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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
二章 忍びと妖術師

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 当たり前の話だが、千人の軍勢が集まったと言っても、その全てが一度に列を組んで山道を歩いてやって来るという訳じゃない。

 もしそうだったとしたら逆に見物だったと思うが、千人が列をなす行軍なんて平坦な道でも難しいのだから、山道ならば尚更である。

 またその千人は、主に樺家の関所を抜いた後に戦う為の戦力である為、全員が一緒に動く必要はまるでないから。

 最初に山道に入ったのは、三十人の小さな班。

 これと、間隔をあけてもう二つ同じ班が後に続き、更に十人の班が一つで、合計百人が先遣隊だった。


 崖に掘った拠点から下を覗いて眺めると、小さな人の群れが動く様子がよく見える。

 恐らくあの十人の班が、妖術師とその護衛だろう。

 仮に妖術師でなかったとしても、関所を抜く為の切り札があの班である事は間違いない筈。


 兵士達はゆっくりと山道を歩く。

 樺家と十摩家を結ぶ山道は、狭く、歩きにくい。

 これは樺家を囲む山が険しい事もあるのだけれど、それ以上に道があまり整備も使用もされず、荒れ放題になっているからだ。

 まだしも使用の多い良仙家側、港都へと続く道は、比べ物にならないくらいに歩き易かったから。


 実際、樺家と十摩家を結ぶ山道は、使う利点が殆どない。

 例えば、良仙家の港都から十摩家に行きたいならば、船を使うか、陸路を選ぶにしても大鵜家側の道を通って歩く方が早く安全だろう。

 樺家が特産品の書道具等を売り、逆に必要な品々を買う相手としては、やはり良仙家で事足りた。

 同じように山道を下って、帰りは登って行き来するのなら、そりゃあ穂積洲で最も人と物が集まる場所、良仙家の港都を選ぶに決まっている。


 故に同じ山道でも、良仙家の側は色々と整備をされて、十摩家の側は放置をされて荒れ放題。

 俺達は通っていないけれど、樺家と大鵜家を結ぶ道も同じように、或いはこれ以上に荒れている筈だった。

 樺家が、陸の孤島なんて風に揶揄されるのも、そりゃあ当然だろうと思う。

 しかしその孤島のように行き来がしにくい場所だからこそ、決して大きくない樺家が、これまで生き残ってこれたのだ。


 実際、今回は俺と一華が関与はするけれど、それでも樺家を守るのは、周囲を囲む山である。

 十摩家の兵はなるべく消耗を避ける為に、空が赤くなる前には進軍を停止した。

 山道に、野営が可能な広さはない。

 火を焚いて皆で囲む事も難しいから、思い思いにその場で身を休めるしかないだろう。

 まだ初日なら体力も残っているし、それでもどうにかなるだろうが、二日、三日と続けば、心も体も疲弊していく。

 そして俺は、そんな兵らに僅かな休息すら、まともに取らせる心算がなかった。


 空の日が沈み切る少し前に、休む兵らの近くに忍び寄った俺は、化け物の面を被ってから、

「オオオオオオオオオオオッ!」

 雄叫びを上げて、金砕棒を、周囲の木々に向かって振り回す。

 中級の妖どころか、紫にまでなった大妖すらも打ち殺した金砕棒の破壊力は、掠めただけでも木々を圧し折り薙ぎ倒していく。


 雄叫びと木々の倒れる音、それに混じる倒れてきた木から逃げる兵の悲鳴。

 俺はそんな逃げる兵らの後を追うように、更に数本の木々を薙ぎ倒して、彼らの前に姿を見せる。

 角のある額当てを身に付け、化け物の面を被り、獣の毛皮を厚く着込んだ俺の姿を。

 それは間違いなく、人の姿には見えないだろう。


 ……まぁ、本当に俺が人なのかは、俺自身にだってわからないんだけれども。

 だが少なくとも、今の俺の姿を見た兵は、妖に襲われたと思った筈だ。

 腰が引けながらも大慌てで槍を構え、穂先をこちらに向ける兵らに、俺は苛立たし気な風を装って、

「アアアアアァァァァァァッ!」

 金砕棒を地に打ち付けた。

 ドォンと激しい音と共に、僅かに地が揺れ、そこには一間以上はありそうな、大きな窪みが生まれる。


 すると兵らは槍を捨て、我先にと転がるように、いや、実際に転んで滑り落ちたりしながらも、少しでも俺から遠ざかろうと逃げていく。

 尤も、これ以上は彼らを追う気は、俺にはない。

 初日はこれで十分だ。


 さっきの兵らは、暫くは恐怖で眠る事もできない筈。

 あの狼狽ぶりを見れば、彼らはもう使い物にならないと判断して、山を下ろされる可能性が高い。

 すると別の班の兵らが前を歩く事になるけれど、道を塞ぐ木々を除けても、周囲、それから地に刻んだ破壊の痕跡は残る。

 それを見て、果たして兵は前にすすめるだろうか。

 山を下ろされる兵士の不安は、すぐに十摩家の軍の全体に伝染する。


 仮に進めたとしても、その歩みは今日よりも遅い。

 また前に進めたなら、明日も俺が彼らを襲う。


 ただ、十摩家の軍に妖術師がいたならば、これが妖の仕業ではないとわかる筈だ。

 妖の力を扱う妖術師が、妖に関して詳しくない訳がない。

 本当に妖の仕業だったら、わざわざ襲っておいて、一人の血も流さずに、襲撃を終えたりはしなかった。

 逃げる兵を追って追って、思う存分に殺そうとするのが妖である。

 流石に、どうやって木々を折り、地を抉ったかはわからないと思うけれど、恐らく妖術師は、何らかの術師が樺家に味方したと見るだろう。


 それを厄介に感じれば、素直に撤退をするかもしれない。

 けれどもその妖術師が己の実力に自信があれば、邪魔者は自分の手で排除しようとする筈。

 妖の不在を証明するか、或いは妖に扮した邪魔者を討ち取らなければ、兵が碌に前に進めないから。


 進軍に時間を掛ければ、良仙家の援軍が樺家にやってくる。

 故に妖術師は退くか、自分が前に出て謎の邪魔者、俺と戦うかを選ばなければならなかった。

 退いてくれれば、楽なんだけれど……。


 まぁ、妖術師なんて輩が、素直に退いてくれるなんて、俺もあまり期待はしてない。




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