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 あたしの家を知ってから、一はメールもせずにあたしの帰りを待っていることが多くなった。どうしてあんなに寒い中で待ってるんだ? と聞くと、おいしいご飯が食べたかったから。だと言うもんで、あたしは思わず吹き出してしまった。

 初めは週に一回程度に食べに来ていた一は、バイトのない日だけここでご飯食べに来る気じゃないかと思うぐらい、頻繁に顔を見せるようになった。そして必ず晩飯を食べて、十一時には帰っていく。電車の時間があるので慌てて出ていくときもある。泊めてやってもいいんだけど、あきらかにあたしに恋愛感情を抱く一を泊めるのは貞操の危機を感じるのであたしからは言えない。

 近頃は専門学校の課題に追われ、学校に遅くまでの残ることが多くなった。あたし以外にもいっぱい友達が残ってるんだけど、同じ方向のなっちゃんは早いうちに終わらせてて、暗い道を怯えながら帰る日々が増えた。そういった時は、一が家の前で待っていないように、先にメールを入れて家に来ないように忠告しておく。

 そんな春に近い夜のことだった。その日も夜遅くまで残り、友達と別れて帰っていた途中で後ろから迫る足音が聞こえた。近付いてくる足音はそのまま通り過ぎると思っていたら、一定の距離を保ったまま、あたしの後をついてきた。怖くなって振り返ることもせずに、駅からの長い道を歩いた。徐々に早歩きになり、足音が近付いてくるとあたしは走り出した。

 街頭の明かりは弱々しいもので、アパートまでの近道を選んでしまうとそこはほぼ真っ暗な状態だ。しかも民家なんてなくて、閉まった店が並んでる。アパートまで後少しなのに。走りだしたはいいけど、後ろの足音も走り出して追いかけっこになってしまった。

 どうしてあたしの後を追ってるんだろう。でもこの時そんなことは考えられない。叫んでも誰も来てくれない。

 足音の人の手があたしの肩をつかんだ。そのまま道に倒される。叫んで、蹴ったり叩いたりするけど、男の人っぽい手で押さえ込まれる。

 もう駄目だ、犯される! 

 目をつむってから男の手が動かなくなった。それから低いうめき声が聞こえて、目を開けると一がいた。驚いた。でもほっとした。一がすごい勢いで男に殴り掛かって、男が低い呻き声を上げた。それから男が反撃し、それが見事に一の顎下に入って倒れてしまうと、逃げ出した。

「はじめ!」

 慌てて震える足を立ち上がらせて一に駆け寄った。頭をゆっくりと起こしながら殴られたところに手を触れる。うめき声を上げて、ゆっくり目を開けた。

「大丈夫?」

 開口一番にそれを言われて、力一杯頷いた。それから涙が出そうになったので、抱きしめた。

「アユさんが無事で良かった」

 手があたしの髪に触れる。その手を握って、笑った顔を向けると「ありがとう」といって涙を流してしまった。

「なんで、なんで、ここにいるの?」

「今日も寄らせてもらおうと思ってたんだ。時間が同じでよかった。手、震えてる。怖かった?」

 怖かった。でもこの時に一があたしのアパートに来ようとしてくれていたことに、とても感謝している。道の真ん中で、一に抱きしめられながら涙を流した。ずっとあたしの頭をなでて落ち着かせてくれた一は、弟ではなかった。ここがあたしの気持ちの切り替わった瞬間だったと思う。

 その日から、なるべく帰りが遅くなるときは一に送ってもらうか、タクシーを使うようにした。もう二度と怖い思いはしたくなかったから。時にはなっちゃんが車で送ってくれることもあった。あたしにも車の免許を取るように勧めるので、仕送りで貯めたお金が溜まったらしようかな。

 

 春を迎えて、あたしは二年生になり、一は受験がはじまる高校三年になった。年が縮まったけど、またすぐに離れていく。たいしたことのない年の差。だけど気にしてしまうのは、あたしが徐々に一に惹かれ始めてるのかもしれない。

 課題が終わって学校が短縮になる日、入り口のところに学生服が見えた。よく見ると、一が突っ立っていた。駆け寄る途中であたしに気が付き、一が手を振った。

「どうしたの? 学校は?」

「今日から昼まで。アユさん、これから用事ある?」

「ないよ」

 一はポケットから二枚のチケットを取り出した。それは近くにある遊園地のチケット。

「友達がスーパーの懸賞に当たったんだ。行かない? 今日までなんだけど」

 遊園地なんて一年ぶりだ。高校の卒業旅行に行ったきり、行ってない。

「行く!」

「じゃぁ、早く行こう」

 自然と一の手があたしの手と重なって、引っ張られる。後ろの方から、友達の声が聞こえたけど、振り返ることもせずに走り出した。スカートにパンプスを履いてきたから、走りにくいけど時々後ろを気にする一の笑顔を見ると、嬉しくなってしまう。

 駅に着き、四つの駅を乗り過ごすと、観覧車が見えてきた。小さな遊園地。服飾の専門学校に通いはじめ、一人暮らしをはじめる頃から、一度は行ってみたいと思っていたけど、行く機会を逃してばかりいた。でも今日ようやく行くことができて良かった。

「俺、ここの遊園地初めてなんだよね」

 電車から降りて、改札口を出ると一が言った。歩いて二十分。バスなら十分程度。

「あたしも。一って、この辺の人じゃないんだ。あたしも、違うんだけどね」

 バスの時刻表を覗き込む。

「今の時間、全然バスないや。歩いて行こっか」

 頷いて、歩きはじめる。観覧車がビルに見え隠れするけど、見える場所を探しながら歩いた。

「俺は海に近いところにすんでたんだ。実家はまだそこにあるんだけど、俺は追い出されちゃてるから戻れないんだよね。バーのバイトは親戚の人の紹介なんだ。親戚の人と俺の両親仲悪いから、俺に協力してくれてて・・・ってこんな事今話すことじゃねぇよな」

 ははっと笑い合ってすぐに見上げると、観覧車はすぐ目の前に迫っていた。小さくて、広くはない遊園地だ。でも幼い頃に来たことのある遊園地と似ていた。

 中に入ってみると乗り物の少なさと、人の少なさが目立った。短くて迫力のなさそうなジェットコースターに急いで乗り込むと、他に乗る人がいなくて一番前に乗ることになった。

「うっわー! ドキドキするなぁ」

 一はそう言いながら、頬を紅潮させて興奮気味だった。それはあたしも一緒で、絶叫系の乗り物が大好きなので早く発進して欲しかった。でもいざ動き出すと、体が浮いていく感じが気持ち悪くて、降りてすぐにトイレに駆け込むはめになった。

 戻ってくるとベンチに一が座っていて、あたしを見て慌てて駆け寄ってきた。

「大丈夫? そんなに早くなかったと思うけど」

「早さの問題じゃなくて、久しぶりで気分悪くなっただけ」

 手で一の肩をおした。心配させて悪かったけど、あんまり近付かれたくなかった。

「じゃぁ、メリーゴーランドは? よけいしんどい?」

 メリーゴーランドなんて、卒業旅行でも乗ってなかったなぁ。

「いいね。乗ろうよ」 

 やっぱり誰も乗っていないメリーゴーランド。あたしと一は隣同士の馬に乗った。でもこれって動いているうちに離れていくんだよね。そう思いながら乗ってみる。

「うわぁ、こんなのちっちゃい頃以来だよ。変な感じ。それにしても馬かたいなぁ」

 べしべし叩くと、空洞から聞こえる低い音がした。

「確かに。こんなに堅いと尻痛くなりそうだな」

 そうだろうね。

 動き出したメリーゴーランドは案の定、あたしと一の距離を離していった。前を行く一は楽しそうに叫びながら、時々あたしの方を振り向いた。あたしは笑ってみせたけど、距離はなんだか悲しいほど、溝のように深まっていく気がして泣きそうになった。

 今のあたしと一の距離は、まだまだ遠い。


 外が真っ暗になりかけた頃、一は急にあたしの手を引っ張って恋人たちの定番ともいえる、観覧車にのせられた。観覧車は高く、綺麗に光っているし外の景色はとても素敵なものが見れるような予感がした。

「どこまで上がるかな?」

「さぁね」

 一が言ってすぐに窓の外を見た。夜の観覧車は初めてだ。なんだか動悸が激しくなっていくのを感じる。

「飛行機から見る光って見たことある? それぐらい、綺麗に見えるのかな」

「宝石みたいに見えるやつ?」

「そうそう。町のネオンってお金の無駄だと思ってたけど、こういう時代だからこそ、綺麗に映るんだよね」

 ふーん。とだけ言って関心なさそうにまた窓の外を見た。一はなんだか緊張してるように見える。あたしと二人でいるからだとしたら、ちょっと笑えるな。

 高いところまできたけど、残念なことに飛行機から見る景色ほど美しくは映らなかった。思わずため息を吐くと一が笑った。そんなおかしなことしたかなぁ? と思っていると、一は観覧車を揺らしながらあたしの隣に座ってきた。おかげで、観覧車が傾いて、あたしは叫んでしまった。

「待って! 動くなら、動くっていってよ! これ一応バランスとってるんだから!」

「ごめん、ごめん。ね、俺からの一大決心聞いてくれる?」

 一大決心? 気になるな。耳を寄せるようにいわれたので、顔を近付ける。すると一の手があたしの髪の毛に触れて引っ張られると頬にキスされた。驚いて身を引くと、真剣なまなざしがあった。

「アユさんのこと好きなんだ」

 は? と思ったけど言えなかった。ついに、ついに言われてしまったな。という感じだった。でもすぐに返事できなかった。あたしが持つ気持ちは、まだまだハッキリしないものだから今い返事しても中途半端なものになってしまう。言葉が詰まって、出て来れない。

 そうこう考えているうちに、観覧車は一周していた。

「降りようか」

 その声も顔も、笑っていたけどきっと期待してるんだと思った。



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