってないらしいけど」
「えぇ、まあ。でも時折助っ人を頼まれますよ」
「ははは…それはいい。しっかり助っ人しなさい」
校長先生は笑いながら言った。なかなか話しやすい先生だ。
「…おっと、話が逸れた。本題に戻ろう。何で君達はこんな時間に此処に?…もしかして、2人はこういう仲かな?」
小指を立てる仕草をし、ニヤニヤしながら校長先生が言う。…先生にやけ過ぎです。
「やだなぁ先生。そんな関係じゃないですよ。ただの幼なじみです」
「そうですよ先生。私たちは幼なじみってだけです」
ほぼ同時に言ったみたいだ。なんかごっちゃになった。
「そうですか…ふふっ」
女みたいな笑い方だが男である。勘違いしないでね。
「ではお2人さん、夜も遅いので気をつけて帰るように」
そう言うと、校長先生は踵を返して帰っていった。てかここら辺で徒歩ってことは、家が近いんだな。
「さようならー」
先生に挨拶をした後、瑞希が問いかけてきた。
「さっき言ってたことだけど気になったから聞くわ。……翔って私のこと、どう思ってるの?」
いきなり瑞希が上目遣いで聞いてくる。何コレめっちゃ可愛いんだが。普段の瑞希から考えることは不可能な仕草です。
「どうって?」
出来るだけ平静を装う。
「私のこと、ただの幼なじみなの?」
なんだ、このいきなりのラブコメ街道まっしぐらな展開は。
「なんでいきなり?」
「だって気になったから」
「………」
答えに困るなこれ。だが答えなければ何をされるかわからん。腹を据えて言っちゃうしかないか。
「『ただの』は撤回する。『自慢の』幼なじみだよ、お前は」
「自慢の?何で?」
「だって…ほら、瑞希って…可愛いじゃん(ボソッ)」
「可愛い?私が?」
思いの外動揺してる。キャラ崩壊も甚だしいぞ瑞希さん。他の男子から言われるのは良いくせに、俺が言うとこれか?
「翔が私に可愛いって…生意気よぉぉぉぉお!!(ズドン!)」
本日3度目のパンチを受けた。
(ズドンっておかしいだろ……)
俺は心の中で効果音にツッコミながら崩れ落ちた。それはもう世界がスローモーションに見えるぐらいの速度で。
もう俺のライフはとっくに0です。もう保たねぇ。
「な…ぜ……殴られなければ……」
それが、俺の意識が深い深淵に堕ちる直前の台詞だった。