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レント・ヴェーレンのサガ ~追放鍛冶師は辺境で平穏を望む~  作者: 神条紫城


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第12話 急襲と矜持

 扉が開いた音は、風によるものではない。それは、背筋を凍らせるような、静かな不安を伴っていた。

 訪問者の声も人影もなく、ドア越しの景色は闇夜のままだ。 

 隣でポンクルが顔を見合わせた。ルミナリアは動かず、ただ開いた扉を見つめていた。


「アニキ、風じゃないっすよね……?」


 ポンクルの声は、戸惑いと恐怖がまざり、甲高く震えていた。何度も鼻をひくつかせては僅かに首を傾げている。


「留め金が緩んだか、もしくは……」


 レントはそう言って立ち上がり、念のため、ルミナリアに視線で奥へ隠れるよう指示した。

 こんな年季の入った工房に、盗人が入るとも思えないが。


「特段匂いはしないんだろ?」


 レントの言葉にポンクルはこくこくと頷く。そして、早く閉めたい一心だろうか、早足で扉へと向かい、取っ手に手をかけようとした。

 その瞬間、音もなく、不自然な形で、ポンクルは視界の外に消えていった。 


「ポンクル!」  


 一瞬の出来事に目を疑った。未だ外からは声もなく、何も聞こえない。

 工房の外は薄暗く、室内のランタンの光では数歩先の地面しか見えなかった。


「おい!大丈夫か!?」


 レントは警戒しつつも、ゆっくりとドアの外へ歩みを進める。

 すると、闇夜の中、目に映ったのは、うつぶせに倒され、特殊な形の、見慣れぬ短剣を喉元に押し付けられるポンクルの姿。そして、その傍らに立つ二つの影だった。


「……動くな」


 その光景に声を上げようとした瞬間、低く芯のある女の声と共に、冷たい死の感触が喉元に現れる。気がつけば、レント自身にも刃が突きつけられていた。


 目の前で注意を引き、3人目が死角から襲う。この連携が素人のものとは思えない。

 レントは額に汗をにじませつつも、一度、喉で止まっていた息を吐きだした。


「……ま、待ってくれ、抵抗はしない」


 そして両手をゆっくりと上げ、従順に従うふりをしながら即座にその場の理解に努めた。

 彼らの様相は、レントが知るどの国の旅人や兵士のものとも違っていた。全身を黒い布と革で密閉し、顔の輪郭すら判別できないように覆い隠している。

 

 暗殺業か。盗人ではないだろうが、どちらにせよ人の生死を生業にするものに間違いない。しかし何故この場所に、何の目的で。

 

 レントは落ち着け、とそう自身に言い聞かせるように思考を反芻する。

 そして意を決すると、普段の様子からは考えられぬような、動揺してみせる大声を上げた。


「……お、お前らはなんだ、殺し屋なのか!?」


 殺し屋たちは警戒のためか、口笛のような静かな合図を交わす。

 その直後、激しい痛みが頬に走り、踏ん張ることもできぬままに、レントは地に伏した。




 抵抗する間もなく、レントたちの腕は背中で容赦なく一つにまとめられた。

 食い込む縄の感触と隙間のない窮屈さから、ただのならず者ではない、プロの仕事だと伺える。

 拳を受けた左頬痛みが、骨にまで届く熱を帯びていた。


「その容姿、聞いていた特徴と一致する。お主がレント・ヴェーレンだな?」


 眼前の黒装束は、静かにそう訊ねてきた。

 口元が黒布で覆われていて聞き取りづらいが、その男の口調はどこか訛った特徴的なものだった。


「……」


 レントは問いかけに答えることなく、視線を一点に考えを巡らせた。

 あの一際体格のいい男が頭目か。脇の奴と背後の奴を含めて全部で3人。

 目的はなんだ。物取りでもなく、直ぐに殺さず人相を確かめている、となると――


「ガルドか?」 


 レントの問いに、頭目は、ピクリとわずかな反応を見せた。


「この状況でそこまで冷静とは……そんなに命を狙われる心当たりがあるのか?」


 当たりか。あいつがここまで動くとは。

 レントは俯き、静かにため息を吐いた。


「頭……!」


「問題ない。死人に口なしだ」


 依頼主をあてられたことに、部下は焦っているようだった。

 しかし、このまま殺されてしまっては探偵ごっこも意味をなさない。

 死人に口なし、その言葉を聞いても、レントは焦ることなく冷静に言葉を続けた。


「俺は何もやっちゃいない」


 その返答に、頭目は鼻で笑って返した。

 罪人の常套句だとでも言いたいのだろうが、その反応で重要なのは彼らがどこまで今回の事件にかかわっているかだ。

 彼らがただ一時の雇われで、完全にガルド側の人間でないのなら、そこに付け入るスキがあるかもしれない。


「あ、アニキ……!」


 必死に思案を巡らすレントの横で、ポンクルは涙を浮かべ、師匠を見つめていた。

 しかし、そんなレントのもくろみとは裏腹に、頭目はスッと剣を抜き、ゆっくりとレントに迫った。

 月明かりに光るその剣は、刀身に美しい波紋を持ち、剣先が僅かに反っている珍しいものだった。


 目の前に迫る凶器を注視しつつも、レントの思考は別の所にあった。

 工房にはルミナリアが残っている。

 万が一にも悟られぬよう、こっちから視線を向けることはしない。だが、ルミナリアはこっちの様子をうかがっているはずだ。

 

 今は焦ってはだめだ。絶対にチャンスはある。

 レントはそう思い、変わらず、取り乱すことなく言葉を続けた。


「その剣はこの大陸のものじゃない。遠い東の小さな島国のものだろう。『刀』とか言ったか。ひどく、くたびれてるな」 


「……なぜ知っている」


「仕事柄、剣には目が利いてな」


 頭目の動きが止まった。その質問からは、僅かに動揺の色が見えた。

 気を引くように、レントは言葉を続ける。


「文献を見て、真似て打ったこともある。『折れず、曲がらず、よく切れる』その三点を兼ね備えた美しい波紋を持った剣だ。その国の鍛冶技術の高さがわかる」


 意気揚々と語るレントに、頭目は覆われた黒布の下で僅かに笑っているように見えた。


「命乞いをするわけでもなく、こんな時まで鍛冶の話か?」


「こんな時こそ鍛冶の話だ。俺にはそれしか能がない」


 レントはそう言って自嘲気味に笑って見せた。


「それを打てる技術を持った鍛冶師はこの大陸にはそうはいない。殺すには惜しくないか?俺ならそのくたびれた剣を直せるぞ」


 レントはあえて、自身を大きく見せるように大袈裟に言ってみせた。

 ここで終われば、鍛冶人生は、偽物の罪人として決着がついてしまう。

 外聞など気にしない。だが、まだ道半ば。こんなところでは死ねない。死ぬのならば名作を打って死ぬ。レントはそう心に決めていた。


「そ、そうっす!アニキの剣は王国、いや大陸一っすよ!」


 ポンクルが誇張するように続く。しかし、恐怖からか声が裏返っていた。

 弟子の震えた言葉を最後に、湖畔に一瞬の静けさが戻る。

 

 月明かりの元、緊迫した状況のなかでも、風はお構いなしに吹き抜けていく。

 遠く湖の奥からは魚がはねたような音が聞こえてきた。

 頭目は考えがまとまったのか、再びゆっくりと口を開いた。


「我が国の名品とはいえ、そんな東の果ての武器にまで精通しておるとは、中々に勤勉な鍛冶師だな。だが……」


 やはり、こいつらはこの国の人間ではない。ガルドとの関係も希薄そうだ。

 レントはそう判断し、遮るように言葉を続けた。


「待て!文献によれば、東の国の民族は平和を愛し、自国を愛する誇り高い民族だったはずだ。何故あんな悪徳鍛冶師に雇われて暗殺業なんてやっている!」


「黙れ!知った口をきくな罪人が!」


 レントの言葉に、背後にいた部下が腹を立て、背中に蹴りをいれた。


「ぐはっ……!」


 手を付けるわけもなく、再び顔面から地面に叩きつけられる。


「……悪徳鍛冶師はお主だろう」


 頭目はゆっくりとレントに歩み寄る。その表情からは侮蔑の念が感じ取れる。


「……言ったろ。俺は何もしていない。殺す前に事件の真相を知りたくないか、それとも東の国の民は正義なく人を殺すのか?」


「まだ言うか!」


 部下が声を上げ、レントに切りかかろうとする。


「まて!」

 

 しかし、頭目がそれを片手で制した。


「話してみるがいい。自身に正義があると言うのなら、な」


 頭目の言葉を受け、レントは淡々と、王宮に納品された剣のすり替えの真相と、自分が追放された経緯を語った。

 レントが言葉を終えると、漆黒の装束の刺客たちは、一瞬、張り詰めた姿勢を崩し、互いに顔を見合わせた。

 その瞳の奥には、「追放されたはずの罪人」が語った、「陰謀」への驚愕が走っていたように見えた。


「命乞いの嘘だと思うか?確かに確たる証拠はない。だが、なぜこんな辺境の一鍛冶師の命まで狙う?追放で裁きを受けたと考えるのが妥当だ。殺しまでする必要は、どこにある?」


 頭は剣を収め、深く考え込むように口元に手を当てた。


「ガルドには、王宮内に協力者がいると俺は睨んでいる。権力を持った人間の可能性が高い。下手すりゃ、お前たちも口封じに殺されるぞ」


 レントの言葉に、二人の刺客は無言で頭目へ視線を送り、頭目の短い合図一つで、素早く集まった。彼らは、極度に短い耳打ちで状況を協議し始めた。


 その様子に、レントは心の中で「よし!」と呟いた。

 包囲が解かれた、その一瞬の間だった。

 

 レントは口頭での挑発を続けながら、後ろ手に回された指を動かし、必死に合図をする。

 あけ放たれたままの工房のドア。

 刺客には見えないが、工房の中から様子を伺っていてくれたなら、ルミナリアには届いたはずだ。

 

 ――頼む、ルミナリア。

 刹那、工房の奥からガラス瓶が放たれた。

 それは弧を描きながら刺客とレントたちの間、目の前の開けた地面に当たる。

「カシャン」という鋭い音が響き、小さな青い魔法の光を放ちながら、ガラス瓶の破片が視界に散った。


 その瞬間、破片の濡れた地面から、雷鳴のようなゴロゴロとした音とともに土が隆起していく。それは、瞬く間にレントの身長の3倍ほどの高さまで立ち上がった。


「な、なんすかこれー!」


 その現象に、ポンクルのしなびていた尾っぽが真っ直ぐに伸びた。

 あまりの迫力に、レントも思わず息を飲む。

 

 轟音と土埃が収まり、目の前に現れたのは、人の形をかたどった土の塊、その相貌は石と粘土を荒々しく組み合わせた不気味な巨人だった。


次回の更新は12/2 火曜日 21時頃を予定しております。よろしくお願いします!

いつもご愛読ありがとうございます!


【定型文】

ご愛読いただきありがとうございます。感想、レビュー、ブクマ、評価待ってます!


あまりにも過激な表現でない限りどんな寸評もOKです。自分の作品を読者はどう思うのか、とても気になります。誤字脱字、文法間違いなど報告してくださると助かります。

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