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十時半になっちゃんは帰ってしまった。ナンパだったのだろうか、美人のなっちゃんに二人の男が話しかけてきて、イケ面に相手にされなくなったなっちゃんはその二人と盛り上がった。それでそのままお持ち帰り状態で帰っちゃった。
あの二人、見事にあたしのこと無視してたなぁ。そりゃあたし美人じゃないし、ブスってこともないと思うけど、目立った顔ではない。でも化粧とかバッチシきめてるんだけど、そんなになっちゃんが魅力的だったのかな。すっごい落ち込む。
深いため息をつくと、机の上に物が置かれる音がした。慌てて顔を上げるとイケ面の斉藤一がいた。机の上には水がおいてある。わざわざ持ってきてくれたんだ。
「もうちょっとだから、待ってろよ。暇だったら、あそこのカウンター来いよ」
気を使いつつも、なんかすっごい声が恐い。
「うん。そうさせて頂こうかな」
そろそろと立ち上がって、指差されたカウンターまで移動した。なんか落ち込んでる気分の時に一の顔を見ると余計に自分が情けなく見えてくる。しかも一の目が鋭くて、責められてる気分になってくる。
カウンターには一ともう一人、イケ面ウェイターがいる。その人があたしが持ってきたウーロン茶と水のグラスを見るとにやっと笑った。馬鹿にされてるのが一目瞭然で腹が立った。
「お客さん、カクテルでも作りましょうか? 俺うまいですよ」
この金髪チャラ男め。仕事中にいくつピアスつけてるんだよ。つけすぎだっての。いろいろ言ってやりたいけど、後々面倒くさそうだし睨み付けながら、あたしは断った。
「じゃぁ、ウーロン茶のおかわりは?」
まだ馬鹿にしたような笑顔をあたしに向けてる。でもあたしは負けずに笑顔を作って「いただきます」と言ってやった。それからすぐにウーロン茶をいただいたけど、素直に受け取る気分になれなかった。
「お客さん怒ってる?」
「怒ってなんていません。それより失礼ですよね、あなたもあの斉藤一とかいう人も」
「そうかな? でも気付いてるんじゃないの。場違いだってさ」
カチンと来た。あたしがここに来てから気にしてること、あっさり言いやがって。もう帰りたい。
「そろそろあいつあがる頃だし、店の裏回った方がいいよ」
あたしは勢い良く立ち上がった。それからまた睨み付けて、店を出た。なんなんだあいつは。本当にここの店の人って、お客に対してのマナーが悪いよ。泣きたくなってきたけど、あたしは急いで店の裏と思われるところに回った。時間は十一時を回ったばかりだ。
裏にはゴミとかが並んで、勝手口っぽいドアがあった。そこまで行くと数人の男がタバコを吸って立っているのが見えた。行きづらい。と思っていたら、勝手口が開いて中からあたしを呼びつけたイケ面が出てきた。
あたしの姿に気付く前にタバコをふかしてる男二人に挨拶して、あたしの方に駆け寄ってきた。ウェイター姿と違って、若さを感じるその姿にあたしは一瞬見惚れてしまった。
「これ、三万」
あたしの胸元に押し付けるように黄色の封筒を出した。あたしは落とさないように受け取ると、中身を確認した。
「俺が払っとくからいいよ。女に払わしたくないし。それよりあの夜のこと、あんた覚えてないの?」
あの夜。あたしすごい酔っぱらってたからなぁ。
「覚えてない」
「だろうな。じゃあ、俺の名前も覚えてないんだろ?」
「さっき、なっちゃに聞いたから分かるけど、斉藤一でしょ?」
そうかぁ。と言って一は重いため息をついた。それからあたしの頭に手をのせた。そうされて改めて気付いたけど、こいつ背が高い。あたしこれでも160以上の身長持ってるんだけど、180以上はありそうだ。
「じゃぁ、あの夜のことどう思ってんの?」
言うとすぐに手をどけた。
「あなたに不快な思いさせたんなら、謝りたいんだけど・・・初っ端からあたしに対して馬鹿にしてる感じだから、謝りたくないんだけど」
生意気なこと言ってるな。更に怒らせちゃってるかもな。でも一は表情を変えずにあたしの方に手を出した。
「もういいや。携帯だして」
は?と思いつつ、あたしは自分の携帯を上着のポケットから出して差し出した。勢いに乗ったというか、思わずというか、やってしまったと気付いたら携帯を返された。
「何したの?」
「俺の携帯番号入れといたから、寂しくなったら連絡してよ。むしろ俺からするかも」
なんていいながら、あたしの腕を握った。今の言葉は、どうとったらいいんだろうか。混乱する。
「離してよ。あたし、あの夜のことはいい思い出だって思っとくから、これも返す。もう会わない方がいいよ」
思いきって彼を突き飛ばした。それから封筒を投げ付けて、あたしは夜の街に飛び出していった。歩いてるんだけど、一は追いかけてこなかった。それがよかった。なんだか、会ってはいけない気がしたから。好きになってもいけない。
一緒にいると変になる。あの夜に記憶がすっとんでしまったのはお酒のせいだけじゃないのかもしれない。あたしきっと重大なことを忘れてるんだ。そして彼はそれを覚えてる。思い出さない方がいいことなんだよ。そんな気がした。
携帯に入れられた番号は消した。もしかしたら掛かってくるかもしれないと思ってたけど、全然掛かってくる気配がなかった。あれから数カ月が過ぎていった。もう一もあたしとの夜を思い出にしてるんだろうな。あたしのこと、早く忘れてそう。
もう二度と会わないと思ってたけど、次に出会ったのはあたしの専門学校帰りの電車の中だった。あの顔を忘れるのは相当難しかったみたいで、電車の中で一目見るだけですぐに分かった。あっちもすぐにあたしに気付いた。
睨み付けるような目であたしを見ながら、近付いてくる。近付いてくるほどにあたしは遠ざかっていった。そうしているうちにいつの間にか一の方がスピードがまして、腕をつかまれた。そのまま振り向いたら、あたしは驚いて声を上げそうになった。
「な、なによあんた! 高校生だったの!」
騙されたようだ。こいつの姿、もろ制服でそれがぴったしくる。これって本当に男子高校生ってことだよね。一は鋭い目つきをやめないまま口元を歪ませた。
「そうだけど。でも俺も気付かなかったな。あんた高校生だと思ってたし」
高校生! そんなに若くないですよ。むしろそんなに幼く見えるもんかな。あたしは立派な専門学生としてお洒落してるんだけど。最近の女子高生って大人っぽいからな。
「失礼ね」
腕を振って、繋がった部分を断った。電車の中で暴れるなんて恥ずかしい。そう思って、空いてる席に腰を下ろした。
「久しぶりだな。っていうか俺ずっと連絡待ってたんだけど。なんで電話してくれないんだよ」
「しないよ。もう会いたくないって言ってたでしょ」
「アユさんだったよね?」
あれ?何で名前知ってるんだ?
「名前、教えてくれたじゃない。あの最低の夜に。俺、見かけこんなんだけど声掛けられたらほいほいラブホに行くような男じゃないし。あんただから行ったんだけど、昨日の男とかみてたら何かショックだったな」
一の顔からは鋭い瞳がなくなって、穏やかな顔つきになってた。その顔を見てると顔が赤くなっていくのが感じられて、あたしは顔を押さえた。
「携帯かしてよ。今度は俺があんたの番号覚えるからさ」
「え? あたしの番号知ってるんじゃなかったの?」
一は少しだけ頬を赤くしてふくれた。その顔を見て笑いながら携帯を差し出した。
「しらねぇよ。だからあんたの事探してたんだけど、高校生だとおもってたからさ」
なんか可愛い。年下だからついそう思ってしまうのだろうか。でもこういう姿って新鮮よね。あたし今まで社会人の人とかとばっかり付き合ってきてたから、年下の男の子とこうやって一緒に話をしてるのは不思議な感じ。
返された携帯にはまた、一の番号を登録されてしまった。でももう消そうとは思わなかった。思い出さなければいい。あの夜のことは、忘れてしまえばいい。本当に嫌な予感がするから。
二十歳の主人公の話です。私自身はそんな歳じゃないのですが、周りは二十歳が多いのでその人たちの経験をもとに作らせていただいてます。
ここまで読んで下さってありがとうございます。早く更新できるようにがんばります。