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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

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 吹き飛ばされてもそれだけは手放さなかった金砕棒を肩に担ぎ、俺は脱皮を始めた蛟を目指して、湖の水面を走る。

 そんな真似をするのは流石に初めてだが、師に貼られた身を軽くするという符のお陰か、多少のコツは要るものの身体が水に沈む事はない。

 身体の調子は、あんなに派手に吹き飛ばされたとは思えないくらいに好調だ。

 何より、新しい額当てがしっくりときて、何だかとても気分が良かった。


 討伐軍は、蛇巳丸の喪失と蛟の変化に、ほぼ士気は圧し折られている。

 脱皮中の蛟から発せられる圧に、逃げる事すらままならない状態だ。

 このままでは、脱皮を終えた蛟に皆殺しにされるだろう。

 尤も逃げたところで、紫の大妖となった蛟はいずれ辺り一帯を滅ぼすだろうから、結果としては大差はないのだが。


 とはいえそれをさせる訳にはいかない。

 あそこには茜や紫藤がいて、領都には月影法師や光念、他にも世話になった人がいる。

 師に独り立ちだと言われてから、まだあまり時間は経ってないけれど、それでも人との関わりを幾つも持った。

 それを妖なんぞに奪われる事は、絶対に嫌だ。


 蛟の頭の裂け目は、少しずつ大きくなっている。

 きっともはや自分に敵はないとばかりに、気も大きくなっているのだろう。

 だが、気持ちよく脱皮を終わらせてなんかやらない。


「いいか、まずお前がするべきは、脱皮の邪魔をして皮の中から不完全な蛟を叩き出す事だ。そうすれば、蛟が完全に力を発揮できるようになるまで、幾許かの時間が稼げる」

 師はそんな風に言っていた。

 だからこれは師の指示でもあるけれど、守りたい人を殺させぬ為、それからついでに、盛大に吹き飛ばされた恨みも込めて、俺は水面を蹴って大きく跳ぶ。

 狙うは蛟の顎の下。

 頭の裂け目からその中身が飛び出すようにと、全力で振り上げた金砕棒で、蛟の顎をぶっ飛ばす。


 蛟の頭部が大きく跳ね上がって、その身体が水中に倒れる。

 互いの力をぶつけ合うならともかく、一方的に殴る分には、俺が吹き飛ばされる事はない。

 つまり蛟の脱皮が終わるまでは、こうして殴り放題という訳だ。

 蛟が紫の大妖になりつつあるのだとしても、今は動けもしない相手を、恐れる理由はどこにもなかった。


 水面に向かって落下しながら振り下ろしの二撃目を胴体に。

 そしてその胴を足場に走ってまた跳んで、次は水面に浮いた蛟の頭の、その裂け目に三撃目を叩き込む。


 加減は一切必要ない。

 一撃一撃が、全身全霊だ。

 けれども不思議な事に、一撃よりも二撃目、二撃目よりも三撃目の方が、強い攻撃を放てている気がした。

 まるで蛟の力が増すのに合わせるように、金砕棒の威力が上がっていく。

 自分の武器の事ながら、実に不思議な代物だ。

 でも今は、それを疑問に思う暇があるなら、一撃でも多く蛟に攻撃を加えなければならない。

 殴打し、殴打し、殴打し、殴打する。


 やがて、ずるりと頭の裂け目から、新しい蛟の頭が慌てたように飛び出す。

 その頭は、青の妖であった頃よりも二回りは小さくて、……それから頭は一つではなく、二つあった。

 成功だ。

 完全に一つとなって完成する前に、殻の中から叩き出せた。


 一つの頭に二つずつ、合計で四つ光る眼は、紫色に輝いていて、蛟が既に紫の大妖となった事を示してる。

 しかしその力を、蛟は完全に自分の物にはしていない。

 体内から溢れる力を受け止める器は、まだ未完成のままだ。


「お師さん!」

 俺は、そう叫んで蛟から大きく跳び離れる。

 これから師が使う大技に、自分が巻き込まれてしまわないように。

 師なら遠くにいても、俺の叫びを聞き逃しはすまい。

 そして蛟は、頭こそ殻から飛び出したものの、胴の半分以上は未だに脱皮を終えていなかった。

 自由に動けない以上、それから逃れる事は不可能だ。


 遥か向こうで、師が結ぶ印や、唱える呪は、流石に見えないし聞こえない。

 でも今から何が起こるのかは、おおよその予測が付いた。


 以前ならばわからなかったが、今の俺は、月影法師に自然の理を一部とはいえ教わったから、師が何をしようとしているのか、薄っすらとわかる。

 蛟は、水の妖だ。

 これは陰と陽の属性とはまた別の、五行という分類で、蛟は水の属性の影響が強いって意味だった。

 陰陽も含めて語るならば、蛟は水の陰の気に満ちた妖になる。

 妖は、怪物の息を受けて狂ってはいるけれど、それでもこの世界の、つまりは自然の理が適用される存在だ。

 だからこそ自然に干渉して大雨を降らせるなんて真似ができるんだろう。


 水の属性に対して優位に立つ、相克するのは土の属性である。

 けれども湖に陣取った蛟を土の属性で攻撃するには、それこそ山崩れを起こして湖ごとを埋めてしまうくらいの事をしなきゃならない。

 師なら、できてしまいそうな気はするけれど、そうなると周囲の被害も甚大だ。

 そして俺の師は、相手の苦手な属性での力攻めを選ぶような、素直な性格はしていない。


 ならば師が選ぶのは、蛟の発する強大な力を利用して、それを別の属性に転じさせて攻撃を行う事。

 先程の五行の考え方では、水生木。

 水は木を育てる。

 水の属性は木の属性に変換される。


 今、空には蛟の呼んだ濃い雨雲が、ずっと雨を降らしていた。

 師の右手の指は、その雨雲が立ち込める天を示し、左手の指は真っ直ぐに蛟を示す。


「落ちよ雷霆! 神鳴る力を受けるがいい!!」

 遥かに遠くにいる筈の師の声が、それでも俺の耳に確かに届く。

 次の瞬間、雨雲は大きな雷を生んで、それは真っ直ぐに蛟に落ち、視界は真っ白な光で埋まった。



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