第六幕:シャーロキアン
ねえ、あなた。私はアドラーよ。
そして、アドラーを愛するシャーロキアンの一人なの。
なのにーーアイリーン・アドラーと名乗っている。
第五幕では、従姉妹のキャロラインに悲劇を叔母さまに話した。
叔母さまを、こんな事で驚かせたくなかった。
目が覚めたのは、次の日の昼頃だった。私は新聞を家政婦から持ってきてもらって読んでみた。
馬車に関する事故は、特になかった。
私は夢なのかと思ったわ。
それに、変な記事も見かけた。
シャーロキアンの集会の記事だ。
『シャーロキアンのホームズ。
やあ、君。ボクはシャーロキアン。
ホームズのファンの一人さ。
だけど、ただのファンではない。
限りなくホームズに近い。
容姿も思考もだ。
だけど、ホームズには誰にでもなれる。君が少し頭を働かせたら、魔法使いみたいに、相手の過去現在ーーもちろん未来さえも見通せる。
髪が黒に近く、目が灰色、やせぎみで背が高ければ、君もシャーロキアンのホームズだ。
集会場はロンドンのカムデン・タウンの南端のーー建物の前だ。集まれ、同志たち!
』シャーロック・ホームズの真似をする人たち?
ほんと、夢みたいな内容だった。
でもーー居間にいる叔母さまの表情を見たら、夢ではないとわかった。
「キャロラインは無事だったわ。
少し身体を打っただけ。
ウィッグをつけてたおかげかしら。」と叔母さまは言った。
「あんなに、あんなに血がーー」と私は口を開いたけど、黙った。
「私はーー命を狙われたの?」
「あなたが狙われる理由はないわ。」
その言葉を、信じきれなかった。
叔母さまは、あの時の浮浪者の目を見てなかったからーー。
「叔母さま。私、ここにいたら迷惑になるかもしれないわ。」と私は言った。
「何をいってるの? ここ以外に居場所はないでしょう。ーーキャロラインが戻ってくるまでいなさい。」
「いいえ。居場所ならあります。
心配なさらないでーー」と私は言った。
「ーー出ていくとしたら、これを持ってお行きなさい。」と言うと叔母さまは、ゆっくりと立ち上がり、箱を持ってきた。叔母さまは箱を開いてみせた。
その中には小さな護身用の銃と弾があった。
「今のロンドンは危険なの。狙われるのに、理由はないわ。お願いだから、これを持っていきなさい。返さなくていいわ。お願い。」
震える腕で、叔母さまは私に箱を押し付けてきた。
「何かあれば、すぐに戻ってきなさい。意地なんてはらないで。」
私は箱を受け取った。
これを使うことがなければ良かった。
それから私は荷物を馬車に積み込み、カムデン・タウンへと向かった。
ホームズの集会所はすぐに見つかった。
ホームズが複数人、うろついていたからだ。
まるでインディアンが狩の獲物を待ち侘びているかのように。
「ステキな紳士たちーー、私、アイリーン・アドラーと言うの。助けがほしいの」と私は声をあげた。
その辺りのホームズは、いっせいに私を見た。
その時の私の気持ちーー無事にここから出してもらえるのか心配になったわ。
すると建物の中から、帽子を被ったホームズがステキをつきながらやってきた。
「ふむ。ステキな自己紹介だ。
アイリーン・アドラー。なんて、挑戦的な響きなんだろう。」と彼は言った。
どうやら、この部族のリーダーのようだった。なぜですって?
帽子をつけているのは、彼だけなのよ。
「ボクらはシャーロック・ホームズと名乗っている。君の謎を教えてくれ。
それ次第では、味方になろうーー」
(こうして、第六幕はホームズの帽子で幕を閉じる。)




