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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

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 大きく弾き飛ばされた俺の身体は湖の上を越え、山の岩肌にぶつかり、弾き飛ばされた勢いに意識の薄れた俺は受け身すら取れない。

 そうなる筈だった。


 けれどもこの身が岩肌にぶつかる直前、ふんわりと、とは言わずとも誰かにしっかりと受け止められる。

 そんなの、どう考えても人間業じゃない。

 湖を飛び越す勢いで弾き飛ばされた俺を受け止めようとすれば、激突して諸共に終わるのが関の山だ。


 しかしその誰かは確かに俺を受け止めて、

「おぅい、捨吉。お前、その様はなかろうよ」

 ……捨吉と呼ぶ。

 薄れていた意識が、あまりの衝撃に戻って来る。

 俺を捨吉と呼ぶ人なんて、心当たりは殆どない。


「えっ、お師さん?」

 それは俺の師、円行者だ。

 実は現実の俺は既に岩肌に叩き付けられていて、夢でも見てるんじゃないだろうか。

 そんな風に思ってしまうくらい、ここに師がいるなんてありえなかったけれど、俺を受け止めてる手の感触、声の響きには、間違いなく覚えがあった。


「そう、お前のお師匠だ。辺りの村人を避難させた後に様子を見に来たら、お前がすっ飛んで来て焦ったよ。しかしな、捨吉。私がやった翔って名前は、あんな蛇に吹き飛ばされろって意味じゃない」

 あぁ、実に師らしい物言いだった。

 皮肉ってるのか、心配してるのか、はっきりとしない言葉。

 そうか、麓の村が無人だったのは、師が避難をさせていたからか。


 山々に起きた異変の影響を受けるのは、弘安家の領内だけじゃない。

 更に南の地にも、雨は降り続けていたのだろう。

 そうなると、南の地で修行を重ねる師が、この異変に気付いたとしてもおかしくはなかった。

 他の誰かならともかく、師ならば確かに、あの状態からでも俺を受け止めるくらいは簡単だろう。


 そして地に下ろされた俺は、ふと額に風を感じる事に気付く。

 何時外れて、落としてしまったんだろう。

 弾き飛ばされた時か、それとも蛟を目掛けて駆け出した時か。

 隠すものを失った俺の額には、小さな角が二本生えてる。

 以前はもう少し小さかった筈なのに、今はもう、小さくとも言い訳の余地がないくらいに、紛れもない角が。


「まぁ、青とはいえ大妖なんて初めて目の当たりにしたら、衝動に飲まれるのも無理もないか。ほら、これを着けなさい。次に会ったら渡そうと、私がこしらえておいた物だ」

 そう言って師は、以前と同じように懐から額当てを取り出す。

 しかしその額当ては、表には二本の突起、そう、角が生えていて、裏側にはその突起に部分に凹みがあった。

 丁度、そこに俺の角がはまるように、誂えてあったのだ。


 一体、師はどこまで俺の事を知ってるんだろうか。

 角が伸びたのも、師にはわかっていたんだろうか。

 蛟を見た時に覚えた、あの額の疼きの正体も。

 衝動に飲まれたって言ってたけれど、それはどういう意味なのか。

 聞きたい事があり過ぎて、声を上げようとした時、けれども師はスッと指でそれを示す。


「ほら、見えるだろう。お前に殴られて気を失った蛟を、大鎧が仕留めようとしてる。だけど、あれはよくない。どうしてここに持ってきてしまったのか。青の大鎧を動かしてる魂核は、あの蛟の兄弟だ」

 師の指先を視線で追えば、今まさに蛟の頭部を貫こうと、長い大太刀を振りかざし蛇巳丸が、そのままピタリと動きを止めた。

 そしてまるで鼓動するかのように、ずくずくと、青い光を強く、弱く、放ち始める。


「以前に教えた事があるだろう。傀鎧だよ。大鎧は確かに偉大な発明だ。妖の力を人の力に変える。そのお陰で人の版図は広がったと言っていい。けれども、それでも妖を弄ぶ事にはどうしたって危うさが付き纏う」

 傀鎧とは、動力にされた魂核の処理が甘かった場合に起きる、大鎧の乗っ取りだ。

 大鎧を新たな身体として、魂核が妖として蘇る。

 けれども蛇巳丸は、弘安家の祖から長年受け継がれた家宝。

 使われている魂核の処理が甘いなんて、考えられない事だった。

 それならどうして、これまで長い間、傀鎧にならなかったのか。


「そりゃあ、目の前で大事な兄弟を、それも自分の手で殺されそうになったからさ。その兆候はあっただろうに」

 己の大鎧の異変を察したか、蛇巳丸の腹が開き、弘安家の当主がそこから転がり出る。

 蛇巳丸の腹の中は、外よりもより強く、青い光を放つ。


 まるで師の言い方だと、大事な兄弟を殺されそうになったから、蛇巳丸の魂核が怒り、人の手を離れたと言ってるように聞こえた。

 妖が、他の誰かを大切に思うなんて事が、果たして本当にあるのだろうか。

 人を食い殺し、踏みにじる化け物の、妖が。


 ……だが、兆候があった筈と言われれば、確かにそうかもしれない。

 今回の大雨が蛟の仕業だと判断されたのは、蛇巳丸が鳴いたから、繋がりの深い妖が近くにいるとわかったと、月影法師は言っていた。

 蛟が弘安家に敵意を持つのは、祖が別の蛟を殺し、その魂核を使って蛇巳丸を作ったからだろうとも。

 そう、相手が妖だからとそれを軽視していたが、蛟に情がある事は、最初からわかっていた筈だ。

 軽視が故に見誤り、事態はどうしようもない程に、悪くなってる。


「まぁ妖の情は、人が思うそれとは違うだろうさ。それよりも重要なのはここからだ。あそこにいる二体の妖は繋がりが深い同格で、一体はそのまま、もう一体は別の何かに変容してる。すると連中はどうする?」

 弘安家の当主が、配下に助けられる傍らで、蛟がその目を開いた。

 蛟の目も、蛇巳丸……、いや、傀鎧と同じ青に光ってる。

 そしてその目には、もう人間の姿は映っていない。

 兄弟であるという傀鎧だけを蛟は見ていて、大きく口を開くと、バクリとそれを飲み込んだ。


 まるで歓喜するように、天を仰いで、声にならない音をその口から放つ。

 眼の光は、どんどん青が濃くなっていく。

 それからビシリと、蛟の頭に裂け目が入った。

 裂け目からは光が、それも紫色の光が溢れ出す。


「脱皮が終われば、あれは紫の大妖だ。その気になれば、容易くこの辺り一帯から人は消えてしまうだろうね。弘安家の領地も、他の領地も関係なく」

 なのに師はごく平然と、そんな言葉を口にする。

 蛟の脱皮を見抜き、その果てにあるものもわかって、どうしてそんなに平然としていられるのだろう。

 俺には師がわからない。

 一体その目には、何が見えているというのか。


「だがね、捨吉、いや、翔よ。お前は自分の力が倍になって、急に上手く動けるかい? そんなの、どこの誰にだって無理だろうさ。つまり、あれを倒すなら今って事だ」

 そう言って師は、ニヤリと笑った。



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