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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

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 紫藤が加わってから、俺達が妖を狩る速度は更に上がった。

 技量はともかく、俺のように多くの妖を蹴散らせる身体能力は、紫藤にはない。

 だから自然と、茜の援護射撃は紫藤へと向けられるようになる。

 しかしその援護射撃のお陰で俺に付いてこれた紫藤が、より効果的な形で支援してくれるようになったのだ。


「翔、下がれ! 矢が来るぞ!」

 腕が立つのはもちろんだが、紫藤の優れたところは、その視野の広さにもある。

 その言葉に咄嗟に後ろに跳んで下がれば、間もなく唸りを上げて飛んで来た矢が、妖の身体を貫く。

 人では放てぬ大きな矢は、赤の大鎧が放ったもの。

 今回の戦いで、最も多く中級の妖を屠ったのは、恐らくあの赤の大鎧だと思われた。


 俺が妖から離れたと見るや、即座に矢を放ったその腕前は見事の一言。

 しかしそれと同様に、敵の只中にありながらも、後方の赤の大鎧が狙いを付けている事まで察する紫藤の視野の広さには、驚嘆するより他にない。


 そりゃあ千鳥流の門下生達も、紫藤のお陰で命を落とさずに済んだと言う訳だ。

 彼の視野の広さなら、門下生の誰が苦戦して、窮地に陥っているかも把握して、即座に助けに入れただろう。

 何しろ見えるだけでなく、他人を助けられるだけの腕も紫藤は兼ね備えているのだから。


 お陰で、実に戦い易い。

 金砕棒を振り回し、目の前の妖を蹴散らして、次に戦うべき相手を目指す。

 俺は難しい事を何も考えず、敵陣を切り裂く刃、もとい敵陣を破壊する金砕棒としての機能を果たすだけで良かった。

 横合いから飛び掛かろうとしていた妖は、紫藤の槍に頭部を貫かれている。

 


 そうして、俺達は戦って戦って戦って、漸くその場所に辿り着く。

 なだらかな傾斜を登り切り、次は逆に少し下りになった場所の先に、大きく広がる湖に。

 本来なら、ここから眺める湖は、さぞや美しい姿をしているのだろう。


 しかし今、その湖には激しい雨が降り注ぎ、増えた水の中で蛟の身体が蜷局を巻いていた。

 水が増えた湖の、三分の一程がその巨体で埋まってる。

 俺が倒した赤の妖、巨大蛇も常軌を逸した大きさだったが、蛟は更に倍以上だ。

 そう、ここまで来るともう大きいとか巨大じゃなくて、大規模とか、膨大なとか、そんな言葉がふさわしい。


 蛟はやって来た討伐軍を、否、その中央にいる総大将、弘安家の当主が乗り込んだ蛇巳丸の姿を見据えてる。

 まるで他は目に入らないといった態度だが、……いや、それも当然か。

 ここまで規模の大きな相手だと、殆ど徒歩の兵にはできる事はもうなかった。


 攻撃する意図がなくとも、蛟が普通に動くだけで、徒歩の兵は押し潰されて壊滅だ。

 手持ちの武器が届く範囲に近付く事も難しいから、こうなると達人の技ですら、もうあまり意味はないだろう。

 弓等の遠距離攻撃なら、相手に届きはするだろうが、それも相手の質量が大き過ぎて、皮や鱗を貫けそうにない。

 故に、ここで前に出るのは、赤や黄の大鎧と、それから蛇巳丸のみ。


 だけど俺は、蛟の姿を目にした瞬間から、ずくずくと額がうずいてる。

 金砕棒を握る手にも自然と力が入ってて、俺は始まった、大鎧と蛟の戦いを、睨み付けるようにして凝視し続けた。

 少しでも、何か、自分が介入できる隙を探す為に。


 戦いの中心となったのはやはり蛇巳丸、ではなくて弓を扱う赤の大鎧。

 先程、達人の技にあまり意味はなく、弓では皮や鱗を貫けそうにないと言ったが、大鎧なら話は別だ。

 大鎧の膂力と扱う武器の大きさに達人の技が乗ると、放たれた矢はずぶりと蛟の身体に突き刺さり、悲鳴の声を上げさせる。

 そして反撃に食らい付こうとした蛟の顔を、蛇巳丸の握る大太刀が切り裂いた。


 どうやら弘安家の当主も、達人並とは言わないが、それなりの腕があるらしい。

 まぁ、乗り手に腕前がなければ最大戦力である蛇巳丸を活かせないから、弘安家の当主には鍛錬も必要とされるのだろう。


 弓を扱う赤の大鎧はもちろん、他の大鎧も湖には踏み込まなかった。

 湖は蛟の得手とする場所で、踏み込めば何が待っているかわからない。

 だから蛟が攻撃を加えようと身を乗り出したところを狙って、先程の蛇巳丸のように、他の大鎧も手持ちの武器を叩き付ける。


 もちろん蛟が湖から身を出さなければ、手持ちの武器での攻撃は届かないだろう。

 しかしそうすると、弓を扱う赤の大鎧に、一方的に矢を撃ち込まれる。

 だからと言って猛烈に攻撃しようとしても、初動に矢を撃ち込まれて、動きが鈍る。

 攻めるもさせず、引くもさせない。

 戦いの場を支配し、思いのままに動かしているのは、間違いなく赤の大鎧の乗り手だった。


 けれども攻撃が通じる程度で倒せるならば、妖はここまで人々に恐れられはしない。

 怪物の息を受けて狂い、当時から存在し続けてると言われる大妖は、妖を生み出す祖であるとされる。

 ここに辿り着くまで倒した数多い妖は、全てこの大妖である蛟を祖として生まれたものだろう。

 蛟を木の幹に例えるならば、赤や黄の妖は枝で、白や黒の妖は葉や芽に過ぎない。

 無位の妖は、特定の季節に撒き散らす粉の類か。

 要するにその他の全てを合わせても、幹である蛟の力の方が、大きく強い。


 また大鎧も、これまでの戦いでなるべく温存はされてきたが、それでも激戦が続いた為に消耗は溜まっている。

 互いを削り合うような我慢比べになったなら、どちらに軍配が上がるかは、明らかだろう。

 討伐軍の大鎧は、一見優勢に戦いを進めているようでありながらも、その実は、じわりじわりと追い込まれていく。


 弘安家の当主も馬鹿ではない。

 川が氾濫するかも知れないという焦りはあっても、手持ちの戦力で勝てると判断したからこそ、討伐軍を動かした。

 ただ、大妖の力が、想像を超えて強大だっただけだ。

 そしてそれも無理はないだろう。

 大昔から存在する大妖の力を直接目の当たりにする事態なんて、人の短い一生では、普通はあり得ない筈だから。

 そもそも、大妖がそんなに気楽に動いていたら、今頃は八洲に人は残っていない。


 赤の大鎧の矢が尽きる。

 蛟の圧力が増した為、状況を支配し続けるには温存する余地もなく、矢を使わされ続けたから。

 つまりそれは、状況の支配者が、赤の大鎧から蛟に変わったという事だ。


 行動を阻害する矢の攻撃がなくなるや否や、蛟の攻撃は苛烈になった。

 多少の切り付けは無視して強引に、蛟が黄の大鎧に頭を叩き付ける。

 一撃で、黄の大鎧は粉々だ。

 乗り手の武家も、あれでは生きてはいないだろう。


 それを見た瞬間、思わず、俺は駆け出す。

 心が叫ぶ。

 アレを許すなと。


 後ろで何か声がしたけれど、その言葉を理解するよりも速くに駆けた俺は地を蹴り跳んでいて、蛇巳丸を足場にもう一度跳んで、金砕棒を振り被る。

 蛟は、再び頭を叩き付けようと大きく振りかぶっていて、その叩きつけと俺の金砕棒が、空中で激しくぶつかり合って、互いに逆方向へと弾け飛ぶ。


 これまで、殆どの状況で、俺は一方的に金砕棒で相手を吹き飛ばし、或いは消し飛ばしてきた。

 それは恐らく、金砕棒の真の重さ、攻撃の威力が、常に相手を大きく上回っていたからだ。

 けれども今回、俺の金砕棒は確かに相手の頭部を弾き飛ばしたが、同時に俺の身体も逆方向に回転しながら飛ばされてしまっていて、それは同等の重さ、威力の攻撃同士がぶつかり合った事を意味すると、理解する間もなく、俺の意識はスッと遠のく。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 翔、初めての敗戦(?)ってとこでしょうか? 強いとは思ってましたが、まだ修行中なのに現状全力の一撃がクソデカい図体の蛟のヘッドバットと同等の威力だったとは…そりゃ蛟以…
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