プロローグ 折られし剣
ユースティア王国、王都のはずれ。煙と鉄の匂いが立ち込める工房。
炉の熱が猛烈な熱波となって工房の空気を揺るがし、金槌の音が規則正しく響いていた。
飛び散る火花は、まるで生きているかのように、黒髪を掠めては消える。
レント・ヴェーレンは無精ひげをたくわえ、滴る汗を拭う。ボサボサの髪を麻布で包み、作業着をまとう姿は一人前の鍛冶職人だった。
しかし、その手元で行われている作業は、常人には到底理解できないものであった。
――ドワーフの秘伝技法
レントは己の魂を一振りに込め、魔鉱石を剣に練り込んでいく。
自身は魔力とは無縁、しかし魔力を持った唯一無二の剣、その先にある絶対的な技術の極致を求めていた。
ドワーフの親方から教わった秘伝の鍛冶技。
親方の笑顔と、「鉱石の声を聞け!」との言葉が、鉄を打つたびにレントの脳裏をよぎる。
レントは深く息を吐き、赤く光る剣を鋭い目で見つめた。
「悪くねえ……が」
これでは、あの時見た『ノアの輝き』にはまだ――
レントは言葉を飲み込んだ。
傍らで、狸の亜人である弟子、ポンクルが鉱石の木箱を抱えて歩き回っていた。茶髪と薄く残るくま、垂れた獣耳を揺らし、興奮気味に尻尾をパタパタと振っている。
「アニキ! この剣、めっちゃカッコいいっす! この刃の輝き、ビックリっすよ!」
しましまの尻尾を振って自慢するが、興奮しすぎたのか鉱石を落とし、ガラガラと音が響いた。
「ポンクル、気をつけろ!」
レントが低い声で一喝すると、ポンクルは耳をペタンと下げ、「す、すみませんっすー!」と縮こまった。
ポンクルが慌てて鉱石を集めると、その鋭い嗅覚が僅かな異変を捉えた。本能のままに匂いを嗅ぎ始めると、一際輝く魔鉱石が見つかった。
「ったく……鼻だけは利くんだから」
レントが頭を撫でてやるとポンクルは「へへっ!」と尻尾を振る。だが、レントは王都の喧騒を眺め、静かに呟いた。
「王都は騒がしいし、注文の多い冒険者もめんどくせぇ。もっと静かな場所で自分の腕だけを磨きてぇな」
その時、鍛冶ギルドの役人が工房を訪れた。冷たい目で入り口に立ち、レントを呼び出した。
「レント・ヴェーレン、用件がある。至急本部まで参上されたし」
「あん?」
突然のギルドの呼び出しに、レントは眉をひそめる。
どうして役人というものはいつもこんなに偉そうなのか、不思議でならない。
「なんだか嫌な予感がするっす……アニキ、オイラもついて行くっす!」
尻尾を振り張り切るポンクル。
レントとポンクルは支度をするとギルド本部へ向かった。
王都中央大通りの突き当り。そこには、鍛冶ギルド本部、豪勢な石造りの建物がそびえ立っていた
いつ来ても威圧感のある嫌な佇まいだ。
レントはそんなことを考えながら、衛兵に促され入ろうとすると、後に続こうとするポンクルを衛兵が冷たく遮った。
「待て。亜人は入れん」
「ふざけんなっす!オイラはアニキの弟子っすよ!」
ポンクルは抗議するも、衛兵がにらみを利かせると耳をペタンと下げ、縮こまった。
そんな様子に、レントは苦笑いを浮かべながら「外で待て」とポンクルの頭に手を置いた。
王都近辺の亜人差別は今に始まったことではないので仕方がない。
ポンクルの「アニキ~」との情けない声を背に、レントは軽く手を振ると、本部へと入っていった。
応接室では、長机に灰色のローブをまとったギルド長が座り、羊皮紙を広げていた。
どこか神妙な面持ちで、レントを見ると、ゆっくりと口を開いた。
「レント・ヴェーレン、お前が鋳造した剣で問題が発生した。先週、王宮に納めた剣が折れ、第一王子が怪我を負った。貴族間で行われる親善試合でのことだそうだ」
ギルド長が提示した羊皮紙には、折れた剣の破片とレントの刻印が描かれていた。
「なんだって?あんなチャンバラごっこの催しで折れるほど俺の剣はやわじゃねえ。その剣は偽もんだ」
レントは眉をひそめる。確かに先日ギルド経由で親善試合用の剣を鋳造する依頼を受けていた。
何の変哲もない鉄剣の依頼だったが、当然、手を抜いたりはしていなかった。
人為的な何かがない限り、折れるなんてことは有り得ない。
しかし、レントの返答をギルド長が鼻で笑った。
「刻印はお前のものだ。ギルドの信用を傷つけた罪は重い」
「馬鹿言うな!その剣を見せてみろ!」
レントが言い返すもギルド長は一蹴する。
「ギルドの決定だ。レント・ヴェーレン、王都からの追放とする。即刻立ち去れ!」
あり得ないことだ。いったいどうなっているのか。
突然の宣告にレントは理解が追い付かなかった。
込み上げる怒りと疑問は腹の中で混ざり合い、炉で溶かした鉄鉱石のようで、痛みを伴う熱を感じさせた。
腐りきった権力者による不当な決定に、レントは深い嫌悪を込めて、吐き捨てた。
「めんどくせえ、勝手にやってろ」
踵を返すレントの背に、ギルド長が冷たく呟く。
「すまないな。王は息子を危険に晒したとたいそうご立腹だそうだ。王命には逆らえんよ」
王命。その不愉快な響きに、レントは拳を握りしめた。
薄汚い権力者の都合。それだけのことだ。鍛冶ができれば、場所は関係ない。
レントはそう決心すると、一つ息を吐き、無言で応接室を後にした。
1話を分割してプロローグとして再投稿しました。ストーリーに変更はありません。
よろしくお願いします!




