第9話 親睦と脅威
レントたち一行はルーラ村を囲む広大な森の東、デッカ山の入口へと続く林道を歩く。
踏みしめる砂利とざわめく木々の音が心地よい。
ポンクルは久々の外出に足取り軽く、スキップせんばかりに先頭を歩いている。
理由は明確で、何度も彼女たちに視線を向けては口元を緩ませていた。
「なんだ?狸の坊主は随分楽しそうだな!」
横を歩く護衛『鉄の処女』のメンバーの一人がからかうように尋ねる。
ポンクルは口を少し尖らせた。
「オイラはポンクルっす!狸の坊主じゃないっす」
「へへっ、そーかよ」
いたずらっぽく白い歯を見せる彼女の額には、磨かれた黒曜石のような二本の角が揺れている。
その人間ならざる者の姿は、まさしく亜人なのだが、それにしては身体的な特徴が薄い。
そういえばこの亜人女性ともう一人の名前はまだ聞いていなかった。レントはそう思い尋ねる。
「横の二人はまだ名前を聞いていなかったが……」
「おっと失礼!俺はフリーズグズ。フリーズでいいぜ!」
フリーズはパシッと音をあげ、掌に拳を当てた。
とりわけ軽装で、肩や背筋、太ももに至るまで褐色の素肌をのぞかせている。
しかし、その岩のようにせりあがった筋肉は色気とは無縁だ。
装備や仕草から見るに武闘家だろうか。
レントがそう思っていると、続いて、四人の中で一際幼い少女が小さく口を開いた。
「アタシは……メル」
フリーズがぽん、とメルの頭に手を置く
「コイツホントはメルルンてんだ!可愛い名前だろ?」
「あ……フリーズ!威厳がなくなるから内緒っていつも言ってるのに!」
メルルンはフリーズの手を払い、恥ずかしそうに抗議した。
頭の両脇で束ねられた朱色の髪が、房のように揺れている。
確かに可愛らしい響きの名だが、隠したくなるのはいわゆる年頃というやつか。
四人とも若い女性で、十代中頃から二十代後半くらい。下心など微塵もないが、どこか気恥ずかしく、踏み込んだ質問をする気にはなれなかった。
だが、尚更その実力のほどは気になるもので、レントは頭を搔きつつも口を開いた。
「鉄の処女ってのは初めて聞いたが、最近冒険者になったのか?」
レントは敢えてリーダーであるヘルミーネに尋ねた。しかし、こちらに顔も向けず、すまし顔で歩き続けている。
思わず顔を一瞬しかめた。これだから貴族ってのは、とレントは内心舌打ちする。
貴族の中には身分の違いから、平民とは口を交わすなど不名誉と見なす者も多かった。
挨拶は済んだ、以降は話したくないってことだ。
エイラはそんなヘルミーネの様子を気にするそぶりもなく、代わりに答える。
「ええ、確かに名を挙げたのは最近かも知れませんね。元々は私とヘルちゃんの二人だったんですが……」
「エイラ、客人の前でヘルちゃんはよせ」
ヘルミーネが静かに睨むも、エイラはその反応を見慣れているかのように、愛嬌のある笑みを返していた。
四人のやりとりを見るに、身分や種族が離れていても、彼女たちの間には確かな信頼が流れているようだ。
そうこうしているうちに、一行は鉱山入り口へとたどり着いた。
林の木々が開けた先にあった鉱山の入口は、薄暗くどこか不気味で、まるで巨大な怪物が大きく口を開けているかのようだった。
付近は広く開けていたが、ちらほらと見える雑草が、この場所が長く人の手から離れていたことを物語っている。
「何だかさびれてるっすね~」
ポンクルが感想を漏らした。
デッカ山の鉱山は、魔獣が頻繁に出没するようになって以来、すでに閉山されていた。
とはいえ危険度1~2程度の魔獣が関の山で、石毒の鶏蛇ほどの危険度8の魔獣が居ついているとは想定外だった。
レントは期待と不安が混じった眼で彼女たちを見回すと、そのまま鉱山の中へと歩みを進めた。
大きく開いた入口を進むと、直ぐに幅の狭い坑道へと繋がった。一本道だ。
四方の壁が迫ってくるようで、どことなく息苦しさを覚える。
日の光が届かなくなるにつれて、レントは腰に下げていたランタンを叩く。すると衝撃を合図に青白い光を放ち、周囲を照らし始めた。
「へー、珍しい道具……どうゆう仕組みなの?」
メルルンが食い入るように見つめている。
「これは『発光鉱石』が中に入ってんだ、衝撃を与えると光る」
「凄い!アタシも欲し……!くない」
「あん?」
態度を急変させるメルルンに、レントは一瞬何だと思ったが、先程のフリーズとのやりとりを思い出すと合点がいった。
こんなにわかりやすい反応も中々ない。根は相当素直なのかもしれない。
どちらにせよ発行鉱石は貴重だ、そうおいそれとはあげられない。
そんなとりとめもない話をしながら、足音だけが響く坑道を進む。
ふと、数歩先の曲がり角から、青白い光がゆらめいているのが見えた。
息を詰めて角を覗き込む。すると、坑道の出口は途絶え、その先には想像を絶するほど広大な地下空間が口を開けていた。
天井は見上げるほどに高く、夜空のようだ。辺りには使われなくなった木箱や古びたつるはしなどがぽつぽつと置いてある。
だが、一行の目を奪ったのはその壮大さと異様な美しさだった。発光鉱石やその他の結晶がいたるところから飛び出し、ランタンの光を不要とするほど、洞窟全体を煌めかせていた。
その感動にレントは言葉を失う。
「ウヒョー!すごいっすー!」
ポンクルのあげる感嘆の声が洞穴内にこだました。
ふと目をやれば、彼女たちも口を開け驚嘆の笑みをこぼしていた。
「アニキ!こっちっす!」
ポンクルは鼻をひくつかせ、確信を得たかのように指示をする。
二人は駆け足で進む。
後方からエイラが「待ってください~」と慌てた声を上げていた。
カンカンと甲高い音が洞窟内に響く。
レントはポンクルの鼻が指し示した場所にピッケルをふるった。
魔鉱石を練り込んだ自作のピッケルは、硬い岩盤を面白い程に簡単に崩す。
「見ろ、魔鉱石がこんなに」
「アニキー!やばいっす!本命はこの岩壁の向こうっす!」
楽しそうな二人の様子を見てフリーズが訊ねる。
「そんな簡単に見つかるもんなのか?」
「オイラがいれば楽勝っす!」
ポンクルは胸を張り、自慢げに答えた。
フリーズは「ふーん」と一言、素っ気ないように答えるが、しきりに顔をのぞかせていた。
レントがピッケルを杖代わりに一息ついていると、フリーズが再び声をかけてくる。
「なあ、もっとドカンと一気に掘らないのか?」
その言葉はまるでこちらが遊んでいると思っているかのようだ。
おそらく採掘など見た事が無かったのだろう。レントはため息をつく。
「二人で掘ってるにしては早い方だが。なんか手があるのか?爆裂魔法は無しだ」
やりたいなら少し代わってもらおうか。
レントが思ったその時――
「こうすればいいんだっ!」
掛け声とともに、フリーズはレントたちの隣の岩壁を思いっきり殴りつけた。
衝撃と共に岩盤が凄まじい轟音を立て、拳を打ち付けた中心部から深いひび割れが走る。
そして次の瞬間、岩石の塊がまるで角砂糖のように崩れ落ちた。
パラパラと舞う粉塵が視界を遮る。
レントは驚愕に顔を硬直させた。杖代わりのピッケルがなければ危うく倒れこんでいたかもしれない。
ポンクルに至っては口を開けたまま、地面にへたり込んでいた。
「おい、あぶねえだろ!」
「でっへっへ。やりすぎちまったか」
フリーズは悪びれのない、いたずらな笑みを口元に浮かべている。
「レント様!大丈夫ですか?!」
その轟音に、周囲を警戒していた他の3人が集まって来た。
こいつはいろんな意味で目が離せない。
フリーズの突飛な行動にそう思ったレントだった。
フリーズが他の三人から注意を受けている最中、ポンクルが突然鼻をひくつかせた。
その表情は先ほどまでの緩んだものとは違い、眉間に深く皺を刻んでいる。
「……アニキ、なんか来るっす」
岩盤を崩した轟音は、この静寂な洞穴において、まるで食事を告げる鐘のように聞こえたのかもしれない。
遥か奥、闇を切り裂いて、コウモリのような魔獣が押し寄せてきた。
「『騒音蝙蝠』か。皆、戦闘態勢をとれ」
ヘルミーネがリーダーらしく指示を出す。
そいつらだけではない。地面の割れ目からは虫のような魔獣が這い出てきた。
フリーズが見るや否や一発、頭を吹き飛ばす。
「『地中芋虫』だ!こっちは俺に任せとけ!」
彼女たちは岩盤を背にレントとポンクルを囲うように陣形をとる。
レントは念のために腰の鉄剣に手をかけた。
その緊張を悟ったのか、エイラが穏やかな笑みを浮かべ一言告げた。
「安心してください。私たちがついてます」
レントが真横に目をやれば、エイラとヘルミーネはどうやら戦闘に加わる様子がない。
「あんたは……治療士だっけか」
「ええ、多少は戦えますけれども。今はレント様の安全が第一ですので」
その言葉には、戦うのはフリーズとメルルンの二人で充分というダイヤモンド等級冒険者の静かな余裕が感じられた。
眼前では最年少のメルルンがロッドを構えていた。
呪文の詠唱が巻き起こす風圧に、その小さなマントとスカートの裾が激しくはためいている。
「炎よ貫け、光炎の槍!」
炎の光線が次々と繰り出され、騒音蝙蝠たちは断末魔と共に、まるで朽ちた落ち葉のように次々と燃え落ちていく。
その一撃の威力に、 ポンクルが驚きの声を上げた。
「ヒョエ一!あの魔法、しぶとい騒音蝙蝠を一撃っす!」
「ふ、ふん、このくらい当然よ!」
メルルンは得意げにロッドをクルクルと回している。
「なるほど、あの子は魔術師だったのか」
レントは小さく呟いた。
その顔にはまだ幼さが残るも、あの年でこれ程の魔法を使うとは恐ろしい。
その間にも、右手ではフリーズが凄まじい打音を立てて暴れ回っていた。地中芋虫たちはその打撃に吹き飛び、あるものは謎に凍りついている。
「おい……あれは何なんだ?」
レントは思わず声に出し、その異様な光景に息を飲む。
「角を見ての通り彼女はオーガとの混血でして」
エイラはその力がさも当然かのように答えた。
オーガ―― 確か、南側諸国にすむ少数種族だったか。その凶暴性から戦に明け暮れ、数を減らしたと聞く。
しかし、あの力を見ての通りで済まされては困る。
「初めて見たが、オーガは皆あんな怪力なのか?」
「わかりません。ですが彼女は確かに鉄の乙女の頼れる前衛職ですよ」
そう答えるエイラの目は信頼に満ち溢れていた。
最後の一匹が地に沈み、洞窟に静寂が戻る。
戦いを終えこちらを向く二人の後ろには、その実力を示すように魔獣の骸が積みあがっていた。
「お姉さまー!見ててくれました?」
メルルンがヘルミーネに駆け寄り、母に甘える子供のように抱きついた。
ヘルミーネは静かに頷き、その子供の頭を撫でてやる。
その貴族然とした顔に浮かぶ柔らかな表情は、先程までの鉄仮面とは対照的であった。
「ところでもう発掘はいいのか?」
フリーズが手持ち無沙汰のように尋ねる。
「そうだな。こんなもんにしとくか」
レントは鉱石でいっぱいの麻袋を肩に担ぎ上げた。ズシリと体にくるその重みが、今回の成功を物語っている。
「なら、レント様を森の出口まで送って行きましょう」
石毒の鶏蛇はいいのだろうか。レントはそう思い、視線をリーダーであるヘルミーネに向ける。
「ハハッ!アンタがいない方がやりやすいだろ」
表情から思考を読まれてしまったようだ。フリーズはからかうように笑みを浮かべる。
「私共はレント様を送った後鉱山へ戻ります。報酬はまた後程伺った時に」
エイラが恭しく言葉を添えた。
そうさせてもらおう。あんな魔法や打撃の巻き添えになってはひとたまりもない
レントは彼女たちの戦いっぷりを思い出し、冷や汗をかきつつも頷いた。
帰り道、出口へと続く坑道を歩く。
再びこの狭い道を通る心境も、来た時とは違って今は安心感に溢れている。
「しかし結構魔獣がいたなぁ。アンタ、俺たちが護衛受けなかったら二人で行くつもりだったんだろ?あぶねぇな」
あれはお前が呼び寄せたんだろと言いたくなったが、レントは肩の重みの満足感から言葉を飲み込んだ。
騒音蝙蝠や地中芋虫のような魔獣は自分でも倒せるくらいの危険度だが、あんなに多くては確かに危なかった。廃鉱山になったのも頷ける。
しかし、その廃れ具合のおかげで、希少な鉱脈が手付かずで残されていたのも事実。
石毒の鶏蛇もこんな手前にはいないだろうし、奥までいかずとも沢山鉱石が取れたのは幸運だった。
レントはそう思いを巡らせて呟く。
「まあ、あんた等のおかげだよ」
レントはフッと笑みをこぼした。
普段からヘルミーネのことなど言えぬほどに、仏頂面のレント。
そんな師匠の珍しい笑顔を見たからか。ポンクルも嬉しそうに尻尾を振っていた。
出口に近づくにつれ光が差し込む。レントは思わず「ほっ」と息をついた。
しかしその時、ポンクルが普段の軽薄な様子とは違う、切実な声で告げた。
「すんすん、アニキ……なんだか嫌なにおいが……」
数刻ぶりの日光に細まる目をゆっくりと明け、眼前の巨大な生物に目を向ける。
その生物は、まさしくその縄張りを主張するかのように、けたたましい鳴き声を上げそこに立っていた。
ちょっと長くなってしまいました。濃さを保ちつつまとめられるよう頑張ります!
次回の更新は11/18 火曜日を予定しております。よろしくお願いいたします。
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