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レント・ヴェーレンのサガ ~追放鍛冶師は辺境で平穏を望む~  作者: 神条紫城


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第5話 二つの影

 小気味良い寝室のドアを叩く音で、レントはベッドの上で目を覚ました。


「起きて! ご飯できたよ!」


 ルミナリアの声が廊下から響く。

 覚えはあるが、馴染みのない女声に寝起きの頭が混乱する。

 レントは寝惚け眼を擦り、短く返事をした。


「……おう」


 そういえば今日からあの娘が住み始めたんだったか、とレントは半ば強引に押し通してきたルミナリアを思い出し、ため息を吐く。


「めんどくせえ」


 頭を掻きながら階段を降りると、香ばしいバターとハーブの匂いが鼻をくすぐった。

 厨房ではルミナリアがフライパンを軽やかに振っている。

 

 ジュッと鳥の卵が焼ける音が軽やかに響き、黄金色のハーブ巻きがふんわり膨らむ。燻し肉のスモーキーな香りが立ち上れば、トマトの赤とハーブの緑が彩りを与る。

 皿の端には薄切りパンが添えられていた。

 テーブルはまるで小さな宴のようだ。

 ポンクルはすでに着席し、尻尾をゆったり振ってフォークとナイフを握っている。


「おはようっす、アニキ~!」


 レントは小さく手を上げて応えつつ、椅子に腰を下ろした。普段はポンクルより早起きだが、昨日の鍛冶の疲れがまだ残っている。


「はい、できた!」


 ルミナリアが皿をテーブルに置き、得意げに胸を張る。


「どう? 一人暮らしで鍛えられてるんだから!」


「ウヒョー! いただきますっす!」


 ポンクルはバンザイして歓声を上げると、瞬く間に皿を平らげていく。

 レントは無言でフォークを口に運ぶ。


「……うまい」


 照れ隠しに短く呟くと、ルミナリアがニッコリ笑っていた。


「朝から幸せっす~」


 ポンクルは久しぶりの充実した朝食に、満足げに腹をさすっていた。

 


 レントは食事を終え、今日はどうしようかとぼんやり考えていると、作業台の隅に置かれた一つの鉱石が目に入った。表面は鏡のように滑らかで、深みのある黒と赤が不気味に輝いている。

 師匠の視線に気が付き、ポンクルが作業台に鼻を近づける。


「ふんふん、アニキ! この石、猪の時に嗅いだ普通じゃない匂いっす!」


 レントが眉を寄せる。


「……ああ。解体した村人が教えてくれたんだが、大猪の腹から出てきたらしい。剣の素材にしようにも、鉄槌が跳ね返るくらい硬え。だから仕方なく余らせた」


 ポンクルが鼻をヒクヒクさせる。


「猪の素材はキラキラ甘い匂いなのに、こいつは血とヤバい魔力が混ざってるっす!こんな鉱石初めて見たっす」


「実際俺も見たことがない。極めて希少な天銅鉱(オリハルコン)星銀鉱(ミスリル)とも違う、あっちは素材にできるからな」


 レントは少し考えを巡らせると、隅に置かれた木箱から『遠見の鏡面(ヴィジョンズミラー)』を取り出した。

 表面に怪しげな古代文字が浮かぶ。


「おい、ピンパネ。聞こえるか」


 呼びかけに応じるように鏡面が青白く光り、ルミナリアが「きゃっ!」と小さく声を上げて後ずさった。

 狐の仮面に赤毛の長髪、陽気な商人声が響いた。


「ハイハイ〜!ルペス商会ピンパネでございます〜。レント様、朝から珍しいですね!」


「新しい剣ができた。近いうちに見てくれ。あと、猪の腹から変な赤黒い石が出てきた。お前、宝石に詳しいだろ?」


「なんと!面白そうですね。なら、今そこから一番近くの街におりますので、午後には工房に参りますよ~」


「わかった、また後で」


 鏡面の光が消える。レントの横でルミナリアが目を丸くしていた。


「な、なんなのそれ!? 鏡が喋った!?」


 レントは鏡をしまいながら淡々と説明する。


「ピンパネ、商売上の協力者だ。雑貨から希少な魔法のアイテムまで扱う商人で、移住の世話もしてくれた。この鏡もあいつから買った」


「いけ好かない野郎なんす!」


 ポンクルが腕を組み、軽く頬を膨らませる。

 初めて見る現象に、ルミナリアはポカンと口を開けていた。


 

 昼を回った頃、湖畔の道を馬車の車輪が軋む音が響いた。

 ルヴシール湖の水面を揺らす風に混じって、馬の鳴き声が近づく。


「失礼!レント様はいらっしゃいますか?」


 工房の扉が軽快にノックされた。

 

「やっと来たか……」

 

 レントは呟きながら返事を返す。


「開いてるから入れ」


 扉が開くと、ピンパネが一礼して現れる。上等な一張羅をまとい、いつもの胡散臭い笑みが面の下から覗く。

 ルミナリアが「えっ!?」と思わず身を引いた。

 ピンパネは大仰に片手を広げて一礼。


「あら? 美人さん!お初にお目にかかります。ピンパネでございます~」


「こ、こんにちは。はじめまして」


 ルミナリアは視線を泳がせ、お辞儀をする。こんな怪しげな仮面をした男が来訪しているのだから動揺するのも無理はない。

 レントは作業台の不気味に輝く鉱石を指さし、静かに口を開く。


「早速だが、こいつだ」


 ピンパネは懐からルーペを取り出し、鉱石に顔を寄せた。レンズ越しの瞳が細まる。


「はてはて……アッシもこれは見たことがありません。表面は鏡のようで、奥に赤い脈のようなものが(うごめ)いて……少々気味が悪いですな」


 レントの眉間に(しわ)が寄った。


「素材から何も読み取れねえ。金槌が跳ね返るほど硬くて、魔力の流れも乱れてる。俺が扱ってきた鉱石で、こいつほど謎なのは初めてだ」


 ポンクルが鼻をヒクヒクさせながら近づく。


「血とヤバい魔力が混ざってるっす! こいつは危険っすよ!」


 ピンパネがクスクスと喉を鳴らして笑った。


「鉱石に危険も何もありゃしませんよ。綺麗な石は高く売れますので、アッシの方で買い取りますよ?」


 ピンパネはポンクルの忠告を気にも留めていない。しかし、何かが引っかかる。

 レントは藍銅鉱の大猪(マカライト・ボア)との戦いを思い出した。

 この鉱石は大猪の腹から出てきた物だ。鉱石を主食としているから、どこぞで食べたものだろう。

 あの大猪が家畜を襲い、暴走してた理由――

 レントはそう思考を巡らせ短く呟いた。


「まさか……な」


 問いかけに反応のないレントを見て、ピンパネが狐面の下で目を細め、少し考えてから提案する。


「もしかしたらこの国のものではないかもしれませんな。気になるようでしたらアッシの方で調べてみますよ。近々北方の方に行くんで」

 

 北方。魔族領域に一番近い地域で、レントたちが居を構えるユースティア王国で最も危険な地域だが、近年魔族との大規模な争いはない。一方で、武具の需要は高く、未知の魔獣も多く存在する。

 もしかすると、この鉱石は魔族領のものかもしれない。

 レントはそう考えると静かに頷いた。


「わかった、そうしてくれ」


「アッシにお任せください!あ、鑑定料は後々で構いません」


 ピンパネの発言にポンクルが指をさし訴える。


「アニキ! こいつ絶対ボッタくるっす!」


 ピンパネが肩をすくめ、やれやれと答える。


「まったく……礼儀知らずの狸はこれだから」


「狐に言われたくないっす!」


 二人のじゃれ合いはいつもの事なので、レントは意にも介さない。

 そんな様子をルミナリアはキッチン側の椅子に腰かけ、苦笑いで見ていた。



 鉱石のことも含め、ある程度の商談を済ませると、レントは工房奥の壁にかかった布を払った。

 その下では淡い青緑の刀身が日の光を浴び、”牙猪の結晶剣”が静かに輝いていた。

 「おおっ!」とピンパネが声を上げる。


「出よう、すぐそこで済む」


 ルミナリアが首を傾げながら後を追う。


「見るだけなのに、なんで外まで……?」


「試し斬りだ」


 工房裏の湖畔へ移動する。巨大なルヴシール湖が静かに広がり、対岸の村は遠く霞んで見えた。

 湖畔を少し歩けば、苔むした古木が数本立ち並んでいた。

 傾いた幹は、根元が湖水に半ば沈んでいる。

 レントはおもむろに結晶剣を構える。


「少し離れて見てろよ」


 そう言ったのも束の間、一閃。青い光が弧を描いて走り、古木に触れた瞬間、鈍い凍結音が湖畔に響いた。

 木全体が瞬時に氷結。青白い霜が幹を這い、枝葉まで凍てつく。

 そして瞬く間に、バキバキバキッと氷の木が粉々に砕け散った。凍った木屑がキラキラと湖風に舞い、湖面に落ちて小さな波紋を広げる。

 ルミナリアが息を呑んだ。


「えっ……木が、粉々に……!?」


 その隣でポンクルが尻尾をブンブン振って飛び跳ねる。


「すげえっす! やっぱりアニキの剣は最高っす!」


 ピンパネは両手を叩いて拍手し、感嘆の息を漏らした。


「これは素晴らしい!このように魔力を帯びた剣は唯一無二でございますれば……今回のはA等級といったところでございましょうか!」

 

 三人が賞賛する一方で、レントは落ち着いた声で答える。


「……俺の腕前じゃこんなもんしか剣の力が出せねえ。”獅子の翼剣”の時みたいに、工房に眠ってる奴も含めて、武具の力を引き出せる相応しい持ち手を探してくれ」


 ピンパネは苦笑いし、首を傾げて見せる。


「誰でも扱えりゃ簡単なんですが、作り手のレント様以外は中々持たせてすらもらえませんからね~」


「こいつらは好き嫌いが激しいからな。認めた奴しか持たせねえよ」


 レントはまるで、剣に性格があるかのように冗談っぽく答えた。

 とはいえ半分本気で言っていた。自分の鍛冶はまだまだだ、と思いつつも自身の作品に対するプライドはあるので、適当な相手には持たせたくないのが本音だった。


 レントは結晶剣を眺める。すると、ルミナリアが目を輝かせて駆け寄って来た。


「こんな剣が作れるなんて……ホントに王国一の鍛冶師なんだね」


 その恍惚とした表情に、レントは照れくさそうに目線をそらし、頭を搔く。


「アニキ……」


 ルミナリアとは対照的に、ポンクルは拳を握りしめ悔しそうにしていた。


「こんなに凄い剣が作れるのに……追放なんてやっぱオイラ納得いかないっす!」


 ピンパネが狐面の下で目を細め、声を潜めた。


「そういえば追放の件、噂で聞きましたよ。王都は今、ガルド工房が独占状態だとか。レント様、これは上手く嵌められましたな」


「あん?」


 ピンパネの発言にレントは何故知っている、と眉を上げ反応しポンクルを一瞥する。

 ポンクルは慌ててブンブン首を振った。

 ピンパネが得意げに笑う。


「ほっほ!ちょっと頭を働かせれば分かりますよ~。利を考えるのが商人ですんで。例えば、今回の件で()()()()()()()とか……ね」

 

 ピンパネが狐面を指で軽く叩き、含み笑いを浮かべる。

 流石はやり手の商人だ。レントはそう思うとフッと笑った。


「まぁ、何か情報が入ったらまたお知らせします。今後ともごひいきに~」

 

 ピンパネは一礼すると馬車に乗り込み、車輪が軋む音を残して湖畔の道を去っていった。

 その背を見送りながら、ルミナリアが首を傾げた。

 

「最後の話、何だったの?」


 不思議そうに辺りを見回す。

 レントは無言で剣を収め、湖を静かに見据えた。


「……ガルドがどうしてようが関係ない。俺は俺の鍛冶をするだけだ」


 湖風が強くなり、工房の影が長く伸びていく。

 遠く対岸を眺める。村は静かだ。

 

 王都の喧騒を離れ、自身の道を行くレント。

 だが、レントを巻き込む王都の陰謀は、確実に近づいていっていた。



何とか金曜日に更新できてよかったです。

次回の更新は11/4火曜日、16時頃を予定しております。よろしくお願いいたします。


【定型文】

ご愛読いただきありがとうございます。感想、レビュー、ブクマ、評価待ってます!


あまりにも過激な表現でない限りどんな寸評もOKです。自分の作品を読者はどう思うのか、とても気になります。誤字脱字、文法間違いなど報告してくださると助かります。


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