第二幕:超えられない才能の壁
ねえ、あなた。私はアドラーよ。
そして、アドラーを愛するシャーロキアンの一人なの。
なのにーーアイリーン・アドラーと名乗っている。
第一幕では、私の人生を結婚詐欺師がメチャクチャにしたのを話したわ。
これは世界が残酷だと、気づけないバカなお姫さまが愚かだった。
ーーそれだけよ。
親戚の屋敷をまわる時の惨めさ。
あなたには分からない。
分かってもらう必要なんてない。
あんなに多く持っていた本を失った無力感。召使いや犬も、もう私になんか尻尾をふらない。
弱い立場をかぎ取る生き物の醜さ。
それらを全部あなたに言っても、
きっと創作だと思われる。
どこかで救いを求めるようにーー。
この話から作り物の証拠をあなたは探すの。
まるで名探偵のようにーーね。
そして私はまるで家政婦。
灰かぶりの女の子。
頭を下げて、愛想笑い。
そんな日が過ぎたら、別の親戚のうち。
どうかずっと住まわせてとは言えない。
言ったら、惨めになる。
きっと私は耐えられない。
ジワリじわりと、
私の魂はひび割れて惨めさに慣れていく。
価値の下がるだけの女。
傷ものと囁かれるバカな女。
他に何を言えば、あなたの気をひける?
こんなに惨めだってね。
だけど......私は美しさと強さを掴む事にした。
アーサー・コナン・ドイルの書いた”シャーロック・ホームズ”は、男だけが輝く物語だけではなかった。
“ボヘミアの醜聞”。
“シャーロック・ホームズ”の短編集に出てきた女性。
元オペラ歌手の、あの美しく知性のある貴婦人。
あの忌まわしい出来事の後、
読んでいて、魂を揺さぶられた。
まるで私のそばで、
微笑んでるように感じたの。
私は彼女のようになりたい。
ーー理由なんて、後からついてきたようなもの。
ねえ、あなた。
彼女の美しさを考えたことーーある?
周りに心が壊されそうになった時、
私は彼女の胸に飛び込むの。
そして私は、
彼女が言いそうな事を言う。
相手は、キョトンとしたわ。
微笑みながら、霧のようにすり抜ける。
そんな女性を想い描いていったの。
アドラーの仮面。
これは、私の心を守るものだ。
そう決めた日、私は髪の毛を剃り落とした。頭を丸めたの。
彼女のようにブルネットの髪を持ちたかったから。
染めるなんて選択肢はない。
そうして、鏡の前で彼女の所作を想像していった。
優雅な振る舞いに、相手の鼻をへし折るような知性ビンタ。そればっかり考えた。
でもーー努力だけでは、叶わないことも分かった。
鏡の前で、オペラ歌手のように歌ってみた時のことだ。
親戚の屋敷に響いたのは、
天使の歌声とは、まったく別モノだった。
「なにがあったの? このマヌケ!
鶏をこんなところで締め殺すやつがあるか!」と言われた時、悟ったわ。
神さまは、私から歌声を奪ったんだって。まるで人魚姫のような、やるせない気分だった。
歌は、いつまでも上手くならなかった。
それでも、なりたい。
彼女のように、なりたい。
ーーアイリーン・アドラーのように。
(こうして、第二幕は下手すぎる音痴により幕を閉じる。)




