第4話ー2 本気の剣と住み込み宣言
前回4-1と併せて読んでいただけますと幸いです。
工房の火炉が赤々と燃え上がり、鉄槌の音が湖畔に響き渡る。
作業台には剣の素材が乱雑に置かれ、藍銅鉱の大猪の外皮から剥ぎ取った結晶が炉の炎を鏡のように映し、透き通った青緑の表面を際立たせていた。
レントは無精ひげを撫でながら、炉から取り出した赤く輝く刀身を目を細めて見つめた。
外皮の鉱石を何層にも折り込み、ドワーフの技法を応用して打ち固めた刃は、すでに星のような光を放ち始めている。
「良い素材が入った。これなら……」
本気で打つ甲斐がある。レントは真剣な眼差しで刀身を見つめていた。
その頃、工房の外ではポンクルが薪をテキパキと割っていた。
使っている斧はもちろんレントが鋳造した物で、ポンクルにも薪割りは手伝いが要らないほど簡単だった。尻尾をゆったり振って、丸太を次々と裂いていく。
横の丸太に座り、むくれるルミナリア。袖をまくり上げた腕を組んで、頬を膨らませている。
「私、要らないじゃん…」
そうは言ってもポンクルが手伝わせるために外に出したわけじゃないのは本人もわかっている。
工房の方をちらちら見ながら、ため息を吐く。
ポンクルは斧を振り下ろしつつも、苦笑いを浮かべた。
「申し訳ないっす。でもアニキが『本気』の時はマジおっかないっすよ! なんか近くで見ててもいい感じ出してたっすけど、打ち始めたら性格変わるっす」
カツン、と薪が割れる音を合図に続ける。
「前にアニキが本気で打ってる時も、近くにいただけで『うるせえ!』って怒鳴られたっす! オイラが素材を落とした時にゃ、金槌が飛んできたっす!」
ルミナリアが目を丸くする。薪を抱えた手が止まる。
「え、そんな怖いの!?」
ポンクルが汗まじりのため息で頷く。
「でも、すげえんす! アニキが本気で打った剣は見た目からして別格っす。誰も真似できねえもんばっかっす!」
師匠を誇るように意気揚々と語るポンクル。バタバタと動く尻尾が興奮を表している。
ルミナリアがもっと聞かせてと、食い入るように身を乗り出す。蒼い瞳が輝く。
「けど、最近は剣に見合う冒険者がいないって、アニキ言ってたっす」
「剣に見合う……?」
困惑するルミナリアに、ポンクルがジェスチャーを交えて説明する。
「そうなんす。アニキの本気の剣は持ち手を選ぶんす! 下手な冒険者が持とうとすると、魔力が暴走してバッチーンて吹っ飛ぶんすよ」
両手を広げて爆発を真似るポンクル。
「だから、アニキの本気の作品たちを使ってる人間は何人もいないっす……今も工房の奥に何本も眠ってるっす」
ポンクルは少し寂しそうに尻尾を下げ、湖の方角を眺める。
「そんなに凄いなら、早く実物が見たいなぁ」
ルミナリアは工房に目をやり、立ち上がる。ポンクルが慌てて止めるが、次の瞬間工房の扉がガチャリと開いた。
レントが頭の麻布を外し、汗だくの顔を拭いながらふらりと外へ出てくる。ルヴシール湖の空気を肺いっぱいに吸い込み、深呼吸した。
「なんだ。お前ら外にいたのか」
レントの発言に、二人は顔を見合わせて苦笑いする。
「それより、完成したの?」
ルミナリアが期待を込めて尋ねる。
レントが「おう」と頷くや否やルミナリアは声を上げ工房に駆け込み、ポンクルが後に続く。
レントは二人の背中をやれやれと見送った。
鉄と汗のにおいが混じる工房内。
作業台に置かれた剣はルヴシールの湖のように美しく淡い青緑の刀身で、結晶のような輝きが宿り、静かに光を放った姿は命が宿っているようだった。
「わっ……! なんて綺麗な剣! 今まで見たどんな武具よりすごい!」
ルミナリアが目を丸くし、剣に手を伸ばす。指先が触れそうになった瞬間、ポンクルが慌てて止める。
「触っちゃダメっす!」
尻尾をピンと立て、ルミナリアの腕を掴む。剣は微かに震え、触れようとする手を拒むように青い光を強く放った。
「”牙猪の結晶剣”ってとこか……。悪いな、後でよく見せるからまだ置いといてくれ」
レントはふらつきながらも説明する。
工房内に戻るや否や壁に背を預け、床に座り込んだ。気丈にふるまっているものの、肩で息をしており、震える手を見つめ弱々しく呟く。
「……ポンクル、水くれ」
師匠のか細い声に気が付きポンクルが反応する。
「了解っす~!」
「レント! 大丈夫!?」
ルミナリアが慌てて駆け寄り、心配そうに覗き込む。
ポンクルが急いで水の入った杯を手渡すとレントはそれを一息で飲み、呼吸を整えてから口を開く。
「飯食って寝りゃあ治る。いつものことだ」
レントは弱々しく呟き、ゆっくり体を起こす。だが、顔は青白く、額に冷や汗が浮かぶ。
本気の鍛冶は、体力を極限まで削っていた。まるで命を刀身に注ぎ込むかのように。
ポンクルにとっては見慣れた光景で、心配はしつつも、師匠に代わって火炉周りの掃除と後始末に入る。
二人は慣れたように振る舞うが、ルミナリアはそうもいかない。膝をつき、レントの肩に手を置く。心配そうに蒼い瞳が揺れていた。
「なんでそこまで…?」
レントは工房の壁にかかった親方の古い金槌を見つめ、ぽつりと呟く。
「『エルエト・ノア』って知ってるか?」
「え…うん。昔、魔族の王と戦った英雄でしょ。あたしでも聞いたことあるよ」
「そうだ。だが、ノアは鍛冶師だったんだ。自身の打った武具で魔王と戦い、命を落とした」
レントの声は低く、静かだ。
「そうだったんだ、それで?」
ルミナリアは真剣な面持ちで話を聞いている。
「俺がまだ未熟で、親方も生きてた頃、一度だけノアの作品を見たことがある。魂を宿したような輝きで、震えたよ。……あんな作品を作りたいと思った」
レントは続ける。目が熱を帯び、拳を握る。
「俺には夢がある。親方の……ドワーフの技法を使ってエルエト・ノアの作品を超える物を造る。それが死んじまった親方への恩返しだと思ってる。それにはこんなもんじゃダメなんだ」
工房内の空気が重い。レントは膝に手を置きゆっくりと立ち上がると、再び深呼吸した。
作業台へ向かい、落ち着いた表情で完成した剣を手に取る。
「ふぅ……まぁ、普通に打ってもそこそこの名品になることはあるんだが……良い素材が入るとつい力が入っちまってな。打ち終わりにぐったりしちまうのは、もはや癖だ」
レントは剣を眺め「まぁまぁかな」と呟く。出来栄えには概ね満足しているが、あくまで今の自分ではと注釈が付く。
剣を手に夢を語るレントの横顔を、ルミナリアはじっと見つめていた。自然と記憶の中の父の姿が重なる。
力になりたい。レントの本気の鍛冶と憔悴しきった姿を見てルミナリアは思いを決する。
「決めた! あたし、レントの夢を応援する!」
ルミナリアは立ち上がり、手をパンと叩くと快活な声で宣言した。
「あん?」
レントはいきなり何だとルミナリアに目をやるが、彼女の表情は真剣だ。
「これからは毎日家事とか掃除とか手伝ってあげるよ!必要でしょ?」
レントは頭を搔きながら、少々不都合そうに椅子に腰掛ける。
「そりゃありがたい申し出だが、あんまり他人が工房に出入りするのはな……」
「通いが嫌なの?じゃあ住み込みで!」
ルミナリアの思いもよらぬ発言に、レントが音を立て椅子から崩れ落ちる。
ポンクルがびっくりして飛び上がり、尻尾をバタバタ振って二人のそばまで駆けつける。
「ルミナリアさん、一緒に住むっすか!? オイラ、賛成っす!」
「何言ってやがる! 一緒に住むなんて!」
レントが一喝する。ポンクルは理解のあるふりをしているが、綺麗な女性と暮らせると内心下心でいっぱいに違いない。
ルミナリアはびっくりしつつ、冗談っぽい笑顔を見せる。
「え? ダメ?」
「ダメに決まってんだろ!若い女が」
断るレントに負けじとルミナリアの押しの強さが全開する。昨夜の宴会で見せた優しさはどこへやら。ムッと表情を変えると、手伝いをさせろと強引に押し通す。
「いいじゃない! 絶対邪魔しないし、さっきみたいに倒れちゃったら大変でしょ!昨日だって介抱してあげたじゃん」
「ぐ……だけど、女は……」
煮え切らないレントに、ルミナリアが腕を組みボソッと呟いた。
「……私の肌着見たくせに」
レントギクッとし、気まずそうに目を逸らす。
「あれは……お前が勝手に入って来たからだ」
「ふーん……そういうこと言うんだ。乙女が介抱してあげたってのに。というか、あたしの家だったんですけど」
ルミナリアは目線をそらすレントの顔を追うように、じりじりと迫る。
朝の事を引き合いに出されては分が悪い。レントはいつにも増して頭を搔き、深くため息を吐いて呟いた。
「めんどくせえ……勝手にしろ」
「やったー!」
「やったっすー!」
最終的に折れるレント。鍛冶の疲労もあり、もはや反対する気力も消えるくらいにへとへとだった。
静かに鍛冶をしたいだけなんだが。レントはテーブルに頬杖をつき、真横で飛び跳ね喜ぶ二人を呆れながら見つめていた。
こうして静かな鍛冶生活は、また一つ遠のいたのであった。
読みやすさ重視で2話に分けてのお話となりましたが、今後はこれまで通り1話でまとめたいと思っております。次回の更新は現在執筆中ですが早ければ10/31(金) じっくり執筆したかった場合でも休日中にあげられるようにします。よろしくお願いいたします。
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