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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
二章 忍びと妖術師

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「なるほど、もう旅立つか。忙しない、とは言うまいよ。恐らく君は、君がこの地ですべき事を終えたから旅立つのだろうからね」

 何も言わずに旅立つのは、頼れと言ってくれた人に対して流石に義理が立たないと、挨拶に来た書徳院で、文字法師はそう言った。

 一体、何を、どこまで知っているのか、その表情からは読めない。

 けれども、前に会った時と態度は一つも変わらず、柔和で、そして俺に対して好意的だ。


 何というか、この人を前にすると、不思議と心が落ち着く気がする。

 師や、月影法師と、どこか共通するようで、全く違う魅力を持つ、不思議な高僧。


「そうだね。だが別れを惜しいとは思う。だからまた何時か、この地に遊びに来なさい。その時は、書の手ほどきをしてあげよう」

 時が足りず、文字法師と深く関われなかった事は、実に惜しかったと、そう思う。

 だがこれで良かったのかもしれない。

 あまり深く関わると、この地を離れ難くなっていたかもしれないから。


 次はどこへ行くのかとは、問われなかった。

 ただ、もうまた来るようにとだけ、言ってくれた。

 必要以上を問わない態度が、何故だかとても暖かい。


 寺を出れば、待っていた一華と合流して、そのまま港へと足を向ける。

 忙しない……、か。

 本当にそうだった。


 弘安家の領都もそうだったけれど、滞在期間は長くない。

 しかも、穂積洲でも最も栄えた港がある場所に来たのに、過ごしていたのはずっと陸で、それも大半は山だ。

 船に乗っての仕事もしてみたかったなぁって、そりゃあ少しは思ってる。


 だが振り返って見て見ると、この地で得たものも決して少なくはなかった。

 これまで俺がしてきたのとは全く違う旅の仕方や、物の見方、考え方。

 一華と一緒に過ごして得られたこれらは、俺をまた一つ成長させてくれたから。

 まぁ、後は師が言うところの異変の一つと思わしきものを潰せたことも、得たものの一つに数えていいかもしれない。


「翔様、本当に、穂積洲を出られるのですか?」

 しかしそんな一華とも、港に着けば別れの時だ。

 俺は彼女の問い掛けに、迷う事なく頷く。


 港都を有する良仙家は、穂積洲で最も弘安家から離れた場所の大領主だった。

 この地を離れて別の栄えた場所に行くとなると、穂積洲の中だと、弘安家に近付く形で移動するしかない。

 それは俺がこの地で領主同士の戦に自ら関わった事を含めて、弘安家に少しばかりの不安を与える。

 いや、俺という個人が、大領主である弘安家に不安を与えるなんて、おこがましいにも程はあるんだろうけれども。


 故に俺は、ならばいっそ、穂積洲から離れてしまう事に決めた。

 どのみち、いずれは八洲のあちらこちらを見て回りたいと思っていたし、これもいい機会だと考えて。


天伺洲(あめうかがいのしま)に行くよ。これまで三宝教とは関わりはあったけれど、天教とはあまり関わってこなかったしね。どうせなら八洲の中心を見ておこうと思ってさ」

 そう、俺が向かうのは、天教の、そして八洲の中心とされる地、天伺洲。

 あぁ、もちろん位置的、物理的な中心地は、他ならぬ天に伸びる巨樹、扶桑だろう。

 しかし天伺洲は、人、特に人間にとっての、中心となる場所だった。


 穂積洲で有力な支配者は、弘安家、良仙家を含む、五つの大領主だ。

 だがそんな彼らも、あくまで領主に過ぎず、国の王を名乗ったりはしない。

 というのも、八洲の全てを統べる者は他にいて、全ての領主はその認を受けて、初めて領地の主となれているに過ぎないから。


 この八洲を統べるのは、かつて地の底から怪物が這い出て来た時、天に住まう神々に祈りを届かせた人間、神の愛を受けて人の身でありながら加護により、死から切り離された天子である。

 天伺洲は、そんな天子が座し、神々に祈り続ける場所だ。


 だからと言って良いのかはわからないけれど、天伺洲は外洲の中でも唯一、一つの勢力に統一されている洲だった。

 もちろんその勢力は、天子を中心とする天教で、天伺洲の全ては天領と呼ばれ、天教による統治を受けている。

 なので基本的に、天伺洲では人同士の争いはないという。

 またそういった場所だから、天伺洲には妖も殆ど現れる事なく、本当に平和な場所なんだとか。


 本当にそうなんだとしたら、まさに理想の地であるというべきだが……、俺からしてみると、争いがなく、妖も出て来ないとなると、できる仕事が少なそうだなとも、思う。

 稼げるあてがなさそうだから、見に行くならば、懐に余裕のある今が良い。

 天伺洲では八洲で流通する銅銭、天銭が生産されており、船の出入りが盛んだから、別の外洲に行くにしても立ち寄って損のない場所だった。


「私は、穂積洲の外には、同行する事ができません」

 ただ、天伺洲に向かうなら、一華とはここでお別れだ。

 一華が俺に付けられたのは、護衛と旅の便宜を図る為との名目だったし、それも決して嘘ではなかったけれど、最も主要な役割は、やはり監視である。


 でも俺が穂積洲の外に行ってしまうなら、もう監視の必要はない。

 護衛や、旅の便宜を図るにしても、穂積洲の外は範囲外だと言われれば、それもそうだろうと、俺も思う。

 一華がどうしたいかじゃなくて、彼女の所属する視號の里が、構成員が穂積洲の外に出て行ってしまう事を許さないから。


「そうだね。でも、そのうち穂積洲にも戻ってくるから、その時は連絡をするよ。また一緒に、何か依頼でも請けよう」

 故に一華とはここで別れる。

 ただ領都での、茜や紫藤との別れと違って、言葉で自分がこの先どうするかを伝えられての別れだから、良かったんじゃないだろうか。

 この別れ方は、決して悪くはない筈だ。


「翔様は、一つ所に留まられませんから、捕まえるのは大変そうですけれどね。……お帰りになられるのを、心待ちにしております」

 そう言って、一華も笑う。


 暫し、他愛のない話をしながら港まで歩き、俺は船に乗り込む。

 港都に来る時に乗った、沿岸航海用の船じゃなく、他の外洲に行く為の大きな船に。

 一華は、沿岸航海用の船に乗って、弘安家の領地に帰るだろう。


 お互いの航海が、平穏なものになりますように。

 俺はそう願いながら、海の風を、胸に一杯吸い込む。

 広い海に、船出を告げる太鼓の音が、どぉんと響いた。



ここらでこのお話は一旦完結とします

お付き合いくださってありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[良い点] 旅立ちましたか。 このまま遥か八州の外にまで旅立って何十年も戻ってこないのも、茜主観あたりで真偽不明な伝聞が伝わってくるのもいいなと思ったりしました。 どこでどうあるにしても師匠は全て見て…
[良い点] ひとまずの完結おめでとうございます! まだまだ世界は広いでしょうし、いつかまた翔の冒険が再会するのを楽しみにしています。 それでは今日はこの辺りで失礼致します。
[一言] 一旦完結お疲れ様でした!
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