天才の正体
※ロックバンドを題材としていますが、知識がなくても楽しんでいただけます。よろしくお願いします!
物語は、終わって始まる。
*
くせ毛と涙袋が目立つ高校生、吉澤瞬はバイトの帰り道に取り留めもなく昼休みの会話に思いをはせていた。
「ねえ、聞いてよ~!」
隣の席に座って話しかけてきたのは、クラスメイトの京坂鈴。彼女はブロンドの三つ編みをハーフアップにしていて、いつも笑顔を絶やさない。いわゆるクラスの人気者だ。
「なんだ、京坂」
「軽音部のことなんだけど、もう二つもバンドが解散しちゃったらしくてさ~」
京坂は両人差し指をつんつんしながら、吉澤の顔を見上げた。
「瞬くんが入ってくれれば、その子たちも助かると思うんだけど──」
「断る」
吉澤はきっぱりとそう言うと、手に持っていた栄養ゼリーを飲み干した。彼女はぶわああと涙を流しながら、彼の机にしがみつく。
「頼むから入ってよ~! 恋愛のごたごたで、最近雰囲気悪いからさ~!」
「だったらなおさら入りたくねえよ!」
「じゃあわかった……可愛い女の子紹介するから! 瞬くんが好きそうな女子!」
「友達を売るんじゃない!」
吉澤はぶんぶんと首を横に振る。京坂が机にしがみつきながら瞳を潤わせているのを見て、呆れたようにため息をついた。
「まったく……」
「あ、軽音部と言えば最近聞いたぜ」
いつの間にか二人のそばに立っていたクラスメイトの男子──篠原翔馬は、ワクワクした顔で両手を広げた。ツーブロックのバスケ部で、甘いマスクで人気を博しているものの正体はバカである。
「一年の女子が、先輩の彼氏を寝取ったって──!」
「おい、篠原……」
「ちょっと、あんまり大声で言わないの」
「軽音部の女子って結構アグレッシブなんだな! しかも、彼氏は学校一のイケメンって噂で──」
吉澤は京坂と目を合わせると、まだ何か言いたげなツーブロックバカの口を手で押さえつけた。
「モゴモゴ……」
篠原が喋らなくなったのを確認すると、吉澤は息をひそめる。
「京坂、否定しなかったな。本当か?」
「瞬くん……もしかして知らないの?」
「詳しくは」
吉澤がにべもなくそう言うと、京坂は小さく息をついた。
「わかった、ここだけの話だよ──実は一年生の子が、彼女持ちの彼氏と付き合ったんだよね」
「なるほど……二股ってことか?」
「そういうことでもないみたい。噂によると、いわゆる『寝取った』的な──まあもう別れてるらしんだけど、結局ごたごたが影響して『ハイカラサワー』と、その子が組んでた『冥冥』の二バンドが解散しちゃったって感じ。はあ、どっちもいいバンドだったのにな~」
京坂は頬杖をついて物憂げな表情を浮かべる。吉澤はそれを見ながら曖昧に頷こうとしていたが、ぴたっと動きを止めた。
「もしかして、渡辺楓香のことか?」
「…………! 瞬くん、知ってるの?」
「元中だからな」
吉澤はにべもなくそう言った。渡辺楓香──鋭い目つきとウルフカット、堂々とした立ち振る舞いが特徴のサブカル女子だ。中学校に転校してきてすぐに不登校になったため、面と向かって話したことは無い。
「しかし、まさかそんなことになっているとは……」
「恋愛トラブルって怖いよね~」
「でも、どこまで本当かわかったもんじゃないぞ。出る杭は打たれる、それが学校だってことだ」
吉澤がそう言うと、京坂は分かりやすくため息をついた。
「……なんか嫌だなあ」
「だろ? 実際、青春なんてクソみたいなもんなんだよ」
吉澤が吐き捨てるようにそう言うと、ずっと口を押さえつけられていたバスケ部の馬鹿──篠原が突如暴れ始めた。
「モゴモゴ…………ぷはっ! おい、青春はクソじゃねえだろ!」
「ずっと口を押さえられてたことには何も触れないのか……!?」
どうしてもそれが言いたかったらしい──なお篠原の怒りは収まらない。
「もしこの瞬間がクソだなんて言われても、オレは認めないぞ!」
「ああ、うん……極端なこと言って悪かったよ」
「よし、決めた」
暴れまわる篠原を後目に京坂は何かを決心したように呟くと、そっと吉澤の肩を掴んだ。
「瞬くん、軽音部に入ろう!」
「何言ってんだお前!? 正気か!」
「良いじゃん減るものじゃないし!」
「どれだけ誘われても入らないからな。もう……音楽はやめたんだから」
吉澤は一度そこで言葉を切ると、京坂が上唇を噛んでいるのを横目に席を立った。
──ここまでが昼休みの出来事だ。
「…………まだ寒いな」
バイト終わりの吉澤は夕方に吹く都会の風の冷たさを感じながら、ビニール袋を手に提げて、街を歩く。ブレザーのポケットは大きくて助かるが、手を突っ込んだままではやや歩きにくい。
「青春、か」
道端でゴミを漁っているカラスを遠巻きに眺めながら、吉澤は小さくつぶやいた。先ほども言った通り、青春なんてものはクソだ。目立つ人間が陰口を叩かれ、一種のエンターテインメントとして消費される──そんなもので腹を満たすくらいなら、消費期限切れのコンビニ弁当を食う方がずっとましだ。
「…………」
やがて吉澤は都会には場違いなほど多くの木々が生い茂っている大きな公園にたどり着く。いつもはあまり通らない脇道だが、今日は駅までの最短ルート開拓のために通ることに決めていた。
「~♪」
すると、ちょうど生の歌声が耳に飛び込んできた。吉澤は目を閉じると、反射的にため息をつく──意識的に耳をふさいだ。音楽とは金輪際関わらないと決めている。他の人の話題について行けるぐらいがちょうどいい付き合い方だと、彼はそう信じて疑わなかった。
「……おお」
しかし、吉澤はその歌声に思わず嗚咽を漏らした。音楽から離れて久しいが、聞こえてくるのはそんな自分でも耳を傾けたくなるような──不思議な魅力を持っていたのだ。車のエンジン音と信号音混じりの微かな歌声に耳を澄ませると、広場の方向から聞こえることが分かる。近づけば近づくほどその力強い歌声が脳を通過し、身体がリズムに乗ってしまう。
気が付けば吉澤は小走りで歌声のする方へと向かっていた。都会の風を切って、歌声の主を明らかにしようと試みる──見つけた! ウルフカットの女子高生が古ぼけたベンチに腰かけ、エレキギターをかき鳴らしながら声を張り上げている。適度に振り下ろされるピッキングには勢いがあり、それでいて正確。合間に繰り出すハイトーンは鼓膜の内側を震わせ、激情をぶつけるかのよう。クリーンボイスは『ずっと真夜中でいいのに。』・ACAねのようで、時折感じるしゃがれた声は『GLIM SPANKY』・松尾レミの如く。捨て去ったはずの情熱が心の奥底から引きずり出されていくようで、完璧なまでに不器用なロックンロールが眠っていた感情を呼び覚まさせる。それはまるで長い夜を切り裂くチェーンソー、火花を散らすようなパワーコード、核爆発。
「すげえ──」
吉澤は多幸感に包まれながら、辺りをきょろきょろと見渡した。最高にロックで豪快な弾き語りにもかかわらず、客はほとんどいない。将来スターになるかもしれないのに、見る目のない奴らだ──と、内心ほくそ笑まないではいられない。
「……?」
しかし吉澤は何かが引っかかるような気がして、ウルフカットの女子高生に目を凝らした。ワイシャツの上にまとうパーカーと、チェック柄のスカート。自分の高校と同じ制服だ。それと、夜鷹のように鋭い目つき、刃物のように光る金色のインナーカラー。『ATELIER Z』の赤いボディを抱えながら、何かを訴えかけるように都会の喧騒に魂の歌声をぶつける。冷や汗をかきながら、吉澤は一言呟いた。
「…………渡辺楓香だ」
天才の正体は、学年一の嫌われ者だった。
演奏曲:キルミー/SUNNY CAR WASH
次話以降も心を込めて書いていきます。ご贔屓にしていただければ幸いです。