第7話 来訪者
王都で陰謀が渦巻く頃、ルヴシール湖畔の工房は穏やかな昼下がりだった。
レントが作業台の椅子に腰かけ、鍛冶道具の手入れをしていると、外から馬のいななきが聞こえた。
レントは耳をぴくりと動かし、昨日のピンパネとの商談を思い出す。”牙猪の結晶剣”や怪しげな鉱石の他にも、仕事の話を山ほどしていたのだった。
紹介された客かと思い、立ち上がろうとした矢先、ドンドンッと扉が鳴らされた。
「失礼!レント・ヴェーレン殿はいらっしゃいますかな?」
低く太い、明らかに年上の男を想起させる声。
ポンクルが小走りで扉を開けると、爆発したような丸い髪型が目を引く、中年の男が立っていた。
満面の笑みを浮かべて、革の外套を翻し、深々とお辞儀をする。
「お初にお目にかかりまする!私はヴァッフェン・アフロンと申す。近隣の街、イオンニで武器商人をやっておるのですがな!」
声がでかい。工房中に響き渡るほどだった。
ヴァッフェンはピンパネの紹介だとまくし立て、王国一の鍛冶師にぜひ仕事を――と熱弁をふるう。
だが、工房内を見渡すと首を傾げた。
「……レント殿は何処に?」
「俺だ」
レントは立ち上がり、名乗り出る。
すると、一瞬、ヴァッフェンの顔が凍り付いた。鼻の下に短く整えられたひげが震え、態度ががらりと変わる。
「こんな若造があのレント・ヴェーレンだと?!……見たところ30ぐらいか?」
レントは短く答える。
「……24だ」
後ろのテーブルからルミナリアが目を丸くして叫んだ。
「うそーっ!あたしも30代だと思ってた!」
「……うるせえな」
レントが頭を掻く。ぼさぼさで無造作な黒髪は、癖も相まって鬱陶しい。
無精ひげは触れば砂を擦り合わせるような音を立てそうなくらい伸び放題だ。
ルミナリアが大袈裟に腰に手を当てて、まるで母親のように叱りつける。
「無精ひげ生やしてるからだよ。身なりはきちんとしなさい!」
「めんどくせえ、いいからほっとけ!」
二人の言い合いが始まると、ポンクルが尻尾をピコピコとさせて慌てふためく。
「お、落ち着いてっすー!」
客の前だと言うのにお構いなし。
レントが全く相手をせずにいると、ヴァッフェンはひげを震わせ、声を張った。
「オイッ!俺を無視するなー!」
レントがため息をつき、作業台の布を払う。
「で、要件は?」
ヴァッフェンはドカッと素材の袋を置いた。埃が舞い、広がる鉄の匂いにポンクルが鼻をひくつかせる。
「俺の店に置く剣を作れ。初回だから一般的な鉄の長剣でいい。十本だ」
レントは腕を組みながら、短く頷く。
「納期は?」
ヴァッフェンがニヤリと笑う。
「お前さんが王国一とは信じられん。試してやろう、腕に自信があるなら三日で造ってみろ」
並の鍛冶師ならば、ふざけるなと金槌を投げたことだろう。
しかし、レントの声は低く静かだった。
「そんなにいらねえ。一日で充分だ」
レントの宣言にヴァッフェンは恰幅の良い体をひねらせて、工房の梁が揺れるほどに笑い転げた。
「グワーハッハッ!吹きやがるな若造!王国一ってのは口先か!」
ポンクルが尻尾を立てて、真剣な顔で答える。
「アニキは噓言わないっす!」
師匠の名誉を誰よりも重んじるポンクル。だが、実際、レントは自身の評判などには無関心なのでこの手の問答はいつもポンクルがしていた。
しかし、その見た目からか、ヴァッフェンは侮るようにニタニタと白い歯を見せる。
「なら賭けだ。間に合わなかったら?」
無関心とはいえ、プライドはある。間に合わないなどありえない。そこまで言うならば、とレントは思いを巡らせ、静かに宣言する。
「……俺の命を賭ける」
工房内の空気が張りつめる。
ヴァッフェンは眉をひそめ、鼻の下のひげを指でなぞった。頭がおかしいのか、とでも言いたげだ。
「つまりは俺の鍛冶人生を賭けるってことだ。例えば……アンタの店の仕事は今後すべてタダで受ける。何時でも、どんな仕事でも。どうだ?」
ヴァッフェンが「ククッ」と喉の奥で声を鳴らす。
「いいだろう。俺は何をかければいい? こちとら命なんぞかける気は、さらさらねえぞ」
レントが湖を見据え、一瞬の静寂の後、淡々と告げた。
「俺が勝ったら、俺がここに住んでること、アンタの店の客に内緒にしてくれ」
ヴァッフェンが首を傾げる。
「一応聞くが、何故だ?」
「お前みたいな迷惑な客が増えねえでほしいからだ」
ヴァッフェンが高らかに笑い飛ばした。
「いい度胸じゃねえか! 明日、また同じ時刻に来る。逃げるなよ」
荷馬車が砂煙を上げて去っていくのを、ルミナリアはため息をつきながら見送った。
ポンクルが「失礼な奴っす!」と続く。
レントは頭を搔きながら呟く。
「ったく、ピンパネの奴、変な客をよこしやがって」
とは言いつつも、ピンパネならこうなることを予期してあの男をよこしたのではないか、とレントは想像した。その場合、レントの腕を信頼している、ということも。
おそらく、この賭けに勝てばヴァッフェンとは今後良い関係を築けることだろう。
商人の考えそうなことだ。そう思い、レントはフッと笑った。
「んじゃ、ちゃっちゃと済ませるか」
レントは炉を焚き、麻布を頭に巻きつける。
ドワーフの技法――鉱石の声を聴けば、金槌の力の入れ具合と、打つべき次の場所を自然に教えてくれる。
通常の鍛冶師ならば鍛造は一日に一本といったところだろうが、レントは一時間もかからない。
炉炎が渦巻き、周囲の空気を歪ませる。
熱と火花が散る中、レントの手が止まることはない。
深夜、長剣を焼入れする「ジュッ」という甲高い音が響き、夜明け前、作業台には整然と剣が積みあがっていった。
翌日、昼に差し掛かる頃、荷馬車が再び軋み、砂利を踏みしめる音が響いた。
「おい、来てやったぞ!」
ヴァッフェンはイオンニからの移動で汗だくになって降り立つ。
「イオンニからここまで片道1時間だ。手間賃を貰いたいくらいだぜ」
彼は半ば諦めと嘲笑の表情で作業台に視線を向けた。
「で、できたのか?」
レントが作業台にかかっていた麻布を一気に取り払う。
すると、光を吸い込むように磨き上げられた長剣が十本、寸分違わず、整然と並んでいた。
「だろうな。ったく何が王国一だ、ただのホラフキ……ってなにぃ!?」
ヴァッフェンが目を剥く。その顔からは、さっきまでの自信が完全に消え去っていた。
「一、二、三――十本。見た目も完璧……!バカな、どんな鍛冶師でも十日はかかる! お前は何者だ!」
ポンクルが誇らしげに胸を張った。
「だから、王国一の鍛冶師レント・ヴェーレンさまっす!」
レントはポンクルの頭を軽く叩く。
「王国一は余計だ」
ヴァッフェンは腰を抜かして「本物か」と呟いた。
レントは深いため息をつく。
「自分で名乗ってるわけじゃねえんだがな」
驕るわけでもなく、レントは落ち着いて答える。
その言葉に、ヴァッフェンは目を剥いたまま、まばたきを忘れた。これまでの自身の言動を思い出し、顔から血の気が失せる。
そして震える手でレントの手を取り、土下座せんばかりに頭を下げた。
「数々の無礼をお許しください! このとおりでございます!今回の依頼は通常の二,いや三倍でお支払いしますので!どうか、どうかこの素晴らしい長剣を私の店で取り扱わせてください~!」
「……!?」
そのあまりに卑屈な態度に、さすがのレントも一瞬、目を丸くして固まった。
またしても態度を百八十度変えるヴァッフェンに、ポンクルはやれやれと肩をすくめつつも、誇らしく鼻息を鳴らすのであった。
辺境の中ではそこそこ大きな街、イオンニ。この街はこの辺りの交易の中心地となっていた。
周辺の森林や洞穴には、さほど強くない魔獣が多く生息しており、未熟な冒険者が腕を磨くには適している。
腕が未熟であれば、扱う武具もすぐに壊れるもので、この街に店を構える武器屋はどこも客の出入りが良い。
そんな武器屋の一つ。ヴァッフェンの店は朝から大盛況だった。
「こちらをご覧あれ!あの『王国一の鍛冶師』レント・ヴェーレンの剣がなんと、銀貨十五枚! 宿屋に泊まれば半月は暮らせる金額だ!」
ヴァッフェンは店の入口に立ち、声高々に宣伝する。
「銀貨十五枚を高いとお思いか? とんでもねえ! 並の鉄剣を二本買うより、この一本を選びなさい! 限定十本の入荷だ。さあ買った買った!」
通りには冒険者の人だかりができ、皆が剣を手に取っては、その完璧な出来栄えに感嘆した。
幾人かの初心者の冒険者が、その高額にも関わらず次々と購入していき、剣は数を減らしていった。
しかし、最後の一本を手に取った女性冒険者のパーティーの一人が、突如としてヴァッフェンに詰め寄る。
「この剣は本物だな? レント・ヴェーレンは今どこにいる?」
ヴァッフェンが思わず首を振ると、その女冒険者は胸元から美しい装飾が施された首飾りを見せた。
ヴァッフェンは絶句した。
「だ、ダイヤモンド等級……!?」
店内が一気にざわつく。
「何でこんな所にダイヤモンドの冒険者がいるんだ!?」
「女四人パーティーって……まさか……?」
迫る女冒険者の異様な圧に、ヴァッフェンは恐る恐る口を開いた。
「ルヴシール湖か」
女冒険者がかすかに呟くと、そのパーティーは一瞥もくれず、ルヴシール湖を目指し去っていった。
「何であんな連中がこんなところに……」
店内の冒険者たちのざわめきは絶えず、張り詰めた緊張感は残されたままだった。
次回の更新はちょっと開けて来週11/11、火曜日、16時過ぎを予定しております。色々と準備をして、面白い作品になるように邁進してまいります。時間は空きますがよろしくお願いいたします。
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