29
術の余波に吹き飛ばされて、強く地に叩き付けられる。
ゴロゴロと地を転がり、全身に痛みが走るけれど、何とか身を起こせば、湖からはしゅうしゅうと音を立てて蒸気が立ち上ってた。
いや、蒸気を立てているのは湖じゃなくて、雷に焼かれた蛟の身体か。
一体どうして、雷が木の属性なんだろう。
この結果を見る限り、火の方が近いと思うんだけれど……。
蛟の状態は凄惨の一言だ。
雷の直撃を受けたのであろう片側の頭は完全に真っ黒な炭と化していて、余波を受けたのであろうもう片側の頭も、半ばまで焼け爛れている。
殻から抜け出し切れていなかった胴部も焼けていて、香ばしく、焦げ臭い匂いが風に流れて漂う。
しかしそんな状況でも、まだ蛟は生きている。
焼け爛れただけの片側の頭、そこに残った最後の目が、ハッキリと俺を睨み付けた。
そして俺が金砕棒を杖代わりに立ち上がると同時に、その片側の頭が、炭化した頭と焼けた胴の半分以上を切り離す。
まるで二度目の脱皮のように、使い物にならなくなった部分からずるりと抜け出して、俺に向かって迫りくる。
蛟の大きさは、最初の三分の一程度だろうか。
本来ならばそれでも十分に大きいのだけれども、最初が最初だっただけに、今は何だか随分とみすぼらしく見えてしまう。
迎え撃つ為に金砕棒を構えれば、蛟は急に突撃を止めて、代わりに口からベッと大量の黒い何かを吐き出した。
猛烈に嫌な予感を覚え、金砕棒を振って散らして直撃を避ければ、周囲に散った黒い何かはじゅうじゅうと煙を上げながら、土や石を焼いて溶かしていく。
強酸?
いや、これは毒液か。
周囲から上がった煙に触れただけで、肌はピリピリと、目には刺すような痛みが走る。
ある種の蛇の毒は、相手を焼き溶かす消化液を兼ねるという。
師と暮らしていた頃、人里に立ち寄った際に蛇に噛まれた古傷を見る機会はあったから、そうした知識はあったのに。
けれどもまさか、こんな土壇場まで毒液を吐ける事をひた隠しにしてるなんて、しかも俺を潰す為だけにその能力を見せるなんて、あまりにも想定外だったから。
咄嗟に呼吸は止めたけれど、それでも痛みと驚きに、俺の動きは一瞬だが鈍った。
蛟が隠していた能力を晒したのは、その一瞬の隙を作る為だ。
当然ながらその隙を見逃してくれる筈はない。
近付けば金砕棒で殴り返される可能性があると考えたのか、蛟はごぼりと、大きく喉を膨らませる。
さっきとは比べ物にならない、散らせない程の量の毒液で、確実に俺を仕留める為に。
そんなに俺に恨みがあるんだろうか。
確かに、脱皮の最中の蛟を何度も何度も殴り付けたが、より大きな損傷を与えたのは師の落雷の術の方だ。
……いや、でも蛟は師の姿を確認してた訳じゃないから、もしかしてあの落雷も俺のせいになってるのか。
それは激しく納得がいかない。
釈然としないながらも、毒液を少しでも散らして生き残る可能性を増やそうと、俺は金砕棒を握りしめる。
けれどもその時、ダァンと、ここ数日で何度も聞いた音が響く。
その直後に、蛟の残った最後の目、その上で小さな火花が散って、驚いた蛟は自分の周囲に溜めた毒液を撒き散らした。
特別な銀を被せた弾でも、蛟の目を潰す事はできなかった様子だが、それでも確実に、蛟を驚かせて怖がらせたのだ。
あぁ、今の一発が、どこから撃たれたのかは、わからない。
それを確認してる余裕はなかったから。
しかし本当に、大したタマって言葉がぴったりだ。
何時からそれを狙っていたのか。
胆力も、腕も一級品で申し分ない。
俺は心底、良い仲間に恵まれた。
大きく踏み出し、前に出る。
動く為に息を吸えば、喉が激しく痛んだが、関係ない。
一呼吸、一瞬だけでも全力を出す空気が得られれば、後の事はきっとどうにかなるだろう。
地を駆け、勢いを得れば大きく跳び、金砕棒を振り被る。
小細工は要らない。
隙は仲間が作ってくれた。
真っ直ぐ、全力で、もうこの後は考えず、怒りと疲労と喜びと残った活力と、全てを滅茶苦茶にひっくるめて、
「く゛た゛は゛れ゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ!」
金砕棒でぶっとばす。
振り下ろしの一撃は、ぐしゃりと、確かに蛟の頭を砕く。
その後の事は何も覚えていないけれど、一つだけ。
全力の、何もかもを籠めた会心の一撃を炸裂させるのは、猛烈に楽しくて、気持ちが良かった。




