第八幕:ベーカー街のホームズ
ねえ、あなた。私はアドラーよ。
そして、アドラーを愛するシャーロキアンの一人なの。
なのにーーアイリーン・アドラーと名乗っている。
第七幕では、首長ホームズに私の物語を話した。すると彼は、私の聞きたかった事を話してくれた。
もちろん、聞きたくないこともよ。
彼は私をそこに泊めないと言った。
代わりに泊めてくれる場所へ連れてってもらうことになった。
ベーカー街に来た。
途中まで馬車できて、裏路地へと入った。その頃には、もう日は沈んでいた。
「裏路地だけど、ここは治安がいい方さ。」と首長ホームズは言った。
彼は私の荷物を運んでくれた。
首長ホームズに連れられて、ある三階建てのフラットの前についた。
「少し待ちたまえ。」と彼は建物や扉のノッカーで、人を呼び出した。
背の低い太った家政婦が面倒くさそうに私たちを見た。
「何かご用ですか?」と彼女は言った。
「夜分のお客様はお断りしてますがーー」と彼女は言いながら、扉をゆっくりと閉める。
首長ホームズは、片足を扉の間に挟めた。
それから、紙幣を彼女にちらつかせた。
「彼女をホームズに会わせるんだ。そうしたら、これは君のモノだぜ。彼女は、ホームズの客だ。プライベートなーー」
そう言うと彼は、せせら笑った。
「あら?まあーーやはりーー」
彼女は紙幣を受け取ると、私を中に入れた。
「こいつを預かっててくれ。」と首長ホームズは私の荷物も彼女に押し付けた。
「それじゃ、また会おう。アドラー。」
彼は硬貨を何枚かワザと地面に落とした。それから、サッサといなくなってしまった。
彼女は、暗い床を這った。
「勝手にあの人たちに会いにいきなさい!」と私に向かって言った。
お金を拾う事に夢中になっている家政婦ーー信じられないものを見た気がした。
私は階段を上り、扉の前まできて、ノックをした。
誰も返事をしない。
開けるべきなのだろうか?
再び、扉をノックしてみた。
かすかな足音がした。
それから扉はゆっくりと開かれた。
そこには、二人の男がいた。
一人は黒髪短髪のやせぎすの男。灰色の目は鋭く、ワシ鼻で、顎は刃物のように角ばっている。
身長は180センチほど。彼が扉を開けてくれた。シャーロック・ホームズのようだ。
もう一方の男は、灰色の髪に口ヒゲを蓄えた中肉中背の男。体つきはがっしりしていたが、頬はこけて、指先だけは微かに震えていた。
彼がワトソンなのだろう。
ーー二人とも本物じゃない。
それでも、何か、ゾッとするほどホームズらしかった。
扉を開けてくれた彼らは怪訝そうな顔をしていた。
「あなた......シャーロキアンのホームズ?」と私は彼に聞いた。
もしかして、本物なのかもしれなかった。信じたかったのかもしれない。
彼は相方の顔を一瞬みつめてから私を見た。私も彼の目を見つめた。
「そうだ。僕はシャーロキアンのホームズ。そして、シャーロック・ホームズだ。君は?」
「私もシャーロキアンよ。アイリーン・アドラーを名乗ってるわ」と私は微笑んだ。首長ホームズよりも、私は彼を気に入ってしまった。
「ここでは、なんだ。君を部屋に入れたいが、ーー君、吸血鬼じゃないよね?」と彼は恐る恐る聞いてきた。
「なんですって?」
「いや、こちらの事だ。入りたまえ。
君に血を吸われるのをイヤがる男はいない。」と彼は呟いていた。
私は少し不安になった。
(こうして、第八幕は吸血鬼により幕を閉じる。)




