第3話 魔獣討伐と過去
「皆、来てくれ! 家畜がでっけえ魔獣に襲われてる!」
汗だくの村人が工房に飛び込み呼びかける。
村人たちが慌てて農場へ駆け出し、騒がしかった工房が不気味な静けさに包まれる。
レントはそんな状況も意に介さず、炉の火を見つめ、ハンマーを握り直す。そのまま鍛冶を続けようとするが、ルミナリアが工房の戸口に立つ。
「レント、一緒に来て!魔獣が出たの!」
彼女の目は真剣だ。
「馬鹿言うな、俺は鍛冶師だ。炉から離れねえ」
レントはそう静かに呟くも、ルミナリアが「良いから、来て!」とレントの腕を掴み、強引に引っ張る。
「おい!放せ!」
レントが慌てて足を踏ん張るが、彼女の勢いに引きずられる。
「おい!俺を巻き込むなって!」
「ルミナリア、おっかないっす~!」
ポンクルはルミナリアの押しの強さに苦笑いし、尻尾を振りつつ、ついて行った。
農場の空は埃と咆哮で濁っていた。倒れた柵や散乱した藁が混乱を物語っている。農場の真ん中で猪のような魔獣が家畜を押し倒し、鋭い牙で肉を噛み砕く。頭から背にかけてとさかのように生えた鉱石が、陽光に照らされ青緑の光を放っている。
村の男衆が取り囲むも、鋼鉄のように固い皮膚がボロボロの剣や槍をカンカンと弾く。そんな様子を女性や子供たちが近くの茂みから心配そうに見つめている。
「あれは藍銅鉱の大猪っす! 皮膚がとんでもなく硬えっす!」
ポンクルが目を丸くする。
「まいったな。まだ武器は直してやれてねぇんだ」
レントが呟く。
若い村人が槍を突くが、猪の牙が振り上がり、一人を吹っ飛ばす。農場に悲鳴が響く。
「アニキ、短剣なら持ってきたっすよ!」
ポンクルが護身用の試作短剣を取り出し、レントに押しつける。ポンクル用にレントが片手間で鋳造した物だが、鍛えられた薄く鋭い一品だ。
「 俺は戦えねえって!」
レントが困った顔で突っぱねる。
その時村の子供が藁の陰から飛び出し、猪に石を投げる。
「父ちゃんをいじめんな!」
カツンと石が猪の鼻に当たり、赤く光る目が子供を捉える。長い牙を剥き、猪が突進の構えを取る。
「まずい!逃げろ!」
村人が叫ぶが、迫りくる猪に子供は恐怖で足が竦む。
「危ない!」
ルミナリアが飛び出し「ダメーッ!」と叫びながら子供を抱きしめて目をつむる。
猪の牙が迫り、避けられない――その瞬間、レントが猪の真横へ駆け込み短剣を振り下ろす。刃が猪の背を切りつけ、火花が散る。
「ゴアァーッ!」
猪が咆哮し、動きが乱れるが、硬い皮膚に傷は浅い。
「レント!」
ルミナリアが目を見開き、驚く。
「何やってんだ! 早く引っ込め!」
レントが一喝。ルミナリアが子供の手を引き、茂みに飛び込む。
思わず飛び出しちまったが、どうすりゃいいんだとレントは冷や汗をかき、苦笑する。短剣を握り直す手が震えていた。
「アニキ! 気を付けるっす!ソイツ、普通じゃない匂いがするっす!」
ポンクルが農場の端から呼びかける。
「気を付けろったって、戦闘は素人だって知ってんだろ! 少しは手伝え!」
顔が引きつるレント。
猪がレントを睨み返し、異様な咆哮を上げた。
背から脇にかけて血しぶきが走る。浅い傷に怒り狂い、地面を蹴って突撃態勢に入る。
「クソッ! 一か八かだ!」
レントが猪の動きに合わせ、突進前に飛び込む。短剣を下から切り上げ、分厚い右牙を根元から斬り飛ばす。
「グオオ!」
猪が怯み、頭を振る。レントは剣を逆手に持ち直し、跳び上がって脳天に突き刺す。鋭い刃が骨を貫き、猪が悲鳴を上げて倒れ込む。
レントが大きく息を吐いて地面に膝をつくと、村人たちが歓声を上げて駆け寄って来た。
「すげえ、あんた戦闘もできるんか!」
「なんだこの剣!あのとんでもなく固え猪を斬ってたぞ!」
ポンクルとルミナリアが走り寄る。
「アニキの剣ならいけると思ったっすよ!」
ポンクルがレントをはしゃいで抱きつく。
「勘弁してくれ…」
レントがぐったりと呟く。
ルミナリアが目を輝かせ笑う。
「ありがとう、助けてくれて」
「流石に目の前で襲われちゃあな」
レントがぶっきらぼうに返す。
「あんなに『俺は戦わないー!』って言ってたのにね!」
いたずらっぽく笑うルミナリア。少し恥ずかしそうに頭を搔くレント。
「まったく、もう戦闘はごめんだ…」
ため息をつき、藍銅鉱の大猪の死骸を眺める。こいつは肉食じゃない。もっと山奥で鉱石を食ってるやつだ。なぜ家畜を襲った?レントは不思議に思い、付近をうろつく。
ふと、腹に光る赤い鉱石の欠片が目に入る。猪の背にある物とは全く別物だ。
「なんだ?」
レントは石の欠片を拾い上げる。冷たく脈打つような感触と、ポンクルが感じた『普通じゃない匂い』が頭をよぎった。だが疲労でそれ以上考える気力はない。
「アニキー!何やってるっすかー!」
レントは鉱石を無造作にポケットに入れ、手を振るポンクルに向かって歩き出した。
ルーラ村の広場に篝火が揺らめく。夜空の下、村人たちが輪になって笑い合う。
娯楽の少ない辺境では、何かと理由をつけて宴会をするらしい。
今夜は藍銅鉱の大猪討伐の祝勝会であり、レントの歓迎を兼ねた騒ぎだ。焼けた肉の香りが鼻を刺激し、木製の杯にエールが注がれる。
演説台の上で、村長が音頭をとる。
「ルーラ村の発展と、王国一の鍛冶師、レント・ヴェーレンの活躍に乾杯!」
「乾杯!」
村人たちが杯を掲げ、笑顔でレントを称える。
レントは演説台に用意された椅子に座らされ、渋い顔で杯を上げる。
「めんどくせえ…」
そう呟くが、脇でポンクルが尻尾を振ってはしゃぐ。
「アニキ、ヒーローっす!」
こんな催しには慣れていない。まして自分が主役だなんて。
最初は断ったレントだったが、ルミナリアが「来なさいよ!」と引っ張り、あとは村人の勢いに押し切られてしまった。
ルミナリアのあの押しの強さには敵わんとレントは経緯を振り返り頭を搔く。
そんな中、しかめっ面のレントにポンクルが耳打ちする。
「アニキ! 何か一言っす!」
気付けば、村人たちの視線が集まっている。それを見渡し「うっ…!」と困り顔のレント。
レントは手元に並々注がれたエールを見つめ、一つため息を吐いた。そして次の瞬間、それを一息に飲み干すと空の杯を高く掲げた。
「おおーっ!」
村人から歓声が上がり、拍手が響く。レントは演説台を降り「ったく」と呟く。
「お酒はいけるクチ?」
ルミナリアが料理の皿を手に近づく。彼女の笑顔は篝火に照らされ、いつもより艶めいて見えた。
「嫌いじゃねえ。けど、騒がしいのは苦手だ」
レントがぶっきらぼうに返す。
「ふふ。じゃ、あっちの隅っこのテーブルいこ。料理持ってきてあげる」
ルミナリアがいたずらっぽく笑い、料理を取りに行く。
広場の隅で、レントは木のテーブルに腰かけ、夜空を見上げる。静かに鍛冶に専念したかったはずが、こんな騒ぎに巻き込まれるなんて。
頬杖をつきつつ村人たちを眺めれば、みなエールを片手に幸せそうに笑っている。
遠くのテーブルでは、ポンクルが村娘たちに囲まれ、「ポンクルちゃん、かわいい!」と撫でられ、鼻の下を伸ばしていた。
「まぁ、たまには悪くねえか…」
レントは小さく笑った。
ルミナリアがスープの器を手に戻る。
「レント、これ村伝統のスープなの。食べてみて」
彼女の目は少し期待に輝く。
「おお、ありがとな」
レントがスープを受け取り、礼を言う。鮮やかな根菜が転がり、ひと口大に切られた肉が浮かぶ濃厚なスープから、香草の香りがふわりと漂う。スプーンを口に運べば、ほのかな塩気と温かさが胃に染みわたった。
レントは「旨いな」と目を見開いて呟く。
率直な感想に、ルミナリアが嬉しそうに笑った。
「でしょっ!あたしが作ったの!レントに食べてもらいたかったんだ」
スープに夢中のレント。そんなレントをルミナリアが肘をつき、頬に両手を当て見つめる。
「ありがとね。色々と」
「こっちこそだ。久々にいい鍛冶ができた」
「違うよ。助けてくれたほう」
ルミナリアが微笑む。
「ん? ああ、そうだったな」
レントが頭を掻く。
ルミナリアがスープを手に、目を伏せる。
「でもね、あの工房…また炉に火が灯って、嬉しかった。寂しかったんだ、あそこが使われてないの」
彼女の声は少し震える。
「あたし、父の鍛冶を見るのが好きだった。子供の頃、火花が散るのを見て、わくわくしてた。『危ないから出てけー!』って怒られたりしてね!…レントの鍛冶を見て、父を思い出したの」
レントがエールを飲み、静かに頷く。ルミナリアの言葉に、ふと自分の過去が重なる。
親方が鍛冶をする様子を、子供の頃自分もよく見ていた。近くで見ていると「邪魔だ!」と怒られるので工房の窓越し、足りない背丈を木箱で補って覗いていた。
「そういえば、なんでこんな辺境の村に?王都にいたんでしょ?」
ルミナリアが尋ねると、ポンクルが果実酒を舐めてふらつきながら割り込んだ。
「そうっすよアニキ! 昨日『後で説明してやる』って言ったっすよね? なんでこんな辺境に来たんすか?」
レントはエールを飲みながらぽつりと言う。
「ガルドの野郎のこともあったが…。王都は権力争いでうるせえ。同業の奴の邪魔も入るし、腕のない冒険者共は無茶な注文ばかりしやがる。なんでも貫く槍と、なんでも防ぐ盾を造ってくれとかな」
「あったっすねぇ。そんなこと」
ポンクルは果実酒をチビチビすすりながら頷く。
「仕事はたくさんあったから食うには困らなかった。だが、俺はそんな争い事から離れて、ただ純粋に鍛冶の腕を磨きたかった。だから、ピンパネって商人に頼んで静かに鍛冶ができる所を探してもらってた。そんで、こっちに越して来たんだ」
追放された事まで話さなかったのは、男として、そんなプライドは無いレントでも魅力的な女性の前では多少は見栄を張ってしまうということだ。
ポンクルも師匠の名誉の為、余計なことは言わない。もちろん普段から調子が良く口数の多いポンクルなので、今は単に酔っているだけというのは言うまでもない。
ルミナリアはよほど興味があったのか頻繁に相槌を打ち聞いていた。
「そんなに依頼があったなんて凄い鍛冶師だったんだね!でも、若いのにどうやって身につけたの?あたしみたいにお父さんが鍛冶師で一緒にやってたとか?」
レントは杯を傾け、続ける。
「いや…俺は孤児だ。親を知らねえ。ドワーフの親方に拾われて、鍛冶を叩き込まれた。だが、親方も…王宮のゴタゴタに巻き込まれて死んだ。今はポンクルと二人暮らしだ。」
レントの表情はどこか寂しそうだった。
「そうだったんだ…ごめんね、変なこと聞いちゃって」
ルミナリアの声は、どこか共感と優しさが混じる。親を亡くした寂しさを知る彼女の瞳が、篝火に揺れた。
「いや、いいんだ。喋りすぎた。酒が回ったな」
レントが苦笑し、杯を置く。
「レントさん! 主役が隅っこじゃいけねえ!」
村人が酒瓶を手に近づく。すっかりできあがってる様子だ。
「こっちでもっと飲みやしょう!」
普段なら「めんどくせえ」と断るレントだが、酒の勢いか、珍しく乗る。
「しょうがねえな! もっと持ってこい!」
村人たちが歓声を上げ、酒を注ぐ。ポンクルは果実酒を舐めてるうちにふらふらになり、テーブルで伸びる。
「アニキ…ヒーローっす…」
そう呟くポンクルを撫でながらルミナリアが「そうだね…」と返す。
夜が更け、広場は笑い声と篝火の温かさに包まれる。
辺境での生活の第一歩をレントは楽しいひと時と共に踏み出した。
翌朝、レントは頭を押さえ、ベッドで目を覚ます。
木の天井と簡素な部屋。自身に目をやれば上着を着ておらず上半身裸だった。
「どこだ…?ここ…」
昨日を思い出し、酒に酔ってはしゃぎすぎたと顔をしかめる。するとドアが開き、ルミナリアが現れた。
「あ、起きたんだ」
笑顔のルミナリア。目をやれば薄手の肌着だった
「なっー!?」
レントは声にならない声を上げる。
静かに鍛冶をしていたい。そんなレントの思いとは裏腹に、再び騒がしい一日が始まる。
まだ3話ですが一番面白く書けた気がします。
4話もよろしくお願いします。更新予定は10/27月曜日です。
【定型文】
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