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胴側の近くを走る道を通って南の山々に近付くと、その気配は明白だった。
特に激しく雨の降るその山には、中腹辺りにこれまで感じた事もない、大きく強い妖の気配がドンと居座る。
更に山中が、無数の妖の気配に満ちていた。
これなら妖の気配を知ってる俺じゃなくても、山の様子がおかしい事は一目で感じられるだろう。
討伐軍が山に近い村に入ると、村には誰も残っていない。
避難したのか、一人残らず妖に食われてしまったのか。
……村には争った形跡や、血の跡もなかったから、恐らく避難したんだろうとは思うけれど、一体どこへ?
少なくとも、ここに来るまでに通った道では、避難する村人とすれ違ったりはしなかった。
こちらが妖の気配を感じているように、あちらも大勢の人の気配を感じているだろう。
雨に打たれながらの行軍は、討伐軍の体力を大きく削ってる。
俺は平気だけれど、多くの徒歩の兵の顔色は、あまり良くない。
村の家や、天幕を張って雨を避けながら、討伐軍は交互に最後の休息を取った。
大鍋で作られた暖かな汁物を啜り、寄り集まって眠る事で、どの程度の体力が回復するだろうか。
明日には、妖との戦いがあるだろう。
もちろん今夜、向こうから攻めてくれば、その予定は半日早まる。
休息を与えずに攻めて来るか、それとも自分達に有利な山に籠るか、選択権があるのは妖側だ。
討伐軍は、この雨を止めなければならない以上、向こうが攻めて来なければ、こちらから攻める必要があるから。
胴川が溢れ出さないよう、月影法師を始めとする強力な術者が対応してるが、それも何時までも保つ訳じゃなかった。
どちらが先に手を出すかの我慢比べは、討伐軍には許されていない。
ただ個人的には、妖から攻めて来る可能性の方が高いと思う。
何故なら、今回の群れを率いる蛟は、人への、弘安家への戦意がとても高いからだ。
今、蛟は蛇巳丸の、正しくはその中にある、加工された青の魂核、同類の存在を感じているだろう。
同胞を殺されたのみならず、人で言うところの心臓に当たる代物が、加工されて絡繰り人形を動かす動力にされていた。
その様を間近で見せ付けられて、心中が穏やかであろう筈もない。
俺は妖が今夜中に攻めて来ると当たりを付けて、少しでも体力を回復させておくべく、早々に食事を済ませ、横になって目を閉じる。
もちろん茜を一人にしてはおけないから、彼女にもそれを説明し、隣で早めに休んでもらう。
そして、敵襲を告げる声で目を覚ましたのは、それから数刻後の事だった。
妖側の襲撃を受け止めたのは、討伐軍の大鎧。
どうやら総大将、弘安家の当主も妖が攻めて来ると踏んでいたらしい。
主力の大鎧を稼働させ、襲撃を待ち構えていたのだ。
大鎧が敵を受け止めてくれたお陰で、徒歩の兵も慌てる事なく……、というのは流石に無理だけれど、混乱状態には陥らずに、戦闘態勢が整う。
そうなると、次に戦うのは徒歩の兵の番だった。
大きさが全く異なる為、大鎧のすぐ傍では、徒歩の兵は戦えない。
踏み潰されるかもしれない恐怖の中で戦うのは、豪胆な武芸者であっても困難だ。
故に徒歩の兵が前に出ると同時に、従鎧を残して大鎧は下がっていく。
主力となる大鎧は、赤や黄の中級の妖、それから大妖の蛟を倒す為にも、あまり消耗はさせられないから。
最下級の無位や、白や黒、下級の妖を倒すのは、徒歩の兵の役割だった。
従鎧が残ったのは、徒歩の兵の支援の為だ。
他の大鎧に比べると小さく、動きも然程に速くない為、従鎧からは徒歩の兵も巻き込まれないように逃げ易い。
それでいて頑丈さは人とは比べ物にならないから、徒歩の兵の盾として大いに機能する。
敵は、やはり最初は無位や、白や黒の妖が攻めて来ていた。
今回の無位の妖は、濁りと呼ばれる類のもの。
瘴気よりもしっかりとした実体のある妖で、基本的には親となった妖と、人を混ぜたような姿をしてる。
親が蛟の眷属、蛇の妖である為、濁りの姿はまるで直立した蜥蜴のようだった。
白や黒の妖は、人を簡単に飲み込めてしまいそうな大蛇。
動き方を見ると、濁りが雑兵、黒は精鋭兵、白は前線部隊の指揮者といったとこだろうか。
つまりこの戦いを有利にするには、白を討ち取っていくのが早そうだ。
さて、確認も終わったし、そろそろ俺も行くとしよう。
「一当てするから、援護は頼む」
茜にそう声掛けて、俺は地を蹴り高く跳ぶ。
着地点は、近くにいた従鎧の肩だ。
ここを足場に再度跳んで、無位や黒の妖の頭の上を飛び越えて、真っ白な大蛇目掛けて、金砕棒を振り被る。
思えば、これを振るのも久しぶりだ。
領都に辿り着いてからは、金砕棒に頼る場面なんて一つもなかった。
きっとこれは、あんな風に人に混じって生きて行くなら不要な、強過ぎる力なんだろう。
けれどもその強過ぎる力があってこそ、成せる事も確かにあるのだ。
強過ぎる力にも、……俺にも、必要とされる瞬間はある。
それが今、この時だった。
遠慮は要らない。
相手は妖の大軍だ。
思いっ切りに、ぶっ飛ばせ。




