第8話 鉄の処女
ルヴシール湖は穏やかな気候が続き、周辺には見渡す限りの草原が広がっていた。木々は、まるで常緑樹のように青々と葉を揺らしている。
工房では、レントが保管してある鉱石の数を確認していた。
こと鍛冶においては真面目なので、種類ごとに箱や袋に入れてしっかり管理している。
「よし、今日は鉱石採掘に行くぞ」
レントは意気込むと、腰に金槌を差し、支度を始めた。
ヴァッフェンに依頼されたような鉄剣とは違い、それなりの剣を造るには相応しい素材がいる。
特にレントの剣は魔鉱石を多く使うので、不足するたびにピンパネに依頼するか、自ら採掘することもしばしばあった。
とはいえ、炭鉱夫のように掘り続けるわけにはいかないので、必ずポンクルを連れて行くことにしている。
「ふっふーん!オイラの出番っすね!」
ポンクルは腰に手を当て、得意げに胸を張る。
ルミナリアが「アタシも!」と続こうとするが、レントが片手で制した。
「危ないから今回はだめだ。デッカ山の奥まで行く。あそこは魔獣が出るからな」
デッカ山。ルーラ村の周りの森を抜けた先にある鉱山で、希少な鉱石が出ることで有名だった。レントがルヴシール湖周辺に移住した理由の一つでもある。
ルミナリアは「えーっ」と一言。もの言いたげに頬を膨らませてポンクルに視線を向ける。
「鉱石散策にはポンクルの鼻が必要なんだ。それに、最悪あいつは一人で身を守れるしな」
普段は反対するような言動をとりつつも、概ね彼女の提案には従っている。そんなレントが真剣な眼差しで断るものなので、ルミナリアは渋々納得した。
工房を出ようとしたちょうどその時。
「なんか、甘くて柔らかい匂いが近づいて来るっす!」
ポンクルが鼻をひくつかせる。するとドアの音が来訪者を告げた。
ポンクルがいそいそとドアの取っ手を引くと、工房の前に、華やかな白銀の甲冑を着こんだ女性が現れた。
その風貌にレントは思わずたじろぐ。
白百合のような素肌と白銀の髪に、造形品とも思わせる顔立ち。その美貌は単なる人間離れというより、むしろ欠陥のない完璧な武具としてレントの目に映った。
もし鍛冶の女神がいるのならこんな感じか、とレントは思わず息を飲む。
彼女は深々とお辞儀をすると、後に3人の女性が続く。種類は違えど皆武装しており、そのただならぬ雰囲気から相当の実力者ではないかとレントに悟らせる。
彼女たちは自らを冒険者と名乗り、自己紹介した。
「初めまして。治療士のエイラ・テレーズ・リンドでございます」
修道女のような恰好をした女性が一歩前に出る。
「本日は王国一と名高いレント・ヴェーレン様に鍛冶の依頼をしたく参ったのですが……」
「俺だが、あんたがリーダーか?」
「いえ、リーダーはあちらに」
レントが答えるとエイラはちらりと、レントが最初に目にした白銀の髪の女性に目をやった。
「私が冒険者グループ『鉄の処女』のリーダー、ヴォルヘルミーネ・アルビィ・フォン・エーデルヴァイスです。ヘルミーネで構いません」
再び丁寧にお辞儀をし、名乗る彼女をレントは一瞥した。
フォン――貴族か。
「なるほど、道理で」
口には出さないが、その上品な佇まいや美貌にも納得がいく。
しかし、仲間に挨拶は任せて自らは後ろでふんぞり返っているところを見ると、やはり貴族というものは好感が持てない。
ここは体よく断ろう。レントがそう思った矢先、ポンクルがブンブンと音が聞こえてきそうなくらい尻尾を振って名乗り出る。
「オイラはアニキの一番弟子、ポンクルっす!」
狸のしっぽと耳を振りかざして四人の周りを飛び跳ねるポンクル。
エイラは「あら、かわいい」と、穏やかな笑みを浮かべ、特徴的な糸目を更に細くさせた。
「お姉さん達も一緒にデッカ山行くっすよ!」
「おい!」
ポンクルの言動に、レントは余計なこと言いやがって、と頭を搔いた。
エイラが首を傾げる。
「悪いがこれからデッカ山まで出るところだ。仕事ならまた今度に――」
レントが言い終わる前に、エイラが手をポンと叩いて提案した。
「それは渡りに船です!私たちを護衛に雇うのはいかがでしょうか?」
「護衛?」
「あそこは最近『石毒の鶏蛇』が出て、私たちはそれを討伐しに近隣まで来ていたのです」
「石毒の鶏蛇だと?」
レントは針金を曲げるように眉をしかめる。
もしそれが本当ならばポンクルと二人ではとても向かえない。
レントは口元に手を当て、瞼を閉じた。
「魔獣?そんなに危険なの?」
思い悩むレントにルミナリアは尋ねる。
「魔獣は冒険者ギルドによって危険度が数字で定められている。この間の藍銅鉱の大猪が危険度3で、石毒の鶏蛇は危険度8だ。10段階でな」
ルミナリアの顔に明確な不安の色が浮かぶ。
留守を任せる彼女にはあまり心配をかけたくない。
レントはそう思い、ルミナリアにも分かるように敢えて質問する。
「護衛って、あんた達、確かに実力はありそうだが大丈夫なのか?申し訳ないが、俺たちは大して戦力にならないぞ」
彼女たちは胸を張り、胸元から美しい首飾りを取り出す。
それは自らを示す証だった。ひし形にかたどられた金剛石が威光を示すように光る。
「ご心配なく、この通り私共はダイヤモンド等級冒険者でございますから」
「なんだって……?」
自ら護衛を提案してきたのだから自信があるのだろうと思ってはいたが、まさかダイヤとは。レントは思わず驚嘆の声を漏らす。
同様に、等級を示す首飾りを見て、ポンクルは驚愕に顔を引き攣らせていた。
ぐにゃりと音を立てそうなその表情は随分前に一度、尻尾を思い切り踏んでしまった時と似ている。
そんな二人の様子を見てルミナリアがポンクルに耳打ちした。
「ダイヤモンド等級って、そんなに凄いの?あたし、よくわかんないんだけど……!」
「王国所属の冒険者約三千人のトップっす!十人もいないっすよ!」
エイラが改めて提案した。
「報酬は先ほどお伝えした通り、レント様への鍛冶依頼です。いかがですか?」
ダイヤモンド等級ともなれば、自分の打った剣の性能を最大限引き出してくれるかもしれない。
レントは一瞬ためらったが、そう思い、すぐに頷いた。
「わかった。報酬は何らかの形で果たそう」
「交渉成立ですね」
レントとエイラは固く握手をする。
するとその横でポンクルがぱっと飛び上がった。
「お姉さんがたくさんっすー!」
「ポンクル……行儀よくな」
背後から、ルミナリアの視線が氷の針みたいに刺さる。護衛を雇うならあたしも連れていけ、と聞こえてくるようだ。
無論危険なことに変わりはないので、こっちの商談は、交渉の余地はないのだが。
振り返るのが怖い。だが、このまま快く送り出してくれるはずもない。
三十分の交渉の末、美しい鉱石が取れたら首飾りを造ってやることに落ち着いた。
かくして、一行はルヴシール湖の穏やかな風を後にして、石毒の鶏蛇の潜むデッカ山へと向かう。
次回の更新は11/14金曜日を予定してます。よろしくお願いいたします!
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