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 道なき道も二日も歩けば、崇善家の領地を出て街道に合流した。

 尤も街道と言っても大して整備された道じゃない。

 この辺りでは、道を整備する事によって人の行き来がし易くなるメリットよりも、他領から攻められ易くなるデメリットを問題視するから。

 道は曲がりくねっているし、石もゴロゴロと落ちててガタガタだ。


 ただ、曲がりくねっていたりガタガタの道でも、それに沿って歩いて行けばやがて目的地に辿り着ける。

 落ちてる石は鳥を仕留めるのにも使えるし、そんなに悪い訳じゃない。

 何事も考えようだろう。


 弘安家のような大領主の領地やその周辺では、道は綺麗に整備されているそうだ。

 領地を豊かに発展させるには、人と物の行き来が重要だからというのはもちろんの事、広い領内で速やかに自軍の兵を移動させる為には、広く綺麗な道が必須だからと。

 同じ領主という立場でも、領地の場所や大きさで考え方が真逆というのは面白い。


 所変われば品変わる。

 場所が変われば、当たり前と思っている事が全く違う場合もあるって言葉だ。

 逆に同じ物が、別の場所では違う名で呼ばれてたりもするらしい。

 だから師は、俺に、

「決めつけるな。自分が必ず正しいと思うな。広く物事を、ありのままに受け入れ、考えを止めない事が重要だ。けれどもその上で、急を要する時は自分の判断を疑うな。迷って足を止めるのが一番拙い」

 なんて風に言っていた。


 ちょっと矛盾してるようにも思うけれど、迷ったり悩んだりするのと、考える事は別らしい。

 大切なのは、良く物事を観察し、人の話を聞き、判断の糧にして、動く時は迅速にだそうだ。

 確かにあの人は、何時もそうしてたなぁと、振り返ればそう思う。



 二日間、曲がりくねった道を歩けば、辿り着いたのは山の麓の宿場町。

 山を越えようとする、或いは既に越えてきた旅人が、身体を休める場所だった。


「あぁ、山越え? 今はいかんよ。やめなされ。ここ一ヵ月、向こうから山を越えてきた旅人が一人もおらんのさ。元々、それ程の行き来がある訳じゃないけれどもね」

 だが、宿で足を洗う最中に聞かされたのは、山越えを止めようとする老いた宿の主の言葉。

 宿への滞在を長引かせる為の脅しだろうか?

 一瞬、そんな風にも考えてしまうが、確かにこの宿場町は全体の雰囲気がおかしい。

 旅人が身体を休める場所ならば、もう少しばかり活気があっても良さそうなものだが。


「調べに行った若い衆達が、顔色を変えて戻って来てね。妖の群れを見たって言うんだよ。悪い事は言わんから、今日はここに泊まったら、引き返しなさい。弘安様の都に行きたいんだろうけれど、今は時期が悪い」

 泊ってここで待て、じゃなくて引き返せ。

 どうやら宿の主は、本当に親切で俺を引き留めてくれてるらしい。


 山道を妖が封鎖するというのは、時々だがある話だ。

 人里から遠く、しかし少数の人が通る山道というのは、妖にとって良い狩場となるから。

 もちろん妖を恐れて人が通らなくなれば、やがて妖も狩場を変える。

 或いは腕自慢の武芸者や、陰陽師や符術師といった妖を上回れる強者が、それを狩る事もあるだろう。

 術師の中には、妖の魂核から力を引き出して術を使う、妖術師というのもいるらしいし。

 また妖の魂核は大鎧に欠かせぬ部品だから、領主が討伐隊を派遣する事も考えられた。


 いずれにしても、待っていればやがて山道は再び通れるようになる。

 宿の主は諦め混じりの表情で、今は時期が悪いと繰り返す。


 なるほど、確かに待っていればやがて道は通れるようになるだろう。

 しかしそれが何時なのかはわからず、今、宿の主も、そして宿場町の人も、困ってた。

 ついでに、俺もこの山道が通れないとなると、少しだけ困る。

 いやまぁ、山野に籠る事が趣味の師のお陰で、別に多少は山道を外れても、一つの山くらいなら越えられるが、今はそういう問題じゃない。


 だったらその妖を、俺が退治してやれば、宿の主も、宿場町の人も、きっと喜んでくれる筈だ。

 俺がそう言うと、宿の主は慌てたように、若い命を無駄にするなと止めてきたが、

「これでも師である円行者に鍛えられましたから、多少の妖なら問題ありません。敵いっこない相手なら、戦わずに逃げ帰って来ますから」

 今回も師の名を出して押し通す。

 別に都合よく利用してるってだけじゃなくて、そうした上で妖を退治すれば、更に師の名声を上げる事に繋がると思ったから。


 旅人が行き交う宿場町に宿を構えるだけあって、宿の主も噂話には聡いのだろう。

 高名な修験者の名前は、どうやら知っていたらしい。

 そういう事ならと渋々、くれぐれも無理をしないようにと言って、引き下がってくれた。

 折角心配してくれたのに、申し訳ないなとは、少しばかり思う。


 ただ俺は、知識としては師から色々と教えられたが、世の中の事を本当の意味で理解してるとは言い難い。

 例えば、どうして世が乱れ、人と人が争うのか、俺にはさっぱりわからなかった。

 人の全てが悪しき者で、だからこそ殺し合うのかと言えば、そんな事はない筈だ。

 多くの善き者もいて、その善さの違いが争いになる場合もある。


 では一体、善い、悪いとは何なのか。

 俺にはそれが、まだわからない。


 けれども、それでも困った人を助けるのは、善い事だと思えるから、俺は困った人を助けて、そう、喜んで貰いたいのだろう。

 我ながら単純すぎるとは思うのだが、今はこれが俺の精一杯の判断だ。

 決めつけず。自分が必ず正しいと思わず。広く物事を、ありのままに受け入れ、考えを止めずに学び続ければ、何時かは俺にも善い、悪いが理解できる日が来るかもしれない。

 それまでは、足を止めずに、自分の判断を信じて歩き続ける。



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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは。 今度の作品の主人公である翔は、今のところかなり純朴な人という印象ですね。なかなか世知辛い世界観みたいですし、社会の荒波に揉まれていく内に彼がどう変わっていくのか楽しみです。…
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