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家に帰ってすぐにメールが入った。一だ。この時間は丁度バイトがあがった時間だろう。たぶん阿部さんからあたしがバイト先に行ったことを聞いて、連絡してくれたんだろうけど、メールを開ける気分にもなれず、あたしはベットに倒れ込んだ。
ショック。そして悲しくて寂しい。せっかく手に入れた気持ちだったけど、手放すしかないなんて悲しすぎる。こんなとき泣けたらいいんだけど、うまく涙も出てこなくてモヤモヤッとした気持ちばっかりが気持ちを覆う。まるで雲のようだ。
しばらく布団にくるまっていると、チャイムを鳴らす音が聞こえた。携帯の時計を見ると一時を回っていた。考え事をしていたつもりが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。それにしてもこの時間に人が訪ねてくるのはおかしい。
ドアのところに音もなく近付く。リズム良くならされるチャイム。うるさいと思いながら、近付き外をのぞくと案の定、一が外に立っていた。思わず漏れたため息。チェーンを外さずにドアに隙間を開けながら一に声をかけた。
「近所迷惑・・・」
声のトーンであたしがどんな気持ちでいるのかくらい分かるだろうな。そう思いながらいってやったけど、一はドアを外す気かと思うくらいの力で持って、あたしの顔を覗き込んできた。
「よかった! メールかえってこないから、もう口きいてもらえないかと思った」
できることならそうしたかったんだけどね。
「遅くなったけど、告白の返事するね。あたし、やっぱ」
と言いかけたとき、慌てるようにして一があたしの口を押さえた。
「まずは、俺の話聞いてよ。阿部さんがアユさんに俺の彼女のこと話たんでしょ?」
じっと目を見つめて、うなずいた。
「彼女いるんでしょ? それは認めるんだね。それだけでさ、分かるじゃん。あたしに言った告白なんて、本物じゃないんだって。本物じゃないものなんていらないもん。あたしは、浮気につきあう気にはなれない」
一は一瞬困った顔をしてから、頭をかいて俯いた。それから長いため息の後に、あたしの方を向き直った。
「彼女はいる。でももう付き合ってるのか分かんないんだよ。いつもそうなんだ。喧嘩したわけでもないのに急に連絡とれなくなって、会いにいこうとしてもあいつ拒否ってるからどこにもいないんだ。そういう状況でさ、優しい人とか、アユさんみたいに惹かれてしまう人に出会ったら好きにならずにいられない。初めは、一番はじめは本当に別れてたと思ってた。でもあいつは俺が他の女とつきあいはじめたって聞くとすぐに、戻ってくる。そこで俺はいつも混乱するんだよ。どっちをとるとか、どっちが好きなのか、どっちと一緒にいたいのか。結局、選ぶのいつも彼女だよ。彼女は、俺を無理矢理にでも犯してしまうから、俺は拒めない」
今度はあたしがため息をついた。
「言い訳よそんなの。今まで、振ってきた女の子の気持ちを代弁してあんたのことなんかけちょうけちょんに貶してやりたいね。最低だよ。気持ちを利用して、自分だけ良かったらどうでもいいなんて。あたしはそんな女の子たちと一緒になりたくない」
「今度は、アユさんへの気持ちは今までと違うんだよ。本気だし、離れたくない。今までの関係を崩すようなことしたくないし、先にも進みたい」
信じられない。どれもこれも、いい様に言葉をかえているようにしか聞こえない。捻くれているんじゃないんだ。はじめの気持ちを信用するモノがない。
「・・・彼女の名前、なんて言うの?」
一は驚いた顔をしたけど、すぐに真顔になった。
「・・・あゆみ」
今度はあたしが驚いた。よりによって同じ名前かよ。きっと美人ですっごく、優しい人なんだろうな。
「今晩はかえってよ。一はさ、きっとあゆみさんが傍にいなくて寂しいだけ。自分の中で答えは出てるよ。だから今日は帰って」
そう言ってドアを閉めようと手を動かした。でも力強い腕につかまれて、思うように動かさないまま、引き寄せられた。ドアの小さな隙間に一が顔を出す。そうするとあたしの肩口に当たって、くすぐったい。耳元に唇を寄せられて、あたしは何度も愛の言葉を耳にした。
仕方のないことだった。あたしは少し前にすきと気付いたばかりで、冷めるには遅すぎたし、恋の始まりってやつは、その気持ちを盛り上げてしまうものだ。あたしにささやかれた言葉たちを、信じてしまいそうになる効力はあるのだ。
あたしはチェーンを開けて、一を中に入れた。それがどういうことを意味してるか分かっていた。期待だけはしないように言ったけど、一とあたしはベットの中に入ってしまった。
だらしない女だ。いつもそう。流されてしまう。お酒も飲んでたし、いい気分だった。そういうのが積み重なったとで後悔するのは自分なのに、なかなか反省しきれていない。
一の寝顔を見ながら、あたしはあゆみさんの事ばかり考えていた。
会ってみたい。そして、その後は・・・