「普段の日常」 1-2
教室に入った俺にみんなの視線が突き刺さる。その視線に俺は思わずビクついてしまった。
見渡してみると、殆ど知らない顔ばかりだ。勿論全く知らない、という奴ばかりでは無く、少し見覚えが有る奴も居る。恐らく1年の頃のクラスメートだろう。
「如月くん…だよね?朝のホームルームをそろそろ始めたいから席に着いてね」
話しかけてきたのは恐らく担任(まずこの時間にクラスにいるなら担任)である女教師だった。
「あっ、はい。分かりました」
大人しく従い自分の席に着いた直後、廊下を走る慌ただしい足音が聞こえてくる。
「すいませーん、遅れましたー!」
威勢のいい大声で遅刻宣言したのはやはり雄平だった。
「あ、うん…氷室くん…だよね。早く席に着いてね」
大声に驚いてるらしく、控えめな声で指示をする。
「りょーかいです!」
また大声で返し、席に着く。
担任は雄平が席に着いたのを確認し
「じゃあ朝のホームルームを…まだ委員長決めてないから挨拶は…1番の相生さん、お願いね」
「はい、分かりました。きりーつ、礼」
『おはようございまーす』
「ちゃくせーき」
手際がいい相生さん。恐らく去年も委員長だったのだろう。
てか相生って凄い苗字だよな。必ず出席番号1番になれる苗字だよ。だって『あいおい』だぜ?全てあ行の苗字には、出席番号2番の相川さんでも勝てないよ。
「まず私の紹介をしますね。今年度から皆さんの担任を勤めさせてもらう草薙美雪です。初めてのクラスですが、よろしくお願いします」
なるほど、先生に成り立てか。初々しい訳が分かった。
「では始業式まで時間があるので…皆さんに自己紹介してもらいましょう。名前と所属部、あと何か一言言ってもらいましょうか」
恒例の自己紹介タイムだ。言うことは毎回同じなので苦ではない。
しばらくすると俺の番になった。いつも通りの紹介し、次の人に回る。…ん?次の人って確か…
「相変わらずの自己紹介ね、翔」
そう言い、立ち上がる。
そう、次の奴はこいつだった…
「霧島瑞希です。華道部所属で、1つ前の如月くんとは幼なじみです。よろしくお願いします」
こいつ…また公衆の面前で堂々と幼なじみ宣言しやがって。
霧島瑞希。これがこの女子の名前。中学2年の頃から毎回幼なじみ宣言をするようになった。これで通算4回目、同じクラスになるのも4回目と言う訳だ。
因みに俺は幼なじみ宣言が嫌なわけではない。ていうか素直に嬉しい。だが、嫌なのは…
「霧島さんと幼なじみとか…」
「なんて羨ましい…」
「なんで如月が…」
「ミジンコみたいな顔のくせに…」
聞こえてきた。これが嫌なんだ。この俺にグサグサ刺さる野郎の視線と陰口が。てか最後のミジンコみたいな顔ってなんだ。
このような視線と陰口の嵐を作り出した瑞希はかなりの美少女だ(と俺は思っている)。
肩までの短い黒髪。バランスの良い身体。凛とした表情。どれをとってもハイレベルだろう。
そんな女子が堂々と幼なじみ宣言したらどうなる?しかも名指し。そうなると男子の嫉妬を全身で受けないといけなくなる。
件の彼女は何も気にしてないような表情で着席する。
俺が受けてる口撃には気づいてないのだろうか。それとも、気づいているがそれを楽しんでるのか……恐らく後者だな。
そして俺が口撃の弾幕を耐えていると、担任が気づいたように言った。
「そろそろ時間ですね。後の人は始業式後に紹介してもらいましょう。廊下に並んで体育館へ移動してください」
男子の口撃が止み、みんな廊下に並ぶ。俺もそれについていく。
未だに視線を少し感じるが、気にしてたら体が保たないので無視する。
そうして全校生徒が集まる体育館へ向かった。
―
「……と言うわけで、今年も…」
…………長い。
毎年恒例の校長の話だが、今年は長い。いつもよりも、だ。
「…1年生の皆さん、早く高校生活に…」
というか、何で校長ってのはあんなに言葉がすらすら出てくるのだろうか。不思議だ。
「2年生は1年生の模範となるように…」
聴いててもつまらないので周りを見渡すと、下を向いて寝てる奴や友達と談笑する女子、携帯をいじるギャルなどなど。やはり聴いちゃいなかった。
「3年生は今年受験生となり…」
まだまだ話は続きそうだ。
睡魔に負けそうだった俺は、その睡魔に身を任せようとしたとき、
「ちょっと、翔。起きてる?」
横から声が聞こえてくる。
俺の周りで俺に声をかけてくる奴は少ない。その内の1人は3席分後ろの席で夢の世界に旅立っている。
なので俺に話しかけてくるのは出席番号が次の瑞希しかいない。
「今寝ようとしてた。何か用か?」
微睡みかけた意識を意地で戻し、瑞希に返事する。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだよ」
「昨日の夜何してた?」
「………はっ?」
「だから何してたの?」
なんでいきなりこんな質問をするんだろうか。藪から棒とはまさにこのことを言うのだろう。
「いや別に…普通にバイトしてたよ。んで、コンビニで夜食買って帰った」
ホントの事は言わないようにしよう。てか言う訳がない。
「それだけ?他には?」
やけにしつこい。いつもの瑞希じゃ無いみたいだ。声に真剣味がある。
「だから何にも無かったって」
イラっとして少し強めに返してしまう。
「…そう。分かったわ」
先ほどまでの事が嘘のようにあっさり退く。その声は先ほどまでの真剣味を帯びた物では無く、いつもの声音だった。
(一体何だったんだ…?)
とても気になったが、瑞希はさっきの様子を微塵も感じさせない様子で他の話題をぶつけてきた。
瑞希と会話しながらも、その疑問は痼りとなって俺の心に残った。
―
「……これで始業式を終わります。この後は各クラスでホームルーム後、下校してください」 教頭の挨拶の後、教室に戻り自己紹介の続きを行った。聞いてはいたが、特徴が無さ過ぎてインパクトが無かった為あまり覚えていない。
「じゃあ今日はこれで終わりです。明日は提出物を忘れないように。さようなら」
『さようならー』
みんなが足早に教室を去っていく。
…さて、さっさと飯を食うか。
弁当を出した俺に「なんで弁当?」という視線を多数感じたが、自己紹介でバイトをしてると言ったので、理解してくれたのかその視線はすぐに掻き消えた。
「おーい翔ー、飯食おうぜー」
購買(厳密に言えば購買横の自動販売機)で買ってきたらしい菓子パンとパックジュースを持って雄平がやってきた。
「おう、いいぜ」
そう答えると、雄平は俺の前の席の椅子を出して座る。
買ってきた菓子パンを食べながらジュースを飲む雄平。無駄に似合っている。
「翔さ、今日何時までバイトなん?」
「今日は時間が早いから早めに終わるな。多分5時くらいかな」
「頑張るなぁ翔。惚れちゃうぜ」
本当に感心したように雄平が言う。
俺は1人暮らしだが、雄平は父子家庭だ。男だけの生活の苦労は知ってるのだろう。
「お前はどうなんだ?親父さん元気?」
親父さんには中3の頃一度しか会ったことはないが、俺にも優しくしてくれた記憶がある。
「親父?元気さ。元気過ぎて困っちまう」
笑いながら言ってる様子からして、昔から変わってないようだ。30代なのだが心は青春時代のまま、みたいな人だからな。
そんな会話をしながら昼食を食べていると、バイトが始まる時間が近付いていた。
「雄平、そろそろバイト行くわ」「おう、分かった。また明日な!」
「じゃあな」
互いに挨拶を交わし俺が教室から出るときに、雄平が声を掛けた。
「そうだ、これ沢山買ったから少しやるよ。バイト先の人と分けてくれ」
そう言って袋を投げてきた。恐らく中身はパックジュースだろう。
「サンキュー雄平」
「んじゃ、バイト頑張ってくれ!」
礼を言い、足早に学校からバイト先への道を歩く。
その途中、ふと思った。
「そういや何なんだろうな、これ」
「これ」とはさっき雄平から貰った紙パックのジュースだ。
「飲んでみるか…」
善は急げ、袋から1つ取り出しストローを挿して飲んでみると…
「…なんだこの味は」
それは何か不思議な味がした。既存のジュースでこんな味がする飲み物を俺は知らない。
ストローから口を離し、パッケージを見る。何味なんだ…?
「元気注入!ニンニク&抹茶」
………なんちゅう組み合わせだ。これにはスッポンの生血を初めて飲んだ人も吃驚だろう。
美味くは無いが、せっかく貰った物だから捨てる訳にもいかない。
「バイトの先輩と後輩に飲ませてみよう。あと店長にも」
そう呟き、俺はバイト先への道を急いだ。