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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
二章 忍びと妖術師

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 弘安家の領都を出て五日。

 胴川沿いに北に歩けば、見えてくるのは海辺の町だ。

 実は川を下る船を使えば、もっと早く海辺の町には着いたのだけれど、何となく歩きたい気分だったから、俺は徒歩を選んでる。

 もしかすると、俺も後ろ髪を引かれてて、名残を惜しんでいたのかもしれない。


 海辺の町を目指す理由は、そこには港があって、船が出ているからだった。

 あぁ、当然ながらその船は、川を行き来してる船じゃなくて、海を渡って八洲のあちらこちらに行ける船である。


 弘安家の領地から、別の大領主の領地へ向かう場合、陸路だと他の領主の領地を跨がねばならない。

 するとその度に関所を通り、通行税を取られる事になるので、場合によっては海路、船を使った方が安くなるそうだ。

 そしてその傾向は、向かう先が遠ければ遠い程に顕著になるという。

 だったらいっそ、船を使って穂積洲の逆側に行ってみるのも面白いかと、そんな風に思ったから。

 流石にまだ、穂積洲から出てしまう踏ん切りは付かないけれど、いずれは船で八洲の全てを回ってみるのも、きっと面白いだろう。


 それから海辺の町では、そう、海の魚が沢山食える。

 双明寺で世話になった光念は海辺の出身で、彼は浜焼きというのが美味いと言っていた。

 何でも作ってる最中の熱い塩に魚を埋めて、その熱で蒸して焼いた料理らしい。

 こればかりは、領都がどんなに発展してて、色んな物が集まってくると言っても、食べられる料理じゃないそうだ。

 そんな話を聞かされたら、もう、絶対に食べたくなるに決まってるじゃないか。


 ただ、海辺の町に入る前に、気になる事が一つあった。

 二日程前から、時折ではあるが誰かに監視されてる視線を感じるのだ。

 この感覚には、覚えがある。

 以前に行商人の護衛として、視號の里に向かった時、里の近くで幾度となく感じた視線にとても近かった。

 つまり今、俺を監視してるのは、視號の里の忍びだろう。


 野外で俺に見付からずに潜める手並みは、やっぱり見事と称賛するより他にない。

 もちろん移動と潜伏は同時にはできないだろうから、複数人で俺を監視している筈。

 さて、そんな人手を割いてまで、俺に何の用があるというのか。


 まぁ、俺が船で弘安家の領内を出ようとしてると知れば、もう用はないとばかりに監視を切り上げるか、或いは接触して来ると思う。

 だから今は、……俺から何か動く必要は、別にないか。



 海辺の町は、領都とはまた違った雰囲気の、活気のある場所だ。

 領都の活気は人の多さによって生み出されているが、こちらは本当に行き交う人の誰もが表情に活力を漲らせていて、勢いがある。

 また領都程ではないものの、海辺の町も十分に、これまで俺が見て来た場所の中では有数に、人が多い。

 人が多ければ問題が起きるのも常だけれど、ここの人達はとても前向きな様子に見えた。


 船の行き来で人と物が流れ込み、仕事は多くて金を得られ、更に海からの恵みを得られる為、食べる物が豊富で飢えにくいのか。

 月影法師に教わった自然の理では、水は正しく流れ続ければ、淀みが生まれずに澄むという。

 それと同じように、ここには人と物が流れ込み、それからまた別の場所に流れていく為、やはり淀みが生まれにくいのだろう。

 いや、人が集まり生活をしていて問題がない場所なんてないだろうから、生まれる淀みも表面の流れによって、見えにくいのがより正しいか。


「そこの物騒な物を担いだ兄ちゃん、旅の武芸者かい? 焼けた貝を喰ってかないか? 安くしとくよ」

 流れ者を恐れたり嫌ったりする様子もなく、通りを歩いているとそんな声も掛けられる。

 見れば大きな七輪の上で、石のようなものが幾つも炭火で焼かれていた。

 そう、見た目はほぼ石なのだが、焼けて漂う匂いは何とも言えず、食欲を誘う。

 腹が鳴いて足を止めろというので、仕方なく足を止め、貝とやらを凝視する。


 どうやら貝といっても、黒かったり白かったり、色んな見た目の物があるらしい。

 あぁ、こちらの貝は、箱のように蓋が開いて、食えそうな中身が見える。

 つまり貝とは、こうした殻の中身が食えるのだろう。

 しかしこっちのグルグルとした殻の貝は、どこから食うのか見当もつかなかった。


「幾つか欲しいんだけれども、これはどうやって食べたらいい?」

 まぁ、わからなければ聞けばいいか。

 取り敢えず買う事に決めて、懐から銅銭を取り出す。


「ははぁ、兄ちゃん、海は初めてかい。だったら俺が教えてやらぁよ。まぁ、こいつはわかるだろう。この口を開けた貝の中身を喰うだけさ。でもこっちの壺貝は、上手く蓋を取ってやらなきゃいけない。すると中身がふたにくっ付いてくるんだが、中身も捻じれてるから気を付けな」

 すると貝を売る男は機嫌良く、その食べ方を身振り手振りを交えて教えてくれた。

 もちろん商売だからというのはあるんだろうけれど、それでもその態度は気易くて、とても親切だ。

 グルグルとした貝、壺貝とやらはちょっと難しそうだったので、食うべき中身が見えた貝を幾つか購入し、男が教えてくれた通りの仕草で端を指で持ち、口に運ぶ。

 中身に齧り付けば、熱い汁気が口の中に広がって、少しだけ驚く。

 俺じゃなかったら、もしかしたら火傷してたんじゃないだろうか。

 でも同時に広がる美味さは、熱さ以上の衝撃だ。


 男が指差す箱には中身のない殻が捨てられていて、俺もそこに殻を放る。

 そして次の貝を口に運ぶが、やはり美味い。


「酒が欲しくなる、たまらない味だろ。兄ちゃんは飲めるかい?」

 なんて風に男は問うてくるが、俺は首を横に振った。

 酒はまだ飲まないと決めている。

 ただ、俺としてはどちらかといえば、貝の味は米の飯が欲しくなってしまう。

 どこか、領都で食べた魚の干物と似た美味さがあった。


 これが海の美味さだろうか。

 そんな風に考えると、ちょっと面白い。

 口に広がる香りは、海から流れてくる匂いと、少し似てる。


 それから少しの間、俺は男に質問をしながら貝を喰い、礼を言ってその場を後にした。

 金を払う客ではあっても、いい経験をさせて貰えた事には間違いないから。


 俺が乗ろうと思ってる船は、毎日やってくる訳じゃないという。

 数日に一度、港にやって来ては、荷を下ろしたり荷を積んだりして、一日か二日は停泊し、それからまた別の港に向かって旅立つ。

 だから船に乗って別の町へ行く予定だとしても、宿の確保はした方が良いとの事だった。


 まぁ、急ぐ旅でもないのだし、ゆっくりとこの町を楽しんでから、船に乗るのも悪くない。




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― 新着の感想 ―
[一言] 酒を飲んだら蛟を倒した英雄が蟒蛇になるとかそういう?
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