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 小刀を使って毛皮を剥いでいく。

 解体は、中々に大変な作業だ。

 幾ら俺に力があると言っても、こうした作業では所々でしか役に立たない。

 鹿や猪は食う為に、何度も解体してるけれど、狼は少しだけ勝手が変わる。

 爪とか牙とか、気を付けないと危ないし。


 麓が近ければ白い狼の骸をそのまま担いでいくんだけれど、今回は人里が少しばかり遠かった。

 気温も暖かな季節だし、途中で腐敗が始まりかねない。


 持っていくのは毛皮と魂核と、大きめの爪牙を数本のみ。

 血、肉、骨といった不要な物は、穴を掘ってそこに埋める。

 魂核を抜いてしまえば、妖の骸も単なる血肉の塊だ。

 やがては地に還り、草木の滋養となるだろう。


 逆に言うと、魂核は適切に処置せねば、再び妖が生まれる可能性があった。

 例えば、魂核で動く大鎧も、魂核を動力源とする加工が甘ければ、大鎧を魂核が乗っ取った、傀鎧(くがい)と言う妖と化す場合があるらしい。

 他にも妖の魂核から力を引き出して術を使う妖術師は、妖の魂核の影響を受ける為、邪悪に堕ち易いそうだ。


 まぁ、それを教えてくれたのは師なので、単に師が妖術師を嫌って偏見を持ってるって可能性も皆無じゃないけれど、俺はあの人の言葉は正しいと信じてる。

 つまり魂核の扱いには細心の注意が必要だって事だった。


 解体を進めていくと出てきたのは、直径が二寸(6センチメートル)程の白い珠。

 これが白の妖の魂核だ。

 妖の格を示す黒や白、黄、赤、青、紫等の色は、この魂核の色から付けられている。

 ちなみに無位の妖は魂核を持たない。


 確実に妖の誕生を防ぐなら、砕いてしまうのが一番だけれど、今回はできれば売りたいと思うから、簡易の処置を施す。

 尤も処置といっても、こんな場所でもできるのだから、大して手間のかかる事じゃなかった。

 腰に吊るした水を入れた革袋を取り、魂核に少し掛けるだけ。

 するとジュッと音がして、魂核の色が薄くなる。

 処置はこれだけだ。


 清き水は妖の力を遠ざけ、弱める。

 塩があれば尚良いが、白の魂核に簡易の処置を施すだけなら、そこまでしなくとも十分だ。

 昼間だったら、水も惜しんで天日に晒すところだが、生憎と既に日は沈んでる。

 今夜はこの山道で野宿をしなきゃならない。


 辺りは、そんなに派手じゃなかったとはいえ、戦いがあったとは思えない程、シンと静まり返ってた。

 作業を終えた俺は、手頃な岩に腰掛けて、空を見上げる。

 平地より高いところにいるからだろうか?

 空の月は何時もよりも大きく、綺麗だ。


 師なら、月を見て何か一つくらい歌を捻り出すんだろうけれど、俺にはそこまでの詩才はない。

 だけど師だったら、歌を詠むのに才は不要。

 上手い下手ではなく、心を素直に言葉にして出せるかどうかだ。

 なんて風に言うんだろうから……。


「見守っててくれて、ありがとう」

 月に向かって、俺はそう言ってみる。

 あぁ、くそう、やっぱりとても、恥ずかしい。

 誰が聞いてる訳でもないんだけれど、何をやってるんだろうって気分になってしまう。


 だけど少し、気分は晴れた。

 確かに心を言葉にする事には、師が言うように意味があるのかもしれない。


 朝になれば、このまま山越えだ。

 来た宿場町に戻っても良いが、それでは行ったり来たりの二度手間になってしまう。

 山道を越えて向こう側に辿り着けば、同じような宿場町があるそうだから、そこで事情を話して妖の毛皮を見せればいい。

 安全が確認されて人が通るようになれば、来た宿場町にも報せは伝わる。


 宿の主や宿場町の男衆、それに他の人達も、皆、喜んでくれるだろうか。

 山道を越えた旅人が来れば、きっと喜んでくれる筈。

 俺は月に見守られながら、穏やかな気持ちで、岩に腰掛けたまま、少し微睡む。



 それから数日後、俺は弘安家の領内を北東に向かって歩いてた。

 聞いてた通り、道は広くて整備されてて、暮らす人々の表情も明るい。

 余所で起きている戦乱なんて、ここらじゃまるで無縁なのだろう。


 弘安家とて戦をしていない訳じゃないけれど、強い領主は自分の領内では戦わないのだ。

 攻められるよりも先に攻め、敵対領主と領地を接する場所には、堅固な要塞や城を築く。

 争うならば他人の領地で。

 それを徹底してる為、弘安家の領内は荒れず穏やかで、生産力が高い。

 よく言うならば自分の領地をちゃんと守れていて、悪く言うならば強者が弱者に負を押し付けている。


 これが善いのか悪いのかは、俺には判断が付かなかった。

 弘安家の領内に住む人々にとっては善く、代わりに戦で荒らされた領地に住む人々にとっては悪いだろうから。

 ただ、領主が自分の領地を守る事に全力を尽くすのは当然なので、弘安家の当主は恐らく名君と呼ばれる筈。


 白い狼の毛皮や牙は、宿場町で売り払って路銀の足しにした。

 宿場町では山道の安全が確認されたら、別に報酬を払うと言ってくれたのだが、足止めを食らうのもなんだったので、それに関しては受け取っていない。

 だがそれでも毛皮や牙は随分な金になって、……ここに来るまでには幾つかの関があったけれど、通行税を払ってもまだ随分と余ってる。

 魂核はまだ持っていて、時々天日に晒してた。

 これも領都に辿り着いたら売る心算だ。

 伝手はないが、実はあては一つある。

 もしもそこで売れなかったら、残念だが砕くより他にないけれど。


 田畑が広がり、道を行き交う人が多い。

 のどかな光景に、思わず俺は欠伸を漏らす。


 弘安家の領都は、もうすぐそこだった。



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