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「こんにちわ」

 そう声をかけてみると、首を傾げるようにしながら笑顔を向けてくる美しい女性。ピッタリな花屋という職場。クルクルのパーマでフンワリと可愛らしい髪型をしているのに、背丈と顔のきりっとした眉が美人という印象を与える。

 一と並ぶと美男美女のようだと、思わず考えてしまった。

 あたしの目の前にいる美女、それはあゆみさんだ。その彼女と出会うまでには、阿部さんの協力があった。


 なりゆきで寝てしまった朝、先に起きたのは一だったようだ。始発に乗れるように急いで家を出たらしい。玄関の靴が散らかっている。今日は学校はないし、特に用事はなかったが時計の針は八時を指していたので驚いた。せっかく朝早く起きたので、あたしは部屋の掃除をはじめて玄関に散らかった靴を片付けた。それから一息ついて朝食を食べると、携帯をいじりながらずっと考えていた。

 どんな顔をしているんだろう。どんな声なんだろう。あたしとは違って、背も高いんだろうか。それともとっても可愛い、守ってあげたくなるような人だろうか。ずっと考えてる。あゆみさんという人のことを。あたしは、その人の彼氏である、一と寝てしまったのに。

 気になるという感情は、嫉妬とかそういうのじゃない。一が好きになった人が、どうして一と一緒にいられなくなってしまったのに、付き合っているといえるがどうしてなのか不思議なのだ。

 ため息が漏れた。苦手のブラックのコーヒーを飲みながら目を覚まさせて、あたしは意を決して阿部さんにメールした。今は寝ている時間かもしれない。すぐに返ってこないだろうと思ったが、意外にもすぐに返事は来た。

 あたしが送ったメールの内容は、亜由美さんについて教えてほしいということ。阿部さんは場所を指定して、あたしの家の近くにある喫茶店に誘った。あたしもそうだが、阿部さんもメールや電話で長話するのが面倒なのだろうと思った。会って話せるならそれはありがたいことだ。

「紅茶でもどうかな?」

「驕ってくれるなら、遠慮なくいただきたいですね」

 了解。と阿部さんは店員を呼んでさっさと注文を済ませた。席について上着を脱ぐと、椅子の背もたれにかけた。こういう時、男の人の視線を気にするようになったのは、昔つきあってた人にその仕草が色っぽいと言われたからだ。今もちょっと意識してしまったが、阿部さんがあからさまにあたしの方を見ずに何か注文しようかな? といった感じで注文票を見ているので、へんに意識して恥ずかしくなった。

「話なんですけどね、やっぱり気になるんですよ。あゆみさんってどういう人なんですか?」

 阿部さんは顔を上げてあたしを見た。

「名前、聞いたんだ。あいつには返事してやったの?」

「断ったつもりなんですけど、多分伝わってないですね」 

 昨日の調子だと、逆にうぬぼれているかもしれない。阿部さんはため息をついた。

「あいつもショウモナイやつだよな。あゆみってさ、俺の幼なじみなんだよ。一とあゆみを引き会わせたのは俺でさ、つきあえるようにしてやったのも俺。どっちからって事もなかったよ。あゆみも、一もお互いに同じ時間の中で好きになって、いつの間にか恋に発展してたんだと思うよ

。それは些細な変化で、誰も二人がつきあってるなんて思ってなかった。でも一の子供っぽくて、母親に甘えるような仕草にさ、あゆみは一を手放せなくなっていったんだよ。でも、一はそうじゃなかった」

 阿部さんはお絞りで手を拭いた。

「一の家族のこと知ってる?」

 その時に気付いたけど、あたしは一と家族の話なんてたまに軽く口にするくらいで、たいして話したことがなかった。首を振ると、阿部さんはだろうな、という顔をした。

 店員がやってきてあたしに紅茶を、阿部さんにはカプチーノをおいた。そして阿部さんは話をはじめた。

「母親がいないって前話したけどさ、家が結構厳しくて、母親が亡くなった後すぐに一の父親は再婚して、新しい母親を連れてきたけどその人は一に冷たくて、だんだん家族から遠のいていったんだ。そんな時にさ、年上で母親のように優しい愛で一に接する女性が現れたら、恋をしてしまうのは当然のことだと思うよ。でも一はあくまで母親の愛を求めてるだけ。そうだと思うだろ?あゆみは母親のように、深い愛でつなぎ止めておくことができると信じてるから、浮気だって簡単にしてしまう。離れていくのは、一なのかあゆみなのか、長年付き合いの長い俺も分からなくなるよ。でも分かるのは。一の持ってる愛とか恋とかいうものは、偽りのようなもの。歩みに対するものが、一番本物っぽいんだ。だから傷付く前に離れるべきだって、話しただろ?」

 そういう話をしていた。あたしはその話を聞いて、ショックで一瞬恋が冷めてしまいそうになったけど、結局そんなことにならなかった。それはどこかで同情していたのかもしれない。あたしと同じように死んでしまった人の面影を求めてしまうところ。

 寂しいだけだとはいえ、それは人を傷つけてしまう行為だ。あたしはそれを身を以て経験したんだな。

「そっか。そうなんだ。阿部さんのいいたいことは分かりましたよ。でも、あたしあゆみさんがどうしたいのか分からないな。あゆみさんは・・・あゆみさんもきっと、一に対して似たような感情を持ってるんじゃない? まるで子を持つ母親の気持ちになっているだけなんじゃ」

 そう考えると、手放せなくなるだろうし、一の浮気に対しても別れという結果を出さない心理も少しは理解できる。それに対しての阿部さんの返事は、同感するものだった。どうやら同じ考えに行き着いてるらしい。

「あたし、亜由美さんに会ってみたいな」

 思わず口にした。阿部さんは携帯をおもむろに取り出すと、あたしの方をちらっと見た。

「会ってみる? ここからそんなに遠くないとこにいるはずだけど」

 あたしは満面の笑みを作ると、頭を下げた。

「是非、お願いします」

 阿部さんは口元を微笑ませた。


 そういった経緯を経て、あたしは今あゆみさんの働く店にやってきた。たぶんもうすぐ彼女はお昼休憩になるはず。時間を計算してきたから間違いなかった。店から出てきた女性は、見間違えることなく、あゆみさんだ。阿部さんの携帯に写ってる姿よりも、もっと美しい。

「こんにちわ」

 声をかけると、誰だっただろうと不思議そうに首を傾げた。

「あたし阿部さんの知り合いなんですけど、これからお昼どうですか?」

 いきなり知らない人間にお昼を誘われるなんて、不信に思うだろう。でも彼女はにっこり微笑むと、ぜひ、と言った。阿部さんの知り合いだというのが、彼女の不信感を取り払ったのかもしれない。

 彼女の花屋は小さくて、でもとっても可愛らしい雰囲気があった。そこから少し離れた場所に、お昼を軽くとれるようなカフェがあってそこに彼女はつれていってくれた。

「阿部って、尚のことよね? あいつの知り合いってことは、彼女なの?」

 あゆみさんはレモンティーを飲みながらフワフワする笑顔を向けてそういった。

「まさか。違います。っていうか、あたし阿部さんの知り合いでもあるんですけど、一の知り合いでもあるんです」

 目の前のあゆみさんはレモンティーを机におく前に少しだけ止まった。それからため息をつくように息を吐き出した。

「なるほどね。一の知り合いってことは、また浮気でもしてるの?」

 慣れっこ。といった感じであゆみさんは視線を落としたまま、あたしの顔を見ようとしなかった。

「してないとは言い切れないですけど、心の浮気は、してないですよ。あたし、あゆみさんに聞きたいことがあるんです」

「一のことをどう思ってるか?」

 あたしは聞こうとしている言葉を先に言われて、何もいえず口をつぐんだ。

「そうでしょ? はぁ。またね。彼ね、いつもそうなのよ。浮気するじゃない、それであたしのこと知られるじゃない、そうなったらあなたみたいに彼女たちはあたしにそう聞きにくるのよ。それでその時、どうやってあたしのとこまで来たのかって聞いたらね、尚に聞いたっていつも言うの。あなた、あの二人に遊ばれてるわ。どの女もそうだった。あたしがその子たちを見てどう思ってるか分かる? 同情以上に、かわいそうだと思うわ」

 そこでようやくあゆみさんはあたしの顔を見た。その瞳には確かに同情してあげようかという、寂しげな瞳があった。あたしは急に恥ずかしくなって、顔をうつむかせたままお茶を飲んだ。

「もうやめるわ。あなたみたいに可愛いお嬢さんが、一に恋したために傷付けらるなんて見てられないものね。それに、もううんざりしてるし」

 言い方がまさにうざったい。という感じ。

「迷惑でしたね。こんなとこまで来ちゃって」

「まぁ、正直そうね。あなたは私にそんなこと聞いて、どうするつもりだったの? 別れてくれって、言うつもりだった? それなら望みはかなったわね」

 皮肉たっぷりにいわれてしまった。でもあゆみさんはまだ笑ったままで、あたしに対して怒っている風に見えなかった。

「・・・わたしは、どうして欲しいと思ったか分かりません。でも聞かなきゃならないと思ってただけです。・・・たぶん、一の傍にいてあげてほしいと思ってたかもしれない。一を見てたら分かるんです。あたしもそうだから」

 彼女は形の整った眉を動かした。

「分かるって? どういうこと? 一は母親に依存してるのよ? そんな彼の気持ち、あなたは分かるの?」

「えぇ。あたしも一みたいに父親に依存した恋愛しかできなかったから」

 あゆみさんはなるほど。とため息まじりに呟いた。

「私は、一を必要としていないわけじゃない。でも、一はあたしを必要としないの。それがどれだけ寂しいことか分かる? あたし自身を見てほしいのに、彼が望むのは母としてのあたし。そんな恋愛、悲しい。だからあたしは離れてやるのよ。一から離れて、一に教えてやるの。あたししか傍にいないんだって。あたししか必要じゃないはずだって。でも離れてしまうと、本当に必要としてるのはあたしだって気付くわ。そして一は違う人に恋をしてる。そんなの苦しいじゃない。だからもうやめる」

 ずっと寂しい思いをしてきた、あゆみさんは涙を堪えるように鼻をすすった。でもあたしは納得してなかった。そりゃ、あたしにも寂しい思いをした経験はあるし、させていたという事に気付いたけど、あゆみさんと同じように一だってあゆみさんを必要としてるはずだ。そんな二人が離れたままになっていていいはずがない。

 あたしは紅茶を飲み干すと、あゆみさんを睨むように見た。

「あたし、一に言います。あゆみさんの所に行くようにいいます。だから、話してやって下さい。きっとあなたの気持ちを分かってくれると思うんです」

 こんな美しい人を泣かせてはいけない。あゆみさんが何かをいう前に、あたしはお金を払って店を出た。出る前に見た、困った顔をしたあゆみさんのこと、あたしは忘れないだろう。

 


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