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 過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 この言葉を師に教わったのは、確か俺が六歳の秋、栗を落とそうと木を蹴って、栗の木を圧し折ってしまった時だ。

 今なら揺すって落とすけれど、あの頃の俺は少しだけやんちゃで、加減を知らなかったから。


 言葉の意味は、やり過ぎるのはあまり良くないって意味である。

 力が足りなければ栗は落ちないが、強過ぎると木を圧し折ってしまう。

 まぁ、普通はこんな風にはならないんだがと、師は少し困った風に笑いながら、俺を諭した。

 長く修業をしてる師は、幾つかの不思議な術を使うが、それでも圧し折れてしまった木は戻せない。


 それまで師は何でもできるものだと思ってたから、そうじゃない事に驚いたし、あぁ、俺の力が異常に強いのだって自覚したのもその頃だ。

 実を落としただけなら、栗の木は次の秋にも実が生るが、圧し折ってしまった木はもう実を付けはしないから。

「お前の力で片っ端から栗の木を折っていくと、来年からはもう栗が食えないぞ」

 栗のイガを割りながら、師はそう教えてくれた。


 それからは、俺もなるべく加減を意識してる。

 尤も、それでもついうっかりと、調子に乗ったりして力を入れ過ぎてしまう事は、多々あるのだけれども。

 ……そう、今回のように。


 ぶっ飛ばすだけの心算だった従鎧は、俺の金砕棒の一撃で砕け散った。

 いや、流石に十八尺もあるから全部が消し飛んだって訳じゃないんだけれど、三分の一くらいはごっそりと削れただろうか。

 残った部分もひしゃげてるし、もはや使い物にはならないだろう。

 明らかにやり過ぎた。

 突然の事に、賊だけじゃなくて村人も唖然としてる。


 ぶっ飛ばして動けなくなる程度に壊して、賊を脅かして動揺させ、その間に全員を殴り飛ばす心算はあったんだけれど、ここまで派手な全壊させる予定じゃなかった。

 言い訳をさせて貰うと、この従鎧とやらが思ったよりも脆かったのが悪い。

 ぶっ飛ばして動けなくなる程度に壊す心算はあったけれど、ここまでする心算はなかったのだ。

 だって如何にも硬そうな、重厚そうな見た目をしてるのに、意外と中身はスカスカだった。

 恐らく大鎧としての格が低く、使われている魂核の出力が少ない為に、少しでも軽くする事で動き易くしてるんだろうけれど、期待外れにも程がある。


「おっ……、お前……?」

 だがやり過ぎてしまった事に、俺が動揺していてはいけない。

 今回はやり過ぎてはいるけれど、及ばざるよりはずっとマシな結果が出てる。

 驚き過ぎてまともに声も発せない賊の一人が、それでも絞り出した誰何の言葉を、俺は金砕棒でドンと地を突く事で遮った。


「武器を捨てて降参しろ。さもなければお前達は全員、アレになる」

 賊達はやはり傭兵らしく、その面構えは如何にも古強者と言わんばかりの顔ぶれだ。

 普段だったらまだ齢十四でしかない俺の言葉なんて、子供扱いはされないにしても、若造が生意気なとばかりに取り合って貰えないだろう。

 しかしその俺の足りなさを補って有り余るくらいに全壊した従鎧は迫力に満ちて、これ以上なく賊らを脅す。

 何しろ壊れてしまった従鎧は、賊達にとっては武力の象徴だったから、自分が同じようにされる姿を彼らは容易に想像できる。


 そう考えると、むしろ派手に従鎧を壊した事は、賊の心を圧し折る役には立ったらしい。

 一人が慌てたように武器を捨てると、他の賊もそれに倣って次々に武器を手放して投降した。



「お助け下さって、本当にありがとうございます。あの大鎧をも一撃で破壊する武勇、さぞや名のあるお武家様でしょう。どうかそのお名前をお聞かせ願えませんでしょうか」

 賊の拘束が終わった後、村人の中から、最も身なりの良い一人、名主と思わしき男が前に出て、俺に向かってそう言葉を発する。

 ほんの少しだけ、声を恐怖に震わせながら。

 あぁ、うん、派手な従鎧の破壊は、賊の心を圧し折る役には立ったけれど、やっぱり村人をも怖がらせてしまうって弊害があったか。

 こうなると予想してたから、賊を脅す程度に加減はしたかったんだけれど、……いや、人命がより確実に助かったのだから、今回は善しとしよう。


 さて、どうにかこの恐怖を解いて安堵させてやりたいが、ここはやはり、師の高名に縋るか。


「いえ、武家ではありませぬ。俺……、私は翔と申します。師である円行者にこの村の窮地を教えられ、大急ぎで駆け付けた次第。未熟故に加減ができず、驚かせてしまい申し訳ない」

 氏素性というのは、その人を保証する物だ。

 師の名前を出した途端に、名主の表情はパッと明るくなる。

 俺の素性を知った事で、名主の中では、どこの誰ともわからない、助けてくれはしたけれど強烈な暴力を見せ付けて、ある意味で賊よりも怖い存在から、高名な行者の弟子になった。

 別にそれで俺自身が変わった訳では全くなくても、身元の保証があるだけで、人の印象は変わるのだ。


 もちろん嘘は何一つ言ってなかった。

 この村の窮地を俺に教えたのは師だし、独り立ちだと言われたが、破門された訳じゃないので弟子を名乗る事も嘘にはならない。

 

「おぉ、円行者様のお弟子殿とは! このような村を見ていて下さったとは、本当にありがたい事です」

 だが師の名の威力は非常に大きかったらしく、名主ばかりではなく他の村人からも拝まれそうになる。

 そういえば、師は昔、この辺りの村に井戸の掘り方を教えたり、作物に虫が付かなくなる方法を教えたって言ってたっけ。

 行者というと山野に籠って修行に明け暮れる物好きだが、こうした村の人々から見ると、徳の高い知識人になるのだろう。

 俺はもちろん、師だって天に住まうという神々ではないのだから、礼を言われる程度ならともかく、拝まれるのはやり過ぎだ。


 でも、うん、ここの村人たちを救えて良かったなぁって、そう思う。

 大急ぎの独り立ちにはなってしまって、師との別れを惜しむ暇さえなかったが、この結果は悪くない。

 照れくさくて、自然と笑みは零れて、ついでに張っていた気も抜けたせいか、俺の腹がグゥと大きな音を立てた。



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