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妖術師の九人の護衛、もとい九体の黒の妖が、武器を手に飛び掛かって来る。
その動きは、俺が知る黒の妖よりもずっと速い。
飛び退りながら金砕棒を振るい、最も突出した一体を打ち殺す。
伝わってくる手応えは、人とも妖とも付かぬもの。
あぁ、なんて不愉快な手応えだ。
ただ、何となく理解した。
こいつらは間違いなく黒の妖だけれど、元となったのは人の身体。
だからこそ、同時に襲い掛かって来たようでも、元となった身体の性能で、動きの速さに違いがある。
人が自分の身体を壊さぬ為に掛けている制限を外し、そこに黒の妖としての力ものせて、白の妖にも匹敵する動きを実現しているのだろう。
それは実に恐ろしい技術だ。
人の身体を妖に乗っ取らせるって発想もそうだが、実現できてしまう技量、妖の魂核に対する知識も、恐ろしく深い。
この技術、知識は、可能な限りここで葬り去る必要がある。
一体や二体ならともかく、仮にこの八洲に存在する全ての黒の妖が白の妖並の力を得れば、人の生存圏は著しく小さくなってしまう。
妖術師が見せたのは、そこまでの脅威を秘めた技術だった。
だがこの場に限って言うならば、状況はそれ程に悪くない。
何故なら俺は、人を殺すよりも妖を倒す方が、ずっとずっと得意だから。
鍛えられた身体を、妖の力が動かして高い出力を発揮する。
それはもちろん強かろうが、黒が白に匹敵したところで、所詮は俺に届かない。
だったら鍛えられた身体を、人の意思と技術で動かす方が、俺にとってはずっと厄介だったから。
相手を理解した俺は、金砕棒を振るう力を妖向けに変え、襲ってきた残り八体の黒の妖を、三振りで全て、粉々に砕く。
「はっ? 傀儡兵をこうも簡単に蹴散らすだと? かような剛力を振るう術、見た事も聞いた事もない。……貴様、一体何者ぞ」
妖術師が発したのは、これもやはり男か女かの判別が難しい、中庸とした声だった。
しかしそんな事が気にならないくらいに、実に不快で耳に障る。
問われても、名乗ってやる心算はない。
今の俺が妖のフリをしているからなんて関係なく、こんな奴に聞かせてやるには、師が名付けてくれた翔って名前は勿体なさ過ぎるから。
だから俺は、黙って金砕棒を構えた。
「なんと、名乗りもせぬか。術比べの作法も知らぬ猿め。ならば貴様は猿のまま、我が術の前に死ぬがいい」
そう言って妖術師が、たっぷりとゆとりのある衣服の懐から取り出したのは……、妖の魂核。
でもそれは、ただの魂核じゃない、恐らく三つの黄の魂核を繋ぎ合わせて、中心部分が赤く染まった、実に異様な魂核。
全くコイツは、本当に碌でもないし、どうしようもない。
俺がこの妖術師に感じた、黄色以上だが、赤には満たない力の理由も、これでわかった。
それは、見た目は大鎧の中でも、白や黒の従鎧を動かす時に使う、複数の魂核を繋ぎ合わせた物に似ている。
だが同時に、それとは全く別物だ。
白や黒の従鎧を動かす為に、複数の魂核を繋ぎ合わせたところで、別に黒の魂核が白く、白の魂核が黄色くは、なったりしない。
確かに複数の魂核の力を使う事で、従鎧を動かせるだけの出力は得られるのだが、本質的な格が変わったりはしないのだ。
例外は、俺が知る限り、青の大妖である蛟が、己に近く近しい、同じ蛟の青の魂核を取り込んで、紫になった時の一つだけ。
非常に特別な条件が重ならない限り、複数の魂核を揃えたところで、格の上昇が起きたりはしない。
なのにこの妖術師は、完全ではないにしろ、黄の魂核を繋ぎ合わせて、赤に手を届かせている。
あぁ、理解した。
弘安家での異変が蛟であったように、この地の異変は目の前の妖術師だ。
この魂核の格を上昇させる技術が完成し、それが妖にも適応されれば、……数多くの妖が食い合って、紫の大妖となりかねない。
多くの紫の大妖が誕生すれば、それこそこの八洲から、人は絶滅するだろう。
本当に、最悪の存在だ。
ここで俺がこの妖術師に出会ったのが、偶然なのか、必然なのかはわからない。
けれどもその存在を知ってしまった以上は、その技術は妖術師諸共、葬り去って消失させなきゃならなかった。
「怨!」
妖術師の言葉に応じ、その手の魂核が光を放つ。
すると妖術師の影が形を変えてずるりと伸びて、牙を剥き出した顎のように、俺に喰らい付こうとする。
全力で大きく後ろに跳び、宙に張られたそれを足場に、更に大きく跳んで影から逃げた。
俺が足場に使ったのは、一華が木々の間に張り巡らせてくれた鋼の糸だ。
しかしそれでも、影の伸びは想像以上で、その牙は俺が纏った獣の毛皮の一部に届き、それをザクリと引き裂く。
影が形を変えるだけじゃなくて実体化し、物理的な攻撃力を持つとは……。
実に面妖な術だけれど、或いはそれは、術というよりもあの妖術師が持つ魂核の、本来の持ち主である妖が使った能力かもしれない。
だとすると、あと二つは別の能力を、あの魂核は持っていそうだ。
それに加えて魂核の出力だけを利用して、他にも術を使える筈。
何とも、これは本当に厄介である。
俺が金砕棒を振るうしか能がないのに比べて、相手の手札はあまりに多く、その殆どがまだ謎だ。
だが……、そう、それでもやっぱり、あの魂核の力は、本当の赤の妖には届かないのだろう。
以前、赤の妖が俺を喰おうと迫った時の動きは、さっきの影よりもずっと速かった。
なら相手が形を自在に変える影であっても、俺が躱せぬ道理はない。
単純な力の出力は、やっぱり俺が大きく勝る。
そしてこの場は、一華が仕掛けを整えてくれてるから、地の利も大きく俺にあった。
だったら幾ら相手の手札が多くとも、その全てを叩き潰してしまうのみ。




