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 あれからあたしの携帯の受信履歴には、一の名前がほとんどを占めるようになった。でもまったく会うことはない。というのもあたしが学校に行く時間と、一が学校に行く時間が全く違うからだ。時々電車の中でバッタリ会ったりするけど、たいして話もせずに駅についてしまう。まぁ無理してあたしの学校まで来たことがあったけど、なっちゃんに可愛がられてて面白かったなぁ。それに懲りたようで、会えなかったりする日にはメールが来る。でも短くて単純なものばかりで日記みたいな感じだ。今日の出来事を伝えられてあたしがその感想を送ってやるだけ。これはこれであたしは楽しんでるかもしれない。

 昼間は高校に行って、夜はバーで働く。バーなんて未成年は働けないはずだ。そう不思議に思ってそれを訪ねてみると、知り合いに頼んで働かせてもらってるらしい。しかも一人暮らしだって聞いた。あたしと一緒じゃん。でも、あたしはぶっちゃけお嬢だから、仕送りで生活してるんだけど、一は働いて稼いだ金で生活してるんらしい。勤労高校生なんて苦労が多そうでかわいそうだ。

 そんな話をしてやったら、一は調子に乗ってあたしの手料理が食べたいって言い出した。以前に料理が趣味とかいう話をしたのを覚えてるんだろうけど、あたしは人を家に上げるのがあまり好きじゃなかった。断ろうと思ったんだけど、所持金が一万も無いという話を聞くと作ってやるしかないかなっと妥協した。

 二人になるのが嫌だったのでなっちゃんも誘った。最近気付きはじめたけど、あたしと一の関係って微妙なんだ。っていうか変。恋人同士みたいに、毎日連絡取り合ってる。でもどっちも何もいわない。ぶっちゃけ気持ち悪いけど、あたしは今みたいな関係は嫌じゃない。だって、あたしの一言一言に素直に驚いたり笑ったり怒ったりする顔を見れるのは、新鮮の反応だと思うから。恋人同士になるなんて、考えられないな。だってあたし恋人というよりは一のことを弟ぐらいにしか見れてないんだよね。玩具みたいに遊べる弟。だからこのままがいいと思う。

 

 一より早く来たなっちゃんはあたしに牛肉を差し出してくれた。おかげでメニューが豪華なすき焼きになったので一が喜ぶだろうな、と話をしていると玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

 多分一だ。玄関のドアを開けるとやっぱり一がいた。制服から着替えた姿で、急いできたのか頬が赤く染まっていた。それから後ろにはバーで働く一の先輩の、阿部さん。あたしに馬鹿にした笑顔を浮かべてきた人だ。あたしと一が携帯で連絡を取り合うようになってから何度かバーに足を運んだおかげで仲良くなったけど、今でもあたしはこの人が苦手だ。

「どうぞ、あがってください」

 良き家の主としてスリッパを並べてやる。でもあたしの住んでる部屋はたいして広くないからすぐ脱いじゃうんだけど。すでに準備が出来上がっていて、一と阿部さんが持ってきたお酒を机に並べるとなっちゃんが机の上にすき焼きの具がたっぷり入った鍋を持ってきた。

「うまそー。肉料理なんてめっちゃ久しぶり。ごぶさたしてます」

 なぜか手を合わせてすき焼きに拝む今年高校二年生、受験街道まっしぐらな一は一人さっさと卵を割って肉をとろうとした。そこをあたしの手刀が飛んでいって一は小さく悲鳴を上げた。

「みんなで合唱してから」

 そういうと阿部さんがゲラゲラ笑った。つられるように吹き出したなっちゃんを見ながら、急に恥ずかしくなって俯きながら席に着いた。

 いただきます。と言いながら既に肉をつかんでいた一を睨んでいたけど、美味しそうに食べている姿を見ると頬が緩んだ。

「マジうまい! アユさん自分で料理上手っていうだけあるね」

「そうかなー。肉ならたっぷりあるからジャンジャン食いなさいよ」

 バシッと背中をたたいてやると一は咳き込んでしまった。

「でも意外だなぁ」

 阿部さんの言葉にあたしは頬を引きつられそうになりながら笑った。

「あんたってトロそうなのに料理うまいんだね。奈津実ちゃんもそう思うでしょ」

 なっちゃんは今口の中に含んだ肉をちぎるのに必死で話を聞いていなかったらしく、あたしと阿部さんを不思議そうな顔をしてみていた。なんか会話にオチがないって気まずい。

 なんだかんだで盛り上がったことは盛り上がった食事会は、酒に手を付けはじめたなっちゃんと阿部さんの勢いによって夜遅くまで続いた。なっちゃんは初めからあたしの家に泊まるつもりだったので酔っぱらうだけ酔っぱらってあたしに片づけを押し付けた。阿部さんも初めから一に送ってもらう気だったらしく、なっちゃんと張り合うように酔っぱらっていた。

 あたしはもちろん、嫌な思い出のある一は一缶飲み終えるともうやめてしまった。なので片づけはあたしと一がすることになった。

「明日学校だよね? こんなに遅くなって、朝起きられるの?」

 勤労高校生の遅刻を心配して聞いた見たけど一はにっこりとした笑顔で、大丈夫と言った。バイトでなれてるらしい。

「あんまり無理すんなよ。ホント、苦労してるよね。なんで一人暮らしなんてしてんのよ。高二でしょ? まだまだ遊びたい盛りじゃん」

 洗ったお皿を渡しながらそっと顔を覗き込んでやった。

「俺だって遊んでるよ。それに今のバイトめちゃ楽しいし、苦労してるなんて思ってないよ」

 慣れた手つきでお皿を拭いていく。

「食器乾燥機かったら? 金持ちなんでしょ?」

「そうだね。あんまり家で食事することなかったからタイミングのがしてたんだ。思いきって買おうかな」

「そしたらまた食べにくるよ」

 そうきたか。一はでかい鍋も雫を床にこぼすことなく拭き取っていく。洗い終わったお皿を食器棚に入れながら酒で酔っぱらってそのまま寝てしまった二人を眺めると、思わずため息が漏れた。さて、どうするか。

「うわ、阿部さんマジ爆睡じゃん」

 いつの間にか背後に立っていた一が耳元で声を上げた。

「担いで帰れんの?」

 みるみる表情が変わって、自信なさげな顔にかわった。阿部さんも大の男。起こせばどうにかなりそうだけど、一とは家が正反対の家にあるとかで送っていくには重すぎるだろう。

「自信ないけど、置いてくわけにいかねぇし」

「いいよ。泊まらせてあげる。だからあんたはそろそろ帰んなさい」

「待って、待って。阿部さん泊めるんなら、俺も泊めてもらってもいい?」

 なぜそうなる。あたしは慌てて首を振った。

「駄目駄目! 阿部さんはほら、酔っぱらってるから仕方ないのよ。そこまで送るし、そろそろね?」

 追い出すような言い方だ。傷付いたような顔をして一はあたしを凝視した。どうしても二人になるのは避けたかった。一があたしを瞳に映すときの表情が、会う度に変わっていくのを知っているから。

「わかった」

 意外にも素直に返事が返ってきたのであたしも外に出る支度をした。といっても上着を羽織るだけなんだけど。

 外は寒い。でも春に近付いているのが分かる。三月にはいったんだな。一と出会ってからすでに一か月以上が経ってる。今までずっと年上ばっかりと遊んでたあたしが、弟みたいな一と出会えたのはどうしてなんだろう。最悪の出会いの中で、あたしが忘れてしまった記憶を一はあたしに教えてくれない。思い出すのを待ってるみたい。でもあたしは思い出したくない。

 アパートから十分程度の駅まで行くといったけど、一は夜は危ないからと断った。アパートの下までいくと一が立ち止まった。

「マジな話さ、次はいつ会える?」

 真面目な顔をするもんだからあたしはすぐに返事ができなかった。そしたら一は顔をうつむかせてあたしの手を握った。

「アユさんは、俺のこと迷惑がってる?」

 不安そうな声。

「全然。そんなこと思ってないよ。急にどうした? 悩みでもあるの?」

 悩みなんてあるのか? こうやって甘えてくるのを知ったのは、連絡を取り合うようになって初めて会うようになった時からだ。それまでは、顔はいいし、頭はそれなりにいい学校いってるからいいと思うし、体力あるし、筋肉はしっかりついてるし、モデルみたいなスタイルだし。きっとモテると思っていた。今もそう思う。それにいっつも楽しそうで、悩みなんてなさそうなのに。

「悩み・・・悩みはあるけど、言えない。でも迷惑じゃないなら、会ってくれる?」

「いいよ。いつでも。また、メールしてよ」

「分かった。じゃぁおやすみ」

 一は握っていた手を引いてあたしのおでこにちゅっとキスをした。それからさっと歩き出して手を振った。あたしは何が起きたのか理解できないまま手を振っていた。

 瞳に映る一の姿は弟という位置にしかないんだけど、一にとってあたしは恋愛の対象のようだ。そう確信できる、キスだった。


 

 

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