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「わ、別れる?」

 思わず聞き返してしまった。

「うん。好きなやつできたんだよね。この間のお見合いで一目惚れ。ていうか、俺もそろそろ身を固めないといけないからさ、いつまでも遊んでられないし、その人と結婚しようと思ってるんだよ」

 それ、クリスマスの時にあたしにも言ってたよ。あたし結構本気にしてたのに。

「だから、今日で最後ってことにしてよ」

 してよって、お前何様だよ。しかも、よりによってバレンタインデー前日だし。あたしが心を込めて作ろうと思って買いだめといたチョコたちはどうするんだよ。あたしの気なんて知らずに呑気に笑いやがって。どうせあたしはあんたにとって遊びだったんでしょうね。

 いろいろ突っ込んでやるかと思ったけど、最後の最後まで大人げない自分をさらけ出したくなくて、爽やかに笑って彼の申し出を受け入れてやった。最悪だ。

 帰り際、優しく抱きしめられてちゅっとすると手を振って別れた。もう二度と会わないだろうな。っていうかもう二度と会いたくないし。

 社会人のおっさんなんかと付き合うんじゃなかった。結局浮気されて、別れるはめになるんだもんな。っていうかあたしってバレンタインデー前にばっかり別れてる気がする。今の彼の前も社会人で、結婚してない人だと思ってたらバレンタインデー前に突然結婚してることを暴露されて、不倫なんてごめんだから別れた。おかしいとは思ってた。クリスマスとか、お正月とか全然イベント時に限って一緒にいてくれなかったから。

 あたしはいつでも本気だったんだけどなぁ。恋って難しい。

 さっきの彼も、あっさり別れたけど、本当に好きだったんだよ。そう思うと涙が出てきた。でも道ばただし、いろいろむかつくしで気が付いたら居酒屋に入ってた。しかもいつも行ってるとこだ。店のおじさんの顔見たら滝のように涙が出て、周りのお客さんとか気にしないで泣きまくってた。

 それで・・・本当にこんなこと初めてだ。お酒飲めるようになってから一か月なんだけど、絶対にすぐに酔うから飲まないようにいわれてたのに、飲みまくって記憶ぶっ飛んじゃって、気が付いたら、ベットの上だ。

 あきらかに、怪しい部屋だし。ドラマで見たことあるけど、本当マジでこういう部屋なんだ。初めて来た。確実にここ、ラブホだよね。布団から出て自分の体を見る。それから横を。案の定、全く知らない男がいた。悲鳴を上げかけた口を手で塞ぐと、急いで部屋を出た。

 心臓がすごい音をたててる。もう、最悪。なんでこんなことになってるんだよ。それから気付いたらお金払うの忘れていた。慌てて部屋に入って、ラブホがいくらかかるのか分からないから適当に三万だけ机に出して、出ていった。

 どうなってんだ。もう、絶対お酒だけは飲まないよ。


 数日後あたしの通う服飾の専門学校の友人たちは、あたしが別れた話を聞くと飲みにいこうと誘い出した。でも先日のこともあって、あたしは丁寧に断り、変わりに学校でジュースやらを持ってパーティー感覚の飲み会をした。それから、あたしが彼氏にあげようと思ってチョコの材料を買いだめしていたので、それで作ったお菓子を皆に配った。男には義理チョコ。女にも義理チョコ。でも愛情たっぷりのつもり。

 数を合わせてきたつもりだったけど、二つだけ余ってしまった。一つはあたしが自分で食べて、もう一つはどうしようかと悩んでたら皆がジャイケンで争奪しはじめたのでほっとした。

「これで、このメンバーの中で付き合ってる人いなくなったね」

 ポテトを頬張りながら隣に座ったなっちゃんが言った。

「そうだな。でもこれはこれでいいんじゃね? だって俺らってめちゃ忙しいし。これからはもっと大変だろ?」

「そうだよね。今年は就職活動とかあるもんね」

 十八の麻生と香織があたしのチョコを食べながら言って、あたしに親指をたてたポーズを決めた。同時だったので思わず吹き出してしまった。

「二十歳かぁ。なんか空しい・・・」

 あたしが言うと周りに笑われた。あたしは一年浪人していた。大学を受験しようと思っていたけど、途中でよく考えると大学に行ってもやりたいことがないのに気付いて専門学校を受験した。受験といっても書類審査で、勉強はほとんどしなかった。

 でもこの学校に来て良かった。楽しいし、仲間もできた。

 学校を後にするとあたしはなっちゃんとレストランに入った。一番仲のいい子なので、いっぱい話したいこともあったし、その店はそういった時にいつも選んでいたところだった。

「ねぇ、入ったとこなんだけど違うお店に行かない? あたし目つけてる子いるんだ」

 なっちゃんの色恋話はあたしの恋愛の数よりずっと多い。でも熱しやすく冷めやすい質なので、一目惚れしても付き合うまでに発展することは少ない。

「いいよ」

 それだけいうと、せっかく頼んだドリアを取り消してもらって店を出た。

 夜の道をどんどん進んで、明るい繁華街に入っていく。あたしは夜あんまり出歩かないからちょっと怖い。でもなっちゃんはすいすいと目的地まで足を運んでいくので、オドオドしていられなかった。

 なっちゃんに連れてこられた場所はお洒落な雰囲気のバーだった。お酒は飲まないと決意したばかりなので、入りづらかったがなっちゃんに手を引っ張られて無理矢理店の中に入れられた。中は以外にも広く、スーツを着たり美人の女の人がたくさんいた。確実にあたし一人場違いな気がして帰りたくなったけど、なっちゃんは興奮ぎみにさっさと席に座った。

 なっちゃんが狙っている子はここのウェイターらしい。数人が行ったり来たりしているのを見るが、あれも違う、これも違う、と唸っている。

「本当にいるの? なんかさ、みんなカッコイイから同じ顔に見えるよね」

「そうかなぁ。でも全然違うのよ。一目で分かるの」

 そうなのか。でもあたし顔のいい人は苦手だな。なっちゃんは平気でカクテルを頼んだけどあたしは、ウーロン茶を頼んだ。バーに来てウーロン茶を注文するのは恥ずかしかったけど、もう二度とあんな思いはしたくないので仕方ない。

「あ、いたいた! ほら見てあそこ」

 振り向くとちょうど今入りましたという感じで、カウンターの奥から男の子が出てきた。数人のウェイターと話をしてからカウンターに立ち、お客と話をしている。

 確かに、顔つきはかなり男前。さっきまでカッコ良く見えてたウェイター達が色褪せていくようだ。まるでモデルだな。

「マジカッコイイ。見てよ、あの笑顔! 紳士っぽいじゃない」

 なっちゃんには悪いけど、あの手の顔って相当ちゃらい感じがする。結構遊んでるんだろうな。

「あたし声掛けてくるから待っててよ」

 あたしを置き去りにしてなっちゃんはあっという間に、カウンターに行ってしまった。一人にされてしまうと、よけいに店の雰囲気になじめない自分が空しい。二十歳にもなってお酒も飲めないのかよ。という目で見られてる気さえする。

 ため息を吐き出した瞬間、肩に手をおかれた。なっちゃんだと思って振り返ると、スーツ姿のみ知らぬ人がいた。その人が結婚を隠してあたしと付き合っていた人だと気付くまで少しだけ時間がかかった。

「あ、三島さん!」

 別れた時、二度と会わないと誓った初めての男だ。

「偶然だね。こんなところで会うなんて。珍しいんじゃないの?」

 あたしの肩から手をのけると、断りもせずになっちゃんが座っていたイスに腰掛けた。

「友達に連れてこられちゃったんです」

「そうなんだ。で、友達は?」

「あそこのカウンターに・・・? あれ? いない」

 三島さんもわざわざ振り向いてなっちゃんがいないことを確認してくれた。でもその時に妙な笑顔を浮かべているのをあたしはしっかりと見ていた。

 すっと伸びてきた手はあたしの手を握りしめた。その瞬間に鳥肌が立ったのはもう既に好きじゃないからだろうな。

「ねぇ、今晩ヒマ?」

「ごめんなさい。三島さんとは、もう別れたじゃないですか。それに今日は友達も一緒なんです」

 にっこり笑って穏便に済ませてやろうと、丁寧に断ったつもりだが、三島さんはうっとりとした笑顔を向けてくる。

「本当に友達はいるのかな? 一人できたんじゃないのか?」

「何いってるんですか」

 手を引こうとすると、思いっきり引っ張られた。顔が近付いていく。

「妻とは別れたんだよ。君さえ良かったら、よりを戻さないか? やっぱり、君じゃないと満足できないよ」

 耳元に息を吹きかけるように話すので、余計に肌がぞわぞわする。三島さんってこんなに気持ち悪い人だっただろうか。あの頃は本気の気持ちだったから触れられるだけで赤面してたけど、こんなに気持ち悪いと感じるのはきっと、冷めてしまっているからだろうな。今更寄りを戻そうなんて虫のいい話、受け入れるはずない。

 今度はあたしが思いっきり手を引いた。でもビクともしなかった。

「ホント勘弁して下さい。あたしそんな気まったく無いですから」

「そうかな?」

 は? そうかなってどの口がいってるんだよ。

「君っていつもそうだったじゃない。嫌々いいながら、結局受け入れてくれる。そうだろう?」

 それは三島さんを好きだったときの話だし。今は全然だめだっての。

 いいかげん腕を振払いたくて殴り掛かろうかと思った瞬間、別の声が入った。

「すみません、お取り込み中申し訳ありませんが、そちらのお客さまのお連れ様が呼んでおりますので、ご案内させていただきたいのですが?」

 ぱっと顔を上げてみるとなっちゃんが狙っているという、イケ面男がいた。驚いたのは三島さんも一緒だった。彼の顔や声には怒りが含まれていて、お客に対する態度かよ。というぐらい、恐ろしい顔をしていた。まさに鬼の面だね。

 三島さんが気が弱い事をあたしは重々に知っていたので、これはラッキーだと思い手が緩んだところで身を引いてさっとウェイターの陰に隠れた。

「三島さん。本当にごめんなさい。もうあたしそんな気全然ないから」

 それだけ言うと、何も言わなくなった三島さんをおいてウェイターの後についていった。振り向かなかった。後ろから殴り掛かられたらどうしようかと思ったけど、しばらく進むと三島さんの姿は見えなくなった。そこでようやく胸を撫で下ろせた。

「あんたさ、本当にどうしようもない女だね」

 突然言われて、はぁ?と顔をあげた。

「別れた男だろ? あんなしょうもない男に引っかかったり、酒飲んで酔ってラブホに男連れ込んだりさぁ・・・。ホント、最低だね」

 男の目は、鋭く、あたしは数日前の出来事思い出しながら、嫌な予感を巡らせた。隣のイケ面の口振りからすると、あの日あたしと一緒にいたのって・・・

「もしかして、あなた・・・あの日一緒にいた人?」

「はぁ? あんたが誘って連れ込んだんだろ? 覚えてないのか?」

 あたしは頬が赤くなるのを両手で押さえながら頷いた。深い深いため息が横から聞こえる。すっごい恥ずかしい。そういえば相手がいたんだよね。しかも置き去りにしていったし。

「そうだ、あの三万返すよ。普通割り勘だろ? ラブホってそんなに高くなかったし」

 そうなのか。相場が分からなかったから、適当においてたんだよね。でもいらないや。そう言おうとしたら、彼が笑顔になってある方向を指差した。その笑顔は視線の向こうに向けられてる。

「ほら、お友達が待ってるぜ」

 肩を小突かれて前を見るとなっちゃんが手を振っていた。あたしが慌てて手を振ると、ほっとした顔つきになった。一番奥のカウンター。ここなら本当に三島さんお姿形、全然見えないや。

「じゃぁ、十一時に俺あがるから、それまで待っててよ」

「は? え、ちょっと!」

 声を張り上げたけど、彼は聞く耳持たない状態で、さっさと行ってしまった。なっちゃんの隣に行くと、思いきり抱きつかれた。

「よかったぁ。アユが絡まれてるのは見えたんだけど、あたしじゃ助けにいけなくてどうしようかと思ってたら、彼が行ってくれたんだよ。やっぱ紳士よね」

「・・・あの人、名前なんていうの?」

「斉藤一だって。はじめくん。どうしたぁ? やっぱりアユも惚れたのか?」

「違うって」

 そうじゃない。そうじゃなくて、一夜を共にしたからには、名前くらい知っといてやらないと失礼よね。大分怒ってたし。

 ため息をつきながら、あたしはまたウーロン茶を注文した。なっちゃんに、助けてもらった時どうだった? とかいっぱい聞かれて答えながら時間を気にしている自分が、すでに彼のペースに巻き込まれていることにあたしは気付いていなかった。


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