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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

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 ギリギリと、人の身の丈よりもずっとずっと大きな弓が、圧し折れそうな程に強く引かれて異音を発する。

 当然ながらそれを引くのは人じゃない。

 人の身では、たとえどんな剛力の持ち主だって、その弓を引くには身の丈も、手の長さだって何倍も足りないから。


 その弓を引いているのは、全身を真っ赤に塗られた大鎧だ。

 弓なんて扱いの難しい武器を、大鎧を介して使う。

 大鎧の操作なんてさっぱり知らない俺でも、それが途轍もなく難しい事だろうというのは、想像が付く。

 しかしその大鎧は、人の身でも難しい、繊細な感覚が必要な弓術を見事に再現していて、唸りを上げて飛んだ巨大な矢は、山の木々の間に見えた妖を貫き、辺りには大きな悲鳴の声が響き渡った。

 そしてその声が、次の戦いの開始を告げる合図となる。


 休息を終えた討伐軍の攻撃は、本来ならば陽が中天に差し掛かる頃合いに始まった。

 だが雨は未だに降り止まずに続いているから、雲の向こうに陽の気配は感じるものの、辺りは変わらず薄暗い。


 夜の戦いは、妖が山から攻めてきた事で始まったが、今度の戦いは討伐軍が山に踏み込み行われる。

 但し山に無防備に踏み込めば、どこからどんな風に妖の攻撃を受けるかわからず、圧倒的に不利な状況に陥ってしまう

 故にまずは弓と、討伐軍に加わった術師による、遠距離からの攻撃が行われた。

 その様子は、まるで山という拠点を攻める、城攻めのようだ。


 但し大鎧で弓を撃つなんて真似は、さっきの赤い大鎧以外にはできないらしく、他に大きな矢が飛ぶ様子はない。

 やはりあれは限られた者にしかできない特別な芸当で、あの赤い大鎧を操る武将は、さぞや名の知られた強者なのだろう。


 多くの術が使われる様子は、こんな事を言える状況ではないのは百も承知だが、実に勉強になる。

 基礎となる知識に欠けていた頃ならともかく、今は飛んでいく術がどんな仕組みで使われているのか、薄っすらとだがわかっていた。

 月影法師の講義だけでは理解が埋まらなかった辺りも、実際にそれを目の当たりにすれば、教わった意味に得心もいく。

 術者は貴重な存在だから、これだけの術が一度に飛ぶ光景を見る事は、なかなかできないから。

 故に、そう、不謹慎ではあるかもしれないが、俺はそれに、どうしても目を奪われる。


 でもずっとのんびりと術を観察している訳にもいかない。

 弓や術によって妖が削られ、隠れていた姿が焙り出されれば、

「掛かれぇ!!」

 前衛にも突撃の指示が下る。


 相手の位置がわかって突撃するなら、それはもう夜の戦いと殆ど同じだ。

 ただ目の前の敵を倒せばいい。

 後衛による射撃と前衛の突撃。

 これを繰り返して山を少しずつ攻略するのが、討伐軍の方針だ。


 しかし一つだけ、夜の戦いと違う事がある。

 それは山の中の戦いには、赤や黄の、中級の妖怪も加わるって事だった。

 中級の妖怪が相手となると、まともに戦えるのは大鎧か、或いは達人の域の武芸者だけだ。


 不意に、気配を察した俺は、地を蹴り木の枝へと跳び上がり、更にそれも蹴って高々と天に飛ぶ。

 けれどもその後を追うように、地を割ってその中から飛び出したのは、体長が何間あるのかもわからない、大蛇と呼ぶのも生易しい巨大蛇。

 身体は白いが真っ赤な筋が縦に入っていて、特徴的な模様を成していた。

 こんな化け物が白の妖である筈がないから、恐らく赤の妖だろう。


 空中に飛び上がった俺を追って、赤の蛇の身体が伸びる。

 本当に馬鹿でかい蛇だ。

 白や黒の魂核では、従鎧を動かすにも複数を無理矢理一つに固めなければ出力が足りないというのに、赤や黄、中級の妖の魂核なら一つで大鎧が動くというのも頷けた。

 何故なら、そもそも妖の時点で、こんなにも大きな身体を動かしているんだから、そりゃあ、大鎧だって動くだろう。

 中級の特に赤の妖は単独で町を幾つも破壊できるくらいの脅威だと聞いたが、それもまんざら大袈裟な話ではないかもしれない。


 だがその口が俺に届く寸前で、バチンと巨大蛇の頭に何かが当たり、その動きが一瞬止まる。

 そう、俺の仲間、茜が放った鉄砲の一撃。

 件の銀を被せた弾とやらも、赤の妖を撃ち殺せる程の威力はないようだが、それでも動きを止めるくらいなら可能らしい。

 そして動きが止まれば、十分だ。


 間抜けにも開いたままの口、上顎を狙って、俺は金砕棒を全力で振り抜く。

 動き回ってる最中の胴体なら、鱗の硬さや肉の厚さも相俟って、打撃の威力を逃がされてしまったかもしれない。

 しかし動きを止めてしまったならば、その鋭い牙を圧し折って、上顎と共に頭の一部を吹き飛ばすくらいは、造作もなかった。

 この戦いで気付いたのだが、どうやら俺は、自分で思っていたよりもずっと、人並外れて強かったのだ。

 尤も茜の援護がなければ、今のは危なかったから、少しばかり肝は冷えたが。


 頭を失った巨大蛇の身体は、力を失って地に落ちて、びくんびくんとのたうち回る。

 恐らく頭の一部を失った事で、一緒に意識も失ったのだろう。

 でも命はまだ健在らしく、頭の再生が既に始まろうとしていた。

 ただ、俺がそれを許す筈はない。

 落下の勢いを借りながら、再び金砕棒でその身を打てば、ぶつりと巨大蛇の身体は千切れ、力を失い動かなくなる。

 巨大な化け物の討伐に、大きな歓声が周囲から上がった。


 けれども、俺には止まっている暇はない。

 赤や黄、中級の妖を相手できる戦力は限られているから、俺が止まるとその僅かな時間にもどこかで誰かが死んでしまうかもしれないから。

 だが魂核の回収だけはしておく必要がある。

 砕けた頭部のその奥に、身体の赤い線が通るその下に、握り拳よりも大きな赤い玉が埋まってた。

 これを放っておくと、また再生しかねないから、えいやと掴んで強引に引っこ抜く。

 戦いが終われば、この魂核も弘安家に引き取られ、新しい大鎧になるだろう。


 感謝を込めて視線を送れば、やはり従鎧の肩の上に陣取っていた茜が、それに応じて頷いてくれる。

 すっかりあそこが定位置みたいになってるのが少し可笑しくて、思わず緩んでしまった唇を強く結び直して、俺は次の獲物を目指して駆け出した。



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