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 宿の主が持たせてくれた干し肉をしがみながら、山道を登る。

 干し肉を何度も何度もガシガシと噛めば、口に中には濃いうま味が溢れ出た。

 これは鹿の干し肉か。


 死を忌まわしく思うのに、死んだ生き物の肉で腹を満たす。

 これは大いに矛盾だろう。

 だが多くの生き物は、他者を喰らって生きていた。

 それが草木であろうと肉であろうと、大きな違いがありはしない。

 草木を喰う生き物は、肉を喰う生き物に食われ、肉を喰う生き物も死を迎えれば骸は土に還り、草木を育てる滋養となる。


 他者を喰らわねば、飢えて己の命を落とす。

 それが自然の摂理であった。

 ならばどうして死を忌まわしく思うのか。

 恐らくそれは、自らの、それから親しい誰かの、死を連想するからだろう。

 多くの生き物を食べて生きる自分や、親しい誰かも、何時かはこうして他の生き物の糧となる。

 そう思ってしまうから、遠い生き物、例えば草木の死には思い入れがなければ共感し難く、獣の死には幾らかの忌まわしさを覚え、人の死には強くそれを感じるのだ。


 天の神々は、一体何を考えて、やがて死ぬ定めの生き物を創り出したのか。

 もし仮に神々と言葉を交わす機会があれば、それは問うてみたいと思う。


 まぁ、小難しい事を考えながらでも、噛む鹿の干し肉は美味い。 

 鹿以外に食いでのある獣と言えば猪がいるが、あちらは干すよりも焼いたり、香草と一緒に煮込むのも美味かった。

 猪の魅力は脂の美味さだ。

 そう言えば、もう暫く猪を食べた記憶がない。

 弘安家の領都では、猪を狩る機会なんてそうはなさそうだし、この旅の最中に、一頭くらい出くわしてくれないだろうか。



 とりとめのない思考を続けながらも、歩くこと暫く。

 日は西へ大きく傾き、遥か地平の彼方へ沈もうとし始めた。

 そろそろだろうか。


 山道は、普通の旅人の足で越えるのに二日程度掛かるそうだ。

 だったら俺なら、軽めに走れば一日掛からずに越えられるとは思う。

 しかしそんな事をすれば、下手をすると妖に出会わずに向こう側に辿り着く。

 それに少しでも頭の回る妖なら、走って山越えをしようって奴は、警戒して襲ってこない。

 だから今は、わざとゆっくりと山道を歩いてた。


 妖の活動は、昼間よりも夜の方が活発である。

 その理由は定かではないが、特に下級の妖は強い日の光の下では、力が上手く発揮できないそうだ。

 実際、宿場町の男衆が遠くから妖を見付けたのも、日の光を避けるように岩場で休んでいるところだったらしい。

 もし仮に、彼らが妖を見掛けたのが今のような日暮れ時だったなら、恐らく誰一人として生きて帰れてはいなかっただろう。


 そして、腐敗臭が、鼻を突く。

 ほら、おでましだ。


 行く手を遮るように姿を現したのは、八匹程の狼の群れ。

 そのどれもが、宿場町の男衆が言っていたようにその多くが腐敗した姿をしていて、ところどころ骨まで見えている。

 だが彼らが言っていた、群れの長であろう大きく白い狼は、その姿が見えない。


 なるほど。

 獲物を狩る事に作戦を立てるだけの頭はある妖か。

 武器を持った俺を警戒したか、それとも久しぶりの獲物を確実に仕留めたいのかはわからないが、妖なりに考えてはいる様子。


 タイミングを合わせて、俺は転がり込むように前に跳び、その一撃を避ける。

 その直後、先程まで俺の頭があった辺りで、ガチンと音を立て、巨大な口が閉じられた。


 配下の全てを陽動に使って、静かに俺を仕留めに来たそいつは、宿場町の男衆が言っていた通りの、熊かと思う程に巨大な、真っ白な毛並みの狼。

 間違いなく妖だ。

 見事な不意打ちだったと、素直にそう称賛しよう。

 やはり情報を収集しておいて良かった。

 もしも何も聞かずに山道に入っていたら、目立つ匂いと、腐った姿に騙されて、その存在を見落としていたかもしれない。


 しかし事前にいるとわかっている相手がいなければ、当然ながら警戒する。

 大きな身体の割には見事な隠形の技だったが、警戒した俺には通じない。


「せぇぇのっ!」

 白い狼の不意打ちが失敗した事で、瘴気に動かされる狼の死体達が襲ってきたが、俺が金砕棒を手にして大きく振り回すと、一振りで半数が消し飛んだ。

 瘴気が動かす骸ごとき、素手でも手間取りはしないんだけれど、だからって腐った肉を殴ったり、飛び出す腐汁を浴びたくはない。

 その点、金砕棒の威力なら、それこそ跡形もなく向こうへ消し飛んで、こちらは塵一つ浴びる事もなかった。

 もちろん、骸に憑りついていた瘴気も、一緒くたに消滅してる。

 更にもう一振りで、残る半数も同様に。


 瞬く間に配下を殲滅されて、金砕棒の威力を目の当たりにして、白い狼は逃げ腰になるが、けれども逃がしてやる義理は俺にはない。

 逃げたいなら、すぐさま真っ直ぐ後ろを向いて逃げるべきだった。

 まぁそれでも、俺が全力で追い掛けるから多分無駄だけれど、足の速さが優れていれば、万に一つはあっただろう。

 だが一瞬でもどうするのかを迷って止まれば、それは大きな隙となる。


 巨大な白い狼の面に、俺はできる限り加減をしながら金砕棒を叩き込む。

 妖を退治したと信じてもらうには、この白い狼の毛皮を見せるのが一番早い。

 これだけ見事な白い毛並みなら、売れば大いに路銀の足しにもなるだろう。

 白の妖なら、その魂核を欲しがる者もいる筈だ。

 だから俺は、跡形もなく消し飛ばしてしまわないよう、本当に気を付けながら、優しく白い狼の首を殴り折った。




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[一言] 優しく+殴り折る とか言う何かが間違った組み合わせ
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