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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
二章 忍びと妖術師

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 大鵜家の町から南へ向かえば、十摩家の領地に入るまでは一日程度。

 しかし距離は近くとも、十摩家の領地に入る関所を越えるのは、中々に厄介だった。

 俺達がどこの誰なのか、旅の目的は何なのか、どうして十摩家の領内に入ろうとするのか、事細かな取り調べを受ける。


 もちろん、価格の調査をする為だなんて言えやしない。

 だから作り話をするしかないんだけれど、一華曰く、全てを嘘で固めると、話のアラが出やすいそうだ。

 コツは、ある程度は真実を交えて、聞いた相手が納得し易い話を作る事。


 一華は旅芸人、俺はその護衛の武芸者で、手紙の配達の依頼を受けたついでに、ここらをぐるりと回って特産品を買い集め、樺家の領内で売る心算。

 そしてその金で今度は樺家の特産品である書道具を買えば、港町で売って幾らかの小銭が稼げると考えていると、関所を守る兵士に話す。

 この話は、半分くらいが真実だ。

 手紙の配達の配達のついでに大鵜家、十摩家、樺家の領地を巡るのは事実で、単に他にも依頼を受けていると言ってないだけ。


 特産品を買い集め、樺家の領内で売るのも嘘じゃない。

 塩も買ったし、十摩家の領内では苧麻や布を買うし、それらを持っていてもしょうがないから、樺家の領内で売って身軽になるだろう。

 ただそれも、主目的は十摩家の関所を越える為の理由作りであって、稼ぎはあまり期待していないけれども。


 月影法師から貰った書状を出せば早いんじゃないかとも思ったけれど、それは一華に止められた。

 確かにそれを出せば速やかに身の証は立てられるけれど、兵士の記憶には強く残る。

 つまり、無駄に目立ってしまう。

 今はどこの誰ともわからない、小銭稼ぎを目的する馬の骨に徹する方が得策だと。


 結果、時間は多少かかったが、無事に関所は越えられて、今は十摩家の領内にある町の一つにいる。

 十摩家の領地は広いから、領内でも場所によって多少の物価が違うからと複数の町を巡り、この町で三つ目だ。


「翔様、……今回の仕事が終わったら、この地を離れる事にしませんか?」

 そしてその調査の結果は、どうやらあまり良くないものだったらしい。

 宿の部屋で一華は、真剣な面持ちで俺にそう切り出した。

 俺は数字から事細かな情報を読み取れる訳ではないから、食糧の値が上がるのは戦の兆候とくらいにしかわからないが、彼女にはもう少し深く、何かが見えているのだろう。


「そんなに状況は悪いの?」

 問えば一華は、迷いなく頷く。

 推測が立つだけじゃなく、確信が持てるくらいまでに、状況は進んでしまってるって事か。


「今日、明日にという訳ではないでしょうが、十摩家は明確に戦の準備をしていて、商人もそれに気付いてこれを商機と見ていますね」

 利に聡く、損を避ける商人が動くなら、それは確かに戦が起きる可能性は高い。

 幸いなのは、今日、明日という訳でないなら、もしも十摩家の狙いが樺家だったとしても、帰りの道で十摩家の軍と鉢合わせって事はなさそうだ。

 軍が動く際に集められた兵の中には、乱取りが目的の者も少なくないと聞くから、流れ者の俺達なんて、出くわせば格好の獲物だとしか思われない。

 荷を奪われるだけで命までは取ろうとしない可能性もあるけれど、女の一華はそれだけじゃ済まない筈。


 もちろん集団行動をとる軍に比べれば、二人きりの俺達は身軽だから、捕まらずに逃げられるし、最悪の場合は戦って蹴散らす事も可能だ。

 しかしその場合は、もう手紙の配達や、書道具の買い付けどころの話じゃなくなる。


 但し、俺達が鉢合わせしなくとも、十摩家の軍が他領の村を通ったり、町を襲ったり、城を攻め落とせば、兵はどこかで乱取りをするだろう。

 多くの人が死に、奪われ、不幸になり、涙を流す。

 だが同時に、それはこれまでにも無数に繰り返され、今も八洲のあちらこちらで起きていて、今回のもありふれた一つに過ぎない。

 この地を離れようという一華の言葉は、とても正しい物だった。

 領主が起こす戦になんて、関わっていたらキリがないから。


 でも俺の心は、目の前で起こる不幸を見逃すのを、寝覚めが悪い、嫌だと感じてしまってる。

 それは物凄く浅い同情心、ちっぽけな良心が齎した感情なんだろうけれど、……どうにかしたいというのが、俺の偽らざる本音だった。

 師の、『お前は、事情も分からず他者の争いに首を突っ込んで、一方を殺すのかい?』って言葉が耳に蘇るけれど、俺の気持ちはあの時と同じだ。


「いや、今回の仕事が終わったら、戦いをどうにか止められないか、考えたいなって思う。できる事は少ないかもしれないけれど」

 だから俺は首を横に振り、一華にはっきりとそう告げた。

 彼女が俺の為を思って、この地を離れようと提案してくれた事はわかってる。


「駄目です。それでは翔様が、争いに関わる意思があると、間違った認識を周囲に与える事になります。弘安家が翔様を召し抱えようとしなかったのは、行者様や法師様の縁者だから、俗世に関わろうとはしないだろうと考えたからなのです」

 あぁ、やっぱりそうだったか。

 恐らくそうなんだろうとは、薄々だが察してた。

 つまり俺が戦に、俗世に深く関わろうとする姿勢を見せれば、彼らがそうしない理由はなくなるだろう。

 また一華だって、俺が実際に取った行動を視號の里に、弘安家に報告しない訳にはいかないから。


 ただ、それでも、もう一度俺は首を横に振る。

 それは俺が行動を止める理由にはならない。


「もちろん、俺が先頭に立って十摩家の軍を蹴散らすなんて真似はしないよ。進軍先が北じゃなかったら、そもそも関われもしないだろうしね」

 可能か不可能かで言うなら、俺が十摩家の軍を蹴散らす事はできると思う。

 昼間ならともかく、夜襲を掛ければ、十摩家の軍を大混乱に陥らせられる自信はあった。

 しかしその場合には、大勢の命をこの手で奪わなきゃならなくなる。

 我ながら、我儘だなぁとは思うけれど、やっぱりそれはしたくないのだ。


 十摩家の軍が北以外に、東や南の領地を攻めた場合、介入なんて不可能だろう。

 俺の足が多少早くても、遠く離れた場所の出来事を知って関わるのは、幾らなんでも無理があった。


 北を攻めた場合でも、大鵜家ならば心配はない。

 大鵜家が救援を求めれば、良仙家は十摩家との緩衝地を失わない為に、すぐに助けを出す筈だ。

 そして大鵜家へは、良仙家は海を使ってすぐに兵力を送り込める。


 だから俺が関わるとしたら、十摩家の軍が樺家を攻めた場合のみ。

 樺家の領地も、良仙家にとっては十摩家との緩衝地であり、またそもそも樺家と良仙家の関わりは深いから、助けを出しはするだろうけれど、問題はそれにかかる時間だった。

 海の軍が中心の良仙家が、どれだけの時間で陸の軍を動かせるか。

 しかも樺家の周囲は山に囲まれていて、援軍が届くには時間が掛かる。

 その分、天然の要害は防衛に有利ではあるけれど、十摩家と樺家の力の差を考えると、援軍が届くまで耐えきれるかはわからない。


 いいや、攻める側の十摩家だって、樺家を囲う山の防衛力を知った上で攻めるのだから、突破の手立ては考えている筈。

 恐らく、援軍が届くまでに攻め落とせる自信があるのだろう。

 何らかの、不測の事態がない限りは。


「でも例えば、十摩家の軍が樺家の領地を攻めようとした時、山に妖が現れて軍とぶつかった……、なんて事があったら、良仙家の援軍は間に合いそうだね」

 俺の言葉に、一華は肯定する訳でなく、否定する訳でもなく、ただ、じっとこちらを見つめる。

 それで良いのかと、言わんばかりに。


 きっと俺の行動は、何も正しくない。

 俺がそうする事で、仮に樺家の領内に住む人々が救われたとしよう。

 だが同時に、戦の目的を達成できなかった十摩家の領内に住む人々は、不幸になる。

 また樺家を攻めた報復にと、良仙家が軍を送って、より大きな戦が起きる可能性もあった。

 そこまで大きな戦となれば、次はもう、俺には何もできないというのに。

 ならば或いは樺家が十摩家に飲まれた方が、不幸になる人が少ないかもしれない。


 ただ、それでも俺は、自分にできる事があって、救えるかも知れない目の前の不幸を、単純に何とかしたいのだ。

 本当に傲慢で、未熟で、我儘にも。


「わかりました。では翔様の御心のままに致します。但し一つだけ、この一華と約束してください。十摩家の軍が樺家を攻め、それに私達が関わったなら、その後はすぐにこの地を離れるという約束を」

 そんな俺に、一華は頭を下げて、そう言葉を口にする。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 優しさは美徳では有りますが、時には翔本人が言ってる様に傲慢さに変わってしまう場合もゼロじゃないから注意が必要ですよね。 幸いな事に翔は某赤い弓兵(が英霊になる前、死ぬ…
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