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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
二章 忍びと妖術師

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 船という限られた空間で、乗客は基本的にする事がない。

 海や水夫の仕事を眺めるのも、最初のうちは面白かったが、他人が船を動かす為に働いているのに自分が何もしないで見ているだけというのは、何となく落ち着かないから。


「あん? 釣りがしたいだって? 良いぜ、兄ちゃんと、そっちの姉ちゃんの分、釣竿を貸してやるよ。でも海には落ちないようにな。それと毒のある魚もいるから、釣ったら触る前に俺達に見せなよ」

 どうせ海の上にいるのだからと、魚を釣ってみる事にした。

 手の空いている水夫に頼めば、彼は気っ風のいい性格らしく、快く釣竿を貸してくれる。

 一華が言うには、船での時間を潰すのに、釣りはよく行われる遊びらしい。


 なんというか、感覚の違いに少し驚く。

 俺にとって魚は食べる為に捕まえるものだから、遊びとして釣りを行うという感覚がいまいちわからなかったのだ。

 それに川では、釣竿を使ってチマチマ糸と針を垂らすより、水に入って手掴みするか、印地を打って魚を仕留める方が、俺には手っ取り早かったから、これまで釣りをした経験はなかった。


「確かに翔様のような実力者なら、小さな川ではその方が早いかもしれません。でも海や大きな川では、水に入って魚を捕まえるのは難しいですし、投げた石も届きませんから、旅をする上で、釣りを覚えるのは有益ですよ」

 そう言いながら、一華は慣れた手つきで釣竿に糸を結わえて針を付ける。

 餌は魚の切り身で、これを針に通すらしい。

 一華は、俺の分も準備しようと申し出てくれたけれど、それは断り、俺は見様見真似で釣竿に糸と針を付けた。

 もちろん、今回だけを見るなら一華に頼った方が良い結果は出るだろうけれど、それじゃあ何時まで経っても覚えられないだろうし。


 四苦八苦しながら準備を終えて、一華に確認して貰った後、俺は海に糸を垂らす。

 するとたったそれだけの事で、海の様子が今までとは違って見えた。

 なんというか、今までは大雑把に、ぼんやりと全体を捉えてた海を、より詳細に、細部を見ようって意識が働いたのだと思う。


「後は魚がいる場所にちゃんと針を落とせたら、餌を付けてるので食い付いてくると思います。上手い方は狙う魚の種類によって、針を落とす深さや竿の動かし方を変えるそうですが、生憎と私もこの辺りの海には詳しくないので……」

 少し申し訳なさそうな様子の一華に、俺は首を横に振る。

 これだけ教えて貰えれば十分だ。

 あぁ、いや、もしかしたら魚を釣り上げるには十分な情報ではないのかもしれないけれど、だったら残りは手探りで色々と試せばいい。

 全く初めての俺が言うのもなんだけれど、きっとその手探りも、釣りの楽しみの一つなんじゃないだろうか。


 広い水面に、糸という点が打たれて、そこが俺にとっての海の中心となった。

 意識を集中すれば、まずはそこからどの程度、針と餌が水中に潜っているのかが、何となくわかるようになる。

 更にそこから、今度は逆に周囲に意識を広げれば、辺りを泳ぐ魚の気配が、薄っすらと感じれるようになっていく。


 俺が気配の捉え方を覚えたのは、山で獣を追い掛けたり、川で魚を捕まえようとしながらだった事を思い出す。

 釣りもまた、同じかもしれない。

 これを何度も何度も繰り返せば、釣り糸を垂らさずとも、水面を見るだけでその下の様子が、何となくわかるようになっていくのだろう。

 海の下、俺にとって未知の世界であるそこが、少しずつ明かされていくようで、魚は俺の針の餌を食べには来なかったが、それでも何となく楽しかった。



 船旅は順調で、特に妖が出てくるような事もなく、船は西へと進む。

 何度か話して親しくなった水夫が教えてくれたが、比較的だが安全な航路を通っているから、妖が出てくるような事は十回の航海に一度くらいしかないという。

 十回に一度も妖に会うなら、陸路に比べれば十分に危険な気はするけれど、彼等にとってはそれで十分に安全だと感じるらしい。


 弘安家の領地から、良仙家の領地までは、その間に幾つも港があって、船は頻繁に、二日に一度は寄港して、夜をそこで過ごす。

 それは、旅人がなるべく野宿を避けて立ち寄った村や町で宿を取るのに、少し似ていた。


 海でも妖の活動は、やはり昼よりも夜の方が活発になるそうだ。

 また見張りの海人の視界も、夜は通り難くなる。

 故に港に寄港できない場合でも、夜は船をなるべく陸地に寄せて、そこで帆を下ろし、停泊して朝を待つ。

 これもまるで野宿のようだ。

 水夫達が交代で夜の見張りをする様も、やっぱりそれを思わせる。

 だからこそ港で過ごす夜は、彼らも安心して体を休められるのだろう。


 ちなみに寄港すると言っても、荷積み、荷下ろしをする水夫以外、つまり乗客は船から降りる事ができない。

 船は領を跨いで移動する為、降りてしまうと港では関所の通行税のように、港町に入る税が課せられてしまうのだ。

 賑やかな港の様子を眺めながら船で過ごすのは、少しばかり苦痛だった。

 もちろん税を払えば港町に入る事はできるけれど、朝にはまた旅立つのに、一晩を過ごす為だけに税を払って港町に入るのは馬鹿馬鹿しいから。


 だがずっと船での生活が続く水夫とは違い、俺達が船で過ごす日数は限られている。

 海の旅が始まって十八日。

 船は目的地である穂積洲の西の端、良仙家が保有するとても大きな港町へと辿り着く。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 釣り糸を垂らしたときの描写が美しくて息を飲みました。 一人称小説の醍醐味であるそのひとならでは見えているもの感じ取れているもの(見えていないもの理解していないもの)を感じます。 武芸者なら…
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