第4話ー1 工房帰還
寝室の窓から差し込む陽光が、今日が気持ちのいい晴天だと知らせてくれる。温かな光がレントの素肌を包む。
今日が何気ない祭日の始まりだったとしたらどんなに良かっただろう。今となっては昨夜の宴会で飲みすぎたことを後悔している。
なぜ自分が裸で彼女の家にいるのか。寝室を訪れたルミナリアを前に、レントは様々なことが頭をよぎり固まってしまった。
「ん?あっ...!」
レントの視線をたどり自身に目を向けるルミナリア。薄手の肌着がユラユラ揺れる。
「アハハ..ご、ごめんね…!起きてると思わなくて」
ルミナリアは頬を赤らめサッと胸元を隠すと、廊下をパタパタと逃げるように去っていった。
「おい、ちょっと待て!」
レントの呼び声も空しく、彼女の足音が遠ざかる。ルミナリアの恥じらう姿が頭から離れない。
レントとしては昨夜何があったのか、正確には何かあったのか早急に知りたいところだった。
誰か事情を知っている奴はいないのか。冷や汗をかく中、不肖の弟子の存在を思い出す。
「そうだ、ポンクル! どこ行った!?」
ベッドから一歩踏み出すと、「ぐえっす」と小さい声と共に柔らかい感触が足の裏を伝う。
慌てて足をどければポンクルは床にうつぶせになってうなされていた。
「うう…頭も背中も痛いっす~」
師弟そろって女の家で伸びてるとは。レントは頭を抱え、ため息を吐いた。
「…とりあえず帰るか」
めんどくさくなり最終的に思考を放棄したレントだった。
昨夜の魔獣被害も大きくなく、いつも通りの日常に戻るルーラ村。
村人たちはレントが直した農具を手に農作業にいそしんでいる。
レントとポンクルは、村人から借りた荷車を引いて工房へ向かう。ルヴシール湖の畔を渡る風が、草の香りとともに二日酔いの二人を癒してくれる。
荷車には藍銅鉱の大猪の解体された外皮などが山積みだ。この量ならは売れば相当な値になるのだが、村人たちは鍛冶に使ってくれと快く譲ってくれた。
鉱石を食べて育つ藍銅鉱の大猪の外皮には貴重な鉱石が混じり、鍛冶の材料として最適だった。
荷車の後ろを、ルミナリアが軽い足取りでついてくる。
「ルミナリアさん、なんでついてくるんすか?」
ポンクルが素直に尋ねる。不思議に思ったのはレントが何も言及しないことも含めてだ。
先程朝食を共にし、レントとポンクルは久々の酒に酔い潰れて、ルミナリアが介抱したことを本人から聞いた。
その際、酒による間違いはなかったと教えてもらい安心したレントだったが、そうでなくとも大きな借りを作ってしまった。
「ん? 昨夜のお礼に何か手伝ってあげよっかなって。レントの鍛冶、また見たいし」
ルミナリアはわざと含みのある言い方をし、チラリとレントを見る。レントがピクリと肩を震わせた。
どこかぎこちない空気にポンクルがキョロキョロと二人を見比べ、獣耳をピクピクさせる。
「アニキ、また何か隠し事っすか?!」
無言のレントに迫るポンクル。
「アニキ!」
「うるせえ、黙って荷車押せ!」
レントが一喝し、ポンクルが「ヒョエーッ!」と尻尾を振る。
ルミナリアがそんな二人のやりとりを眺め、くすりと笑みをこぼした。
移住してきたばかりだというのに、一日ぶりに帰宅するレントとポンクル。
村と工房は目と鼻の先なので、荷物は大量だったがすんなり運ぶことができた。
荷車を外に止め、工房のドアを開ける。
工房は鉄と木炭の独特な匂いに満ちていた。換気をすればルヴシール湖の風が窓から吹き込む。大小様々な金槌が壁に掛かり、火の消えた炉は静かに主を待っているようだ。
「やっぱり我が家が落ち着くっす」
ポンクルは帰って来るや否や床に寝そべり、尻尾をパタパタ振る。
ルミナリアが工房に足を踏み入れると一面を見回し、目を輝かせる。
「凄い…ここがレントの工房なんだ。あたし何だかワクワクして来た!」
彼女にもポンクルのような尻尾がついていたら、きっと振り回していただろう。
ルミナリアは玩具屋に連れて来た子供のようにはしゃいでいる。しかし、レントはそんな大きな子供に一瞥もせず、黙々と荷車の荷を作業台へ運ぶ。
というのも一つ、彼女に関して気が気でないことがあるからだ。
「ところで、昨晩はルミナリアさんがオイラたちを家まで運んでくれたって本当っすか?」
ポンクルがのそっと起き上がり尋ねる。
「そーよ!二人とも酔いつぶれてたから、肩貸して運んであげたの。重いしお酒臭いし大変だったんだから」
腰に手を当て駄々っ子を叱るように言うが、どこか得意げだ。
レントが作業の手を止め、ギクリと肩を震わせる。気まずそうにため息を吐くと、椅子にドカッと腰を下ろしルミナリアに尋ねる。
「で、何が望みだ?」
ルミナリアが朝から逐一アピールするもので、この手のやりとりには勘の悪いレントでも察しがつく。
実際世話になったのは間違いないのだが、この押しの強い娘が何を企むのかと気が重い。
「んー、まずはレントの鍛冶を見せてほしいな。この工房で、どんな武具ができるか楽しみ!」
「あん?」
レントが拍子抜けする。そんなことでいいなら簡単だ。
まずはと言っていた気がしたが、レントは聞かなかったことにした。
しかし、見せるだけなら簡単だが、満足させるには簡単に鋳造した物じゃ駄目だろう。
レントは作業台の素材を一瞥し、深く息を吐くと、麻布を頭に巻き、気合を入れる。
「わかった。ただ、今日のは本気で打つから邪魔すんなよ」
レントの発言にポンクルの耳が立ち、表情が強張る。
長い付き合いの弟子は、レントの「本気」がどれほどのものか知っている。
その様子とは対照的にルミナリアは意気揚々と肩を回し始める。
「やったー!よーし、あたしも手伝うからね」
「いや…!ルミナリアさんはオイラと薪割してほしいっす」
張り切るルミナリアをポンクルがやんわりとなだめ、制止する。
「え?あたし近くで手伝いたいんだけど…」
「薪割りも大事な手伝いっす!外行くっすよ!」
「ちょ、ちょっと!」
ポンクルは半ば強引にルミナリア外に押し出す。
工房を出る際に横目で師匠を見れば、既に鋳造の準備に没頭し、二人の姿が見えていないかのようだった。
ポンクルは静かに工房のドアを閉める。
緊張をほぐすように息を吐き、目線を前に向けると、ルミナリアが腕を組んで不機嫌そうに立っていた。
「ねぇ、どういうこと?昨日は見せてくれたじゃない!」
「まぁまぁ、薪割りしながら説明するっすよ」
苦笑いを浮かべながら落ち着いてとジェスチャーするポンクル。
その普段見せない表情に、ルミナリアは口をすぼめながらも、話くらいは聞くかと渋々頷いたのだった。
4話は長くなってしまいましたので2つに分割します。その2は明日10/28 19時以降投稿予定です。
まとめて読んでいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。
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