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シャーロキアンのアドラー〜虚構アドラーの誕生〜  作者: ヨハン•G•ファウスト


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3/7

第三幕:二人の恩人

ねえ、あなた。私はアドラーよ。

そして、アドラーを愛するシャーロキアンの一人なの。

なのにーーアイリーン・アドラーと名乗っている。


第二幕では、アイリーン・アドラーになるために頭を丸めた。それなのに、私の歌が下手すぎて、ショックを受けた事を話したわ。


何年も惨めに生きていた。

あなたに、そう言っておけば、

物語として聞こえがいいけど、

そんな私にも救いがあった。

恩人とも呼べる二人の存在があったの。


一人は、私と年の離れた裕福な叔母さま。父にお金を貸してくださって、あの屋敷に住まわせてくれた女性ーーエミリー叔母さま。まるでアイリーン・アドラーのように知的な方。彼女は常に余裕で、私にさえ気にかけてくれた。

もう一人は、私の親戚ーー従姉妹キャロライン。

彼女は私と年も近く、打ち明け話も何度もした。少しそそっかしくて、考えるよりも、身体を動かすの。

屋敷で使用人と同じ扱いをされそうになった時、彼女が私の権利を主張してくれたーー。


彼女たちの優しさ。

時には面倒に思ったりもしたーー。

それでも、彼女たちは私を裏切らないでくれた。

だけど、私は彼女たちの全てを信頼できない。世界は残酷で完全に信じたら、必ず傷つく事になるから。


あなたも頼りすぎは良くない。

これはあなたの為に言っているの。

確実なものなんて、この世に一つもないのだから。なに一つ。


私がアドラーを自分の仮面にする事で、現実は少しずつ変わっていく。

周りの目が変わり、代わりに変なモノでも見るような諦めになった。


親戚のたらい回しが減っていき、

私の居場所がなくなっていった。

知性ビンタをやりすぎたかもしれない。

どんなに権利を主張しても、

持たざる者はガマンし続けなきゃならなかった。

どうしてもーー耐えられない。

このまま仮面をつけていけば、

それは救貧院か慈善施設に行かなきゃならない事でもあった。


私に残されたもう一つの価値。

これを消費されるのも、耐えきれない。


何も悪いことはしてない。

本当に、残酷よ。


ある日、叔母さまの屋敷で厄介になっている時の事だった。


屋敷の二階にある居間で、叔母さまと紅茶をご一緒させてもらってたーー。

その部屋の暖炉には火がくべられ、パチパチという音と、心地よい熱気が部屋を満たしていた。


壁には、深紅の壁紙が貼られ、その上には金縁の額に入った風景画がいくつか飾られていた。

窓は大きく、厚手のベルベットのカーテンが引かれていた。外は暗かった。


部屋の中央には、ソファとアームチェアが並べられてた。

叔母さまはアームチェアに。

私はソファの端に座っていた。

その前には小さなコーヒーテーブルが置かれていた。


アームチェアに座っていた叔母さまが、ゆっくりと顔を上げて私を見た。


「ーー。あなたが喜ぶか、分からないけど。贈り物をさせてほしいわ。」

彼女は私の頭を眺めてた。

ーーアドラーになるために私が髪を切った事をすごく残念そうにしていた。

「叔母さま。お気になさらず。すでに、過分に頂いてますわ。これ以上、甘えてしまったら。ふふ。

私は子どもじゃありませんーー」と私は言った。


強がり?


そうかもしれない。

でも、叔母さまの近くにいても恥じない人になりたかったの。ーー子どもみたいでしょ。


あの人に、甘えていたらーー戻れないかもしれないと思ったの。

一度でも、弱みを見せたら、そこから一気に崩れていきそうでーーまあいいわ。


それで叔母さまは、私に贈り物をしてくれた。

アイリーン・アドラーのようなブルネットのウィッグを。私の手は震えた。

「叔母さまーー!これはーーいただけませんーー」と私は断った。

もらう事に慣れてしまったらーー!

私は、私は何もかもをーー失ってしまうからーー。

「これは、ーー。あなたの為じゃないの。そんな頭をして、屋敷を出入りされたら、私の迷惑になるの。

だから、ーー。受け取って。お願いだからーー」と叔母さまは悲しそうに微笑んだ。


私は大した礼も返せなかった。

ただーーそのウィッグを胸に抱いてた。


それから自分の部屋へ戻った。

鏡を見たかった。これを身につけた自分の姿をーー。

鏡の中にいたのは、アイリーン・アドラーだった。


彼女の目は、輝いてた。


そして不思議なことに、彼女は私に話しかけてきたの。

信じる?


彼女は、アイリーン・アドラーが鏡の中から、私に話しかけた。

内容は、こうだった。


「なんて可哀想なーーなの。

私は......あなたを見てきた。

そして......いつも考えさせられる。

何の罪があって、

神さまは、あなたを苦しめているの?

知らないうちに、

何かーー罪を犯したの?

気をつけておけば良かった?

ーーバカらしい。

神さまの逆鱗なんて、

神さまにしかわからない。

そんなの、気をつけようがないわ。

ねえ......そんな事より、私たちはやらなきゃいけない事があると思わない?

鏡の中のアドラーは、私の様子をジッと見ていた。でも、答えなんて決まっていた。

「私をこんな目に遭わせたーーあの男を後悔させてやる。」

「ーーそう。私たちならできる。

きっと見つけ出す。きっとーーきっとよーー復讐の女神は私たちの味方ーー」

そう言い終えるとーーゆっくりと、鏡の中のアドラーが私の中から消えていったーー。


(こうして、第三幕は鏡により幕を閉じる。)

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