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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

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 じわり、じわりと討伐軍は山を攻め落として行く。

 戦いで薙ぎ倒された木々を後方に送ったりもしているので、やっている事はまさに山の破壊だ。

 雨のせいで緩んだ地盤が崩れたりもする。

 そうした時に活躍するのは重量、力のある大鎧で、武家の自慢の大鎧達も、今は見るも無残な泥だらけになっていた。


 討伐軍の士気は高く、次々に妖を討ち取っているが、犠牲者も少なくない。

 紫藤と千鳥流の組も、黄の妖を討ち取るという、徒歩の中では有数の武功を稼いだが、半数近くが怪我で戦闘不能に陥った。

 その怪我人の全員が口を揃えて言ったのが、紫藤がいなければ死んでいたし、黄の妖を討ち取るなんて不可能だったという言葉。

 前々から思っていたが、紫藤はやはり、紛れもない達人の類なのだろう。


 何故、紫藤は千鳥流の師範代であって、師範ではないのか。

 その辺りは少し、不思議に思う。

 紫藤程に強ければ、道場を継いだり、或いは分派や独立して道場を興したりできそうなものだけれども。

 千鳥流の師範が余程に強いのか、それとも紫藤がその師範に何か恩があるのか。


 尤も、それでも賭けは俺達の勝ちだ。

 ただ今は、賭けの勝ちよりもこの戦いの勝利を、心から望む。



 日が暮れると、討伐軍の攻撃も一旦止まり、麓に張った陣まで引き上げ、夜が明ければ再び攻める。

 夜の間に妖が奇襲を仕掛けて来る事もあったし、動かず平穏に朝を迎える日もあった。


 山の攻略を城攻めに例えたが、どちらも同じように一日で終わる戦いじゃない。

 しかし討伐軍には、領都の術師達が川の氾濫を抑えている間という、時間制限がある。

 もちろんそちらに参加している術師の助力があれば、討伐はより捗っただろう。


 だが弘安家は領内の民の生活を守る為、貴重な戦力をそちらに回してでも、川の氾濫を抑える事を選んだから。

 可能な限り、その努力を無駄にしたくはなかった。


 幸いだったのは、群れの主である大妖の蛟がいる場所は、山の中腹にある大きな湖であろうという事。

 山は大きいが、中腹までの傾斜はなだらかで、邪魔になる木々を排除しさえすれば、大鎧でも登って行ける。

 もしも蛟が山の頂上に陣取っていたら、辿り着くのは困難だったし、時間も絶望的に足りなかった。

 水場を好む蛟の性質が、こちらの有利に働いた形だ。


「すまん、俺をそっちに加えてくれないか。賭けはもちろん俺達の負けで構わない」

 戦いが始まって三日目の夜、俺達を訪ねて来てそう言ったのは、紫藤。

 千鳥流の組はどうするのかと問えば、多くが怪我で戦えなくなった為、残った門下生には彼らを連れて後方に下がるように命じたらしい。

 降り続ける雨に体力を削られ、戦いの気配が濃いこの場所では、怪我は悪化こそすれ、治癒になんて向かう筈がないからと。


 ではどうして紫藤は一人残って戦いを続けるのだろうか。

 それこそ後ろに下がる門下生の指揮を執った方が、彼らだって安心すると思うのに。


「いや、途中で全員が抜けると終わった後の褒賞が減らされるかもしれんだろ。千鳥流は最後まで戦ったって実績がいるんだよ。それに、怪我でもう槍が握れなさそうな奴がいる。あいつには少しでも多くの金を持たせてやりたい」

 なるほど。

 怪我で戦う力を失った門下生が、次の道を探せるように、より多くの金が必要という訳か。

 領都を守る戦いで負った怪我だ。

 名誉の負傷と褒め称えられはされるが、今の道を諦めなければならない事に変わりはない。

 新しく商売を始めるにしろ、何らかの別の技術を身に付けるにしろ、金があれば選べる選択肢も多くなるだろう。


 だから紫藤はここに留まって戦うし、可能であれば俺達に合流して、より多くの武功を稼ぐ事を望んでる。

 そういう事なら俺に異はない。

 故にこの是非を決めるのは茜の役割だった。


 俺はもう何度も茜に助けられているから、彼女が二人の方が戦い易いというならば、この申し出は断ろう。

 尤も二人で戦ってると言っても、茜はずっと足場にする為に従鎧を巻き込んでるし、そこに一人増えるくらいは今更だから。


「そういう事ならもちろん構わないけれど、紫藤さんは前衛よね。アタシはコイツがあるから後ろからでも届くけれど、大丈夫? 翔は無茶ばっかりするから、ついて行くのは大変だと思うよ」

 頷き、それから首を傾げて、茜はそんな言葉を口にする。

 いや、うん、まぁ、そうかもしれない。

 この戦いが始まってから、ずっと無茶をしてる自覚はあった。


 だが自覚はあっても、止まる気はないし、もう止まれないのが実情だ。

 千鳥流の門下生達が戦いから抜けたように、傷付いた多くの兵が戦いから離脱してる。

 怪我で離脱した場合はまだ良いが、命を落としてしまった者も少なくはない。

 赤や黄の大鎧にはまだ動けなくなる程の破損はでていないが、従鎧は既に幾つも破壊されていた。

 けれども、或いはそれ故にと言うべきか、残っているのは誰も彼もが強者だ。


 妖側もそれは同じで、戦場から無位の濁りの姿は消え、赤や黄の中級の妖が出てくる頻度が高くなってる。

 つまり戦場の全てが、どんどん先鋭化されて行っていた。


「あぁ、話は聞いてる。でもこの戦場じゃ、強い奴が無茶しなきゃ総崩れだ。翔は間違っちゃいないさ。だからこそ、俺が翔が思いっ切り手助けできるように付いて行ってやるよ」

 紫藤の金が必要だから残るって話は、間違いなく彼の本音だろう。

 だけど、恐らくそれだけじゃなくて、紫藤は中級の妖と戦える自分が抜ければ、どれだけ周囲の負担が増すかもわかっているのだ。

 その上で、最も自分か力を活かせる場所は、俺達の傍だと判断した。


 さっきまで、加えてくれって話だったのに、今は付いて行ってやるなんて風に言ってる紫藤。

 それが如何にも彼らしく、そして実に頼もしい。


 本当に勝ちたいと、心の底からそう思う。

 茜も、紫藤も、誰も失わずに勝利して、酒肆で盛大に祝うのだ。

 まぁ、俺は酒はまだ飲めないけれども。



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