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我問う、故に我あり

作者: マーク
掲載日:2026/06/05

ハッピーエンドが好きです。

ですが、書いていると、ハッピーになることがあんまりないです。


何を題材にしていてもです。

幸せにしてやりたいと思うのですが、いつの間にかあんなことになっています。

なんというか、こう、嘘を吐いている気がしてくるんです。

世界が幸せで満ちていると伝わったら、その人がかわいそう…というんでしょうか。

なんだか、そんな気がします。


ただ、恥ずかしいだけなのかもしれません。

もしくは、難しいのかもしれません。

私にとっての幸せは、少し、ずれているようですし、私は、幸せと声に出すことが出来ないものですから。


私は思います。

創作の世界くらい、いいじゃないか。


同時に、こうも思います。

現実の辛さを解消したものが、見たいのか?

…それは、さらに辛くなるだけではないのか?


無理なんです。どちらもは、無理なんです。

頭のおかしい悪役を作ることも出来ます。

現実に存在しない幸せや悪を作ることもできます。


それが正しい姿なのかもしれません。

でも、切り離して考えられるほど、私は賢くないのです。

そこにあると思ってしまいます。

そうでなければ、楽しくありません。


結局、私にはできないというだけの話でした。

私にはせいぜい、思ったことを書くことしかできません。

私を書くことしかできません。

それ以外は偽物ですから。


他人の痛みを表現することなんて、できません。

他人の幸せを言葉で表現するなんて、したくありません。

私の作品は、独りよがりです。

それしかしたくないのです。


自分以外を書けるだなんて思った瞬間に、私は贋作に成り下がるのです。

私は、そうなのです。


みんな、何か理由を探しています。

頑張れる理由を。

自分が好きな人、推しが、リサイクルをしようと言えば、そのために頑張れます。

動機なんて、なんでもいいんでしょう。

だから、それになることが、きっと、役割であるべきなんだと思います。


どうして学校に行けない?

行きたくないから。

これは、立派な理由なんですよ?

理由っていうのは、他人を納得させるものじゃないんです。

ただ、あるものなんですよ。

理由を求めているふりをしているだけです。

相手を納得させられないなら、それは理由にはならない。そんなわけないんです。


動機になって、いいことをさせる。

私には、到底できません。


すごいなと思いながら、眺めるだけです。



納得した瞬間に、それは、自分のための偽物になるのです。

答えのない問いというのは、往々にして、問いが間違っています。

もしかしたら、そうなのかもしれません。

でも、それでいいんです。

それだけが、本当なんです。


…最近、物語が書けなくなってきました。

次の趣味に進む時なのかもしれません。


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― 新着の感想 ―
 エゴ解釈の否定ですね。  ハッピーエンドっていうのは、ある意味それが正解であると読者に共感を押し付けるものですから。  ならばどこか歪なビターエンドを描くのが向いているのかも知れませんね。
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