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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

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 ふと目を覚ませば、俺は布団の上に寝かされていた。

 ……場所は、見覚えがある。

 ここは双明寺だ。


 確か、俺は蛟と戦っていた筈なんだけれど?

 不思議に思いながら身体を起こそうとすると、妙に重たい。

 そして何故か、俺の右手は金砕棒の柄を握りしめてる。

 衣服は、双明寺で貸してくれる寝間着で、左手で額を探ると、額当てには角が生えてた。


 つまり、蛟と戦って、新しい額当てを師から貰った事は、夢じゃない。

 だったら俺は、戦いの後に意識を失って、ここまで運ばれたって事だろうか?

 南の山から、領都の双明寺まで何日も掛かるのに、その間ずっと寝たままで?


 驚きながらも金砕棒を放そうとして、指が固まって動かない事に気付く。

 左手を使って、右手の指を一本ずつ伸ばしていけば、それで漸く金砕棒を手放せた。


 駄目だ。

 わからない事が多過ぎる。

 あの後、どうなったんだろう?

 蛟はちゃんと倒せたんだろうか?


 立ち上がろうとしても、身体に力が入らない。

 本当に、どのくらいの時間、寝たままだったのか。


 疑問が頭を渦巻き、体は動かない。

 なのに、俺の目が覚めたからだろうか、腹はぐぅぅぅと、大きな音で自己主張をした。

 いや、違う。

 俺の腹が鳴ったのは、微かに漂う匂いを鼻が嗅ぎ付けたからだ。


 そして襖が開いて中へと入って入って来たのは、手に膳を持った月影法師。

「おや、目覚められましたか。10日程も眠っておられたので、もう目覚めぬのかと思いましたぞ」

 身を起こしてる俺を見て目を丸くしてから、月影法師は笑う。

 10日って、寝坊にも程がある。

 というか、10日も寝っぱなしだったって事は……、まさか俺は、シモの世話もされていたのだろうか。

 起きた時、布団に粗相をしたような痕跡、感覚はなかった。


 しかし人間とは少し違うようだけれど、俺も生き物ではあるので、食べる必要はあるし、食べれば出るものは出る。

 その跡がないって事は、あぁ、うん、そうした世話もされていたのだろう。

 いや、考えない様にしようか。

 深く考えても、絶対に幸せにはなれそうにない。 


「さて、食べられますかな? 隠円君によると消耗が激しいだけで、身体に異常はないだろうとの事でしたが」

 ここで名前が出るって事は、俺をここに運んだのは師か。

 俺は頷き、まずは自分の右手を見詰めて、ゆっくりと握って開いてを繰り返す。

 あぁ、少しぎこちないが、ちゃんと動く。

 これなら動かしてる間に動きの滑らかさも取り戻せるだろうし、今でも匙を握るくらいならできる筈。


 差し出されたのは、柔らかく炊かれた粥。

 匙で掬って口に運べば、味は薄いが、体中に染みわたるように美味かった。

 ガツガツと貪りたかったが、10日も寝ていた自分がそんな真似をすればいい結果にならないだろう事くらいは流石にわかるので、ゆっくりと噛み締めるように、食べる。

 そんな俺を月影法師は柔らかな笑みを浮かべながら見守っていて、暫く、俺が粥を啜る音だけが部屋に響く。


 ゆっくりと食べた心算だったが、それでも粥の椀はすぐに空になった。

 元より、あまり多くの量が入っていなかったのだ。


「次の食事は、もっと量を増やしても構わんでしょうな。さて、では、恐らく翔君も気になってるでしょうから、私にわかる範囲で状況をお教えしましょう」

 実に有難い。

 食事もそうだったけれど、月影法師は的確に、今の俺が欲する物を与えようとしてくれていた。

 身体はまず食事を求めたが、心は情報を、あれからどうなったかを知る事を求めてる。


「まず最初に、蛟は討伐されました。私の願いに応えて戦い、この地を救ってくださった事、誠に感謝いたします」

 そう言って深々と、月影法師は頭を下げた。

 普段なら、妖の討伐くらいは大した事じゃないっていうところだけれど、今回は流石に月影法師の態度も決して大仰じゃないと思う。

 いや、本当に大変だったし。

 だが、苦労はしたけれど、どうやら喜んで貰えたみたいだから、十分に報われた。

 

「ですが公には、蛟は高名な行者の助けを受けた弘安家が討伐した。そういう事になっております。隠円君がそうするようにと、進言して取り計らったようです」

 なるほど、師らしい計らいだ。

 弘安家の祖は蛟を討ってこの地を得、領主となった。

 故に再び現れた蛟を討ったのも弘安家でなければ、この地の支配の正当性が揺らぐ。


 もちろん積み重ねてきた信頼があるから、弘安家の支配が覆されはしないにしても、他の領から突かれる小さな穴にはなりかねない。

 そんな事に巻き込まれるなんて、俺はもちろん、師だって真っ平ごめんだったのだろう。


「ただ、翔君の戦いぶりは討伐軍の多くに目撃されております。師である円行者が施した、鬼神の術によるものだと説明はされたようですが、今、彼等の前に出てしまうと、君は英雄とされるかもしれません」

 あぁ、それは厄介な話だった。

 その彼らに、悪意はないのだろう。

 いや、それどころか純粋に善意で、俺の働きが公に認められて欲しいとすら思ってくれているのかもしれない。

 恐れられるよりはずっと良いけれど、それでも英雄扱いは、俺にとって毒にしかならないのに。


 俺が英雄扱いをされて、蛟の討伐で功があったものとされれば、相対的に弘安家の評価が下がる。

 そうなると俺は弘安家の支配の正当性を揺るがす、この地にとっての邪魔者になりかねなかった。

 確かにあの戦いで蛟を討ったのは、俺と師の働きによるところが大きいだろう。

 しかし多くの妖を討ち取り、蛟の下に辿り着くのは、弘安家やその家臣、それから集められた強者達、討伐隊の皆の力があったからこそ。


 その中の幾らかが、俺の戦いで命が助かって、無事に帰って来れて、喜んでくれてるなら、もうそれで十分だ。

 世間でもてはやされたところで、身動きが取り難くなるだけである。


「では動けるようになったら、暫くは領都を離れるべきですね」

 だから俺は、そうせざるを得ない。

 折角、紫藤との賭けに勝ったのに、彼の奢りを受ける事ができなくなったのは、少しばかり残念だが。

 あの酒肆で、茜と散々に飲み食いをしようと思ってたのに。

 ……まぁ、俺は酒は飲めないから、専ら食うばかりだっただろうけれども。


 紫藤と茜には、礼の手紙を書いておこう。

 組んでくれて、多く助けてくれた事への感謝の手紙を。

 月影法師に預けておけば、きっと良いように取り計らってくれる。


「弘安家に仕えるという道もありますぞ。翔君の功と武力なら重臣にも取り立てられ、存分に富貴を楽しめましょう」

 なんて事を月影法師は言うけれど、俺はそれに苦笑いを返す。

 その道には、自分でも思った以上に、魅力を全く感じなかったから。

 黙って首を横に振ると、月影法師も苦笑いを浮かべた。


「まぁ、隠円君も、翔君ならそうするだろうと言っておりましたな。そして、君がそうした場合、置いて行く手紙を渡して欲しいと」

 あぁ、師は、俺の事をよくわかってるから、どうするかなんてお見通しだろう。

 それにしても、俺を双明寺に預けた後、師はどこかへ行ったのか。

 あの人らしいと言えばあの人らしいけれど、なんて薄情者なんだ。

 俺が目覚めるまで、10日くらいは待っててくれても良かったろうに。


 ……でも、それが独り立ちしたって事なのか。

 師は俺を一人前と認めてくれてる。

 だからいずれ、再びどこかで出会うだろうと、ここにずっと留まって俺が起きるのを待っててくれたりはしなかった。

 少し、寂しくは思うけれども、次に会ったその時に、口に饅頭を捻じ込んでやろう。


 茜や紫藤にしてもそうだ。

 俺はあの二人が凄いって知ってるから、今は別れても、これが今生の別れではなく、いずれは会えるだろうと思ってる。

 そういう事か。

 以前に月影法師は、俺と師が似てるって言ったけれど、本当にそうなのかもしれない。



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