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三宝教は元々八洲の外から入ってきた宗教だ。
天に住む神々を信じる八洲では、外から入って来る宗教とは相性が悪く、殆ど受け入れられなかったが、三宝教だけは例外としてこの地に根を下ろす事に成功してる。
だからだろうか、港都には三宝教の寺が幾つもあって、どこも非常に大きい。
そこにいる僧達も、自分達こそがより教えを読み解いているのだというような自負心、優れた僧であるという意識が強そうだった。
まぁ、鼻持ちならないという程ではなかったけれど、言動の端々に薄らとそれが顔を出す。
ただそれでも、やはり高僧の縁者というのは無碍にはできないらしく、書徳院という寺では最も偉い、寺を預かる高僧が相手をしてくれる。
書徳院は、海を通して入って来る書を広く読み知識を蓄え、徳のある行動を意識する事が、教えの理解に繋がると考える寺らしい。
そのような寺だからか、文字と名乗った高僧は柔和な人のできた人物で、俺の話を楽しそうに聞いてくれた。
どうして俺が双明寺で世話になったのか、そこで一体どんな生活を送ったのか、等々。
大雑把な説明でも良かっただろうに、文字法師がとても楽しそうに相槌を打ってくれるから、思わず些細な事まで話してしまう。
もちろん弘安家の領地を出なければならなくなった経緯等は、問題があるから話せなかったが、その辺りは文字法師もすぐに察してくれて、言葉に詰まっても追及をしてはこなかった。
そして話が終わった後、文字法師は月影法師から貰った書状に関して、まずは文字の見事さや言葉選びを褒めてから、
「何より紙も良い。書いた文字が見栄えするだけでなく、丈夫で長持ちをする物を選んである。これは月影法師が、君をとても大切に思い、長く力添えを行えるようにと考えた心の表われだね」
まさかの紙に関して話し始める。
流石は書を重視する寺の高僧と言うべきか、視点があまりに独特だ。
いや、でもそれは、俺には全く欠けてた視点で、気付きだった。
紙なんて、どれも紙だとしか思ってなかったけれど、月影法師が書状が長持ちするようにって丈夫な紙を選んだのなら、それは確かに心の表われだろう。
人の心がそんな場所にも表れるなんて、思いもよらなかった気付きをくれた事に、俺は思わず文字法師に対して頭が下げる。
同時に月影法師にも、同じように感謝をしながら。
「いや、知らなかった事を知れて、それに感謝をできるなら、君は立派だね。月影法師が君を大切に思う気持ちもわかる。その心に応えて、この港都での滞在中は、私もできる限り力になろう」
どうやら俺は、文字法師にも気に入って貰えたらしい。
これは本当に、ありがたい縁だなって、そう思う。
口入屋への紹介状を貰って、俺は書徳院を後にする。
滞在場所として書徳院を使っても良いとは言われたのだが、今回は連れ、一華がいるし、既に宿を決めてあるからと断った。
何かあれば相談に来るようにとの事だったので、何かがあれば遠慮なく頼るようにはするけれども。
この恩は、やはり返せる時に、積極的に返すようにしよう。
周りを眺めながら宿への道を歩いていると、タタッと一華が小走りに駆け寄って来た。
「ご用事は終わりましたか?」
てっきり宿で待ってるものだと思ったのに、実にご苦労な事である。
別にそんなにずっと一緒にいなくても逃げたりしないし、問題だって起こさないのに。
いや、まぁ、向こうから問題が寄ってきた場合は、その限りじゃないけれども。
「うん、終わったよ。一旦宿に帰る心算だったんだけれど、一華が来たならその必要もなくなったね。飯でも食べに行こうか?」
食事にはまだ早い時間だが、他にする事も思い付かない。
口入屋に行くならもっと早い時間の方が良いだろうし、あぁ、でも紹介状を渡して挨拶し、次に行くまでに仕事を幾つか見繕っておいて貰うというのはありか。
ただ、幸いにも今はまだ懐が十分に温かいから、急いでそうする必要はあまりなかった。
「そうですね……。では宿の近くからぐるりと回り、道を覚えながら飯屋を探すのはどうでしょうか。暫く生活をする場ですし、周囲の把握は早い方が良いかと思います」
一華の生真面目な提案に、俺は頷く。
彼女は、そう、派手な芸人風の格好とは裏腹に、かなり真面目な性格だ。
俺以外には、軽妙な口調で芸人らしいやり取りをしたりもするけれど、恐らくそれは一華の素の振る舞いからは遠かった。
ではどうして旅芸人の真似をしているのかと言えば、女の身であちらこちらに旅をするのに、その恰好が都合良いからだろう。
旅芸人は衣装や小道具等の荷物を多く持ち歩くから、その中に別の何かが紛れ込んでいても見つかり難い。
また娯楽の少ない小さな領地では、娯楽の運び手である旅芸人は歓迎されるから、関所を通り抜けやすいという。
そして旅をする都合上、どうしても危険が付き纏うから、武芸の心得がある事にも、そんなに違和感を持たれないそうだ。
俺の護衛として行動する以上、一華は依頼にも付いて来るらしい。
でも忍びの者だと名乗って付いて来る訳にもいかないし、例えば茜のような鉄砲撃ちでもなければ、符術師や陰陽師のような術も使えないから、武芸の心得がある旅芸人、或いは芸で日銭を稼ぎもする武芸者を装おう心算なんだとか。
だったら普通に武芸者を名乗ればいい気もするが、それもまた違うという。
女があからさまに強い様子を見せると、要らぬ反感を買い易く、問題を引き寄せる。
故に芸と武芸、どちらともつかぬ振る舞いを取り、都合よく使い分けるのが、彼女のやり方なんだとか。
そう言えば、紫藤も実際に話をするまでは、茜を軽めに見てた節があったっけ。
すぐに見方を改めたけれど、荒事の多い世界では、どうしても女という性は軽く見られがちになる。
圧倒的な巨躯でもあれば、性別なんて関係なしに周囲を威圧できるのだけれど……。
まぁ、やむを得ぬ話か。
男に比べて、女が戦いに向かないのは、身体の構造上、仕方がなかった。
絶対に覆せない程の物ではないにしても、多くの場合はそうである。
それでも茜や一華は、その中で自分なりに生きているのだから、俺があれこれと気にする事でもないだろう。
俺は唯、彼女達に優れたる所をそのままに認めれば、それで良い。




