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 返事をどうしようかと思っている間は、一と会うことがなかった。それでホッとしていたんだが、やっぱり返事をしなければいけない日はくる。だから必死に考えてるけど、何言ったらいいのか分かんなくなってきて、面倒になって、なっちゃんに打ち明けたら一緒に何故か飲み屋にいく話になっていた。

 飲み屋はいつものとこ。飲酒は禁じていたが、ここで思いきって解禁してみることに。苦い思い出のある飲み屋だけど、ある意味思い出の場所だ。そういえばその話をなっちゃんにしていなかったと気付いたが、今更な気がして言えない。

「うわぁ。飲みにいくなんて久しぶり! じゃんじゃん飲んじゃいまぁす」

 ジョッキ片手になっちゃんと乾杯をする。こういうのも久しぶり。なんのお祝いでもないのにテンション上がってジョッキをぶつけまくちゃうんだよね。

「あんた付き合い悪かったもんね。飲み屋ついてくるけど、ウーロン茶、ジュースばっかでさ。お前は子供かって感じだったなぁ」

「そのせつは、どうもすみません」

「いえいえ。で、返事の件だけど・・・一君焦ってないと思うしさ、じっくり考えたらいいと思うよ」

 そうだろうなぁ。あたしも分かってるんですよ。一があたしの返事を急かしてるんじゃないことも、時間いっぱい使って真剣に気持ちを考えることも。

「おじさん、きんぴらごぼう下さい。あと、焼酎!」

 なっちゃんがカウンターからおじさんに声をかける。おじさんはニッコリ笑って返事をした。そういえば一と一夜を過ごしてしまった夜もこのおじさんに出会ってたんだよね。

 おじさんはきんぴらと焼酎を出すと、あたしの方をじっと見た。首を傾げてあたしもおじさんを見ていると、「あ!」と声を出した。

「あんた随分前に酔っぱらってった女の子だね?」

 隣のなっちゃんは驚いた顔をしてあたしを見ている。赤くなりながら、顔をうつむかせた。

「そうです・・・。あの時は、ご迷惑おかけしました」

「いやいや、あんたも大変だったんだねぇ。ずっと彼氏の話ばっかりして、どうにも忘れられなかったんだよなぁ。あのにいちゃんは元気かい?」

 にいちゃん?誰のこと?

「あの、にいちゃんって?」

「あの日、一緒に喋ってたよ。あんたと二人で酒飲みながらね。そのまま二人で店出ていったから、知り合いかなんかだと思ってたんだけどねぇ」

 それだけ言うとおじさんは常連のお客の来店の挨拶をし、席を案内していった。なっちゃんと目を合わせると、何の話? と首を傾げられた。「なんでもない」わけなかったけど、誰かに打ち明けるような話じゃないと思った。結局、なっちゃんも追求しなかった。気にはしてたみたいだけど。

 それよりも、あの日のことを、おじさんは覚えてた。しかも知り合いみたいに喋ってたってことは、あたしが一を引っ掛けたわけじゃないのよね。多分そういうことになると思う。

 だんだんと思い出してきた。あの夜のこと。

 あたしがおっちゃんと喋ってたら、一がきたんだ。一は誰かと飲んでたようだったけど、あたしの隣にわざわざ座って話をしたんだ。その話は、ほとんどがあたしの愚痴。彼氏の悪口とか、いい事ないなぁとか。そんな話を一は黙って聞いていた。それからもう一件別の所行こうって、あたしが誘い出して、確かにもう一件行った。その後、記憶が曖昧になってきたけど、本当に酔っぱらってラブホに入った。

 その後のこと、思い出してしまうと頭がパニックになりそうだ。

 なっちゃんと話をしてるのに、お酒も飲んでるのに、何も感じ取れなくなった。笑ってる顔も、筋肉が勝手に動いてるだけで感情は動いてないようだ。

 居酒屋を出て、一人で駅まで歩きながら考えた。

 あの夜、ベットの上で一はあたしに言っていたんだ。観覧車の告白より、ずっと熱い言葉を口にしてたんだ。


『俺、まだ子供であんたを幸せにすることとか、約束できないけど、笑わせることはできると思うんだ。今見たいに、無理に笑ってるんじゃなくて、楽しんでるって顔させてあげられる。だから俺といろよ』

 

 それで、あたしは頷いてたね。だって何いってるのかほとんど頭の中に入ってなかったんだもん。それでも、気付くのは遅くなったけど好きだったんだよね。好きだから、頷いてたし、今までこの気持ちに気付いたら駄目だと思ってたんだ。

 観覧車での告白のときの複雑な気持ちも、きっとここにあったんだね。

 店を出て、駅に向かおうとしていた足は自然と一のバイト先のバーへと向かっていた。自然な行動だと思った。もっと前に気付けば、こんなにウジウジしなくて良かったのに。と思うけど、気付いてしまったら、何かが壊れる気がしていた。

 以前なっちゃんに何度も言われた言葉がある。あたしが求めている父親の面影は、今まで付き合ってきたスーツ姿の人たちに重ねているんだろうって。そうだったかもしれない。でも必ず愛はあった。あたしからも相手からも、愛はあったはずだ。それでも短期間であっさり振られてしまうのは、あたしの瞳はスーツ姿の上に父親を浮かべているからだと思う。それっていけないことだし、傷付いちゃうこともあるんだろうね。あたしはなっちゃんに何度父親と重ねて見ていると、忠告されても聞き流していたけど、一と過ごした時間はそういうものを打ち消していた。

 甘えることが当たり前のようだったけど、一といるときは自分が引っ張っていけないと思うところもあった。でもそういった場面であたしはいつも、父親というものからはなれていく自分が恐ろしかった。あの優しかった父はもういない。いなくなってしまってから、随分時間が経って、母はふっきれて妹と暮らしているのに、自分だけが捕われたままだ。でも忘れちゃいけない。父親のぬくもりを忘れたくなかった。だから、ずっと思い出せずにいたんだと思う。

 いっぱい考えてたけど、結局弱い心を持ってたってことなんだよね。今は、自分に正直になる。

 バーはいつものように賑やかで華やかだ。女の人はおしゃれな格好で席に座って男たちに声をかけてる。あたしにはとても場違いな場所。でもバーカウンターでカクテルを作りながら客と話をしている阿部さんを見つけると、小走りで駆け寄って、カウンターに座った。

 阿部さんはお客にカクテルを渡すと、あたしの方を見た。

「珍しいじゃん。一、呼んでこようか? 飛んでやってくると思うけど」

 阿部さんは既に知っているらしい。あたしは頬を押さえながら首を振った。すると阿部さんは大きなため息をはいて、あたしに耳を寄せるように手招きした。

「なに?」

「返事に困ってんだろ? 俺は一の奴、やめといた方がいいと思うけどな」

 そういうとあたしは阿部さんから少し離れて、睨むように阿部さんを見た。

「どういうこと?」

 阿部さんはカクテル表を出した。せっかくだから何か作りながら話そうということだった。あたしちょっとお酒臭かったかな。あたしは適当に選んだけど、阿部さんはにっこり笑って手際良くカクテルを作りはじめた。

「あいつ、彼女いるんだよ」

 はぁ?と言うところだったが、阿部さんは続けた。

「もう三年以上つきあってると思うよ。でも別れたりくっついたり。今もそうだな。別れてるわけじゃないが、会ったりしてにだろうな。あいつこういう時期はいつもそうなんだよ。彼女とうまくいかない時についつい、他の女と浮気するんだよ。あんたも、そうだよ。結局、彼女とより戻したら浮気の相手は一が振るんだ。今、もしいい方向に話が進もうとしてるんなら、やめといた方がいい。後で泣くのはあんただからな」

 出来上がったカクテルは、赤い色をしていた。でもせっかく暖まった心はこのカクテルのような色はしていなかった。真っ青に、染まってしまい、悲しみの色をあらわしていると思う。

 ショック。そうショックだ

「あいつのあんたに対する気持ちは本物だけど、彼女はもっと大切なはずだ。あいつ母親を重ねて見てるんだ。面影とか、一つ一つの仕草が似てるんだって話してたことあった。母親に捨てられたあいつにとって、彼女は重要な存在で、離れられないんだ。それは彼女の方も一緒でさ。だから、あいつは無意識に寂しさをうめるために女を求めてるだけ。本気になる前に、やめたほうがいい」

 そうか、一もあたしと一緒なんだ。でも違うのは、あたしは一の恋愛対象ではなく、母親の面影に過ぎないこと。じゃぁ、好きだって気付いても無駄なんだね。

 カクテルを一気に飲み干した。阿部さんは、黙ってあたしのに見っぷり感心しながら、瞳は優しそうに、見守るようにあたしを見ていた。


 結局、あたしは一に会わずに帰っていった。

 


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