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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

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 蛟と呼ばれる妖がいる。

 恐らく大元となったのは半水棲の蛇、水蛇で、これが怪物の息を受けて妖となったのだろう。

 なんでも、水の豊富な地域では名前が知られている事の多い妖で、弘安家もまた同じだった。

 いや、弘安家の領内では特に知られているかもしれない。


 というのも、この辺りに伝わる昔話では、弘安家の祖が蛟の大妖を倒した事で、川の周辺を人の手に開放し、領主となったとされているから。

 今は一頭の川とか、二頭の川とか、胴川なんて名前で呼ばれてる川は、全て昔は蛟の川と呼ばれていたという。

 蛟を討伐して川を解放して領地を手に入れたから、弘安家の旗には蛇の姿が描かれる。

 以前、俺は旗の印は川にちなんでると言ったけれど、この辺りは全てが一本の線で繋がっていた。


 なので弘安家には祖から相伝された家宝として、討伐した蛟の、青の魂核を動力とした大式正の鎧がある。

 その大鎧が、先日唸りを上げたそうだ。

 大鎧の調整を行う匠によると、動力の魂核が、自分に近く、近しい妖の存在を感じ、活性化しているのだという。

 つまりは、他の蛟の大妖が、付近にやって来ている可能性が高いと、そういう事らしい。

 それも討伐された蛟と関わりが深く、この地に住む人々に悪意を持った蛟が。

 今は弘安家と契約をしてる視號の里の忍びが、南の様子を探りに走ってる最中だそうだ。


 ここまで詳しい事情を知れたのは、月影法師が水害対策の為に弘安家に助力を求められたから。

 月影法師は既に川の氾濫を抑えに胴川へと向かったが、もう一つ、教えてくれた情報があった。


「蛟の存在が確認されれば、すぐに領都にも公表され、討伐する為の軍が編成されて、南に派遣されるでしょう。しかし即応が求められた為、領内の全てから兵力を集められはしませぬ。蛟が多くの眷属を引き連れていれば、戦力は足りぬでしょう。故に領都の武芸者や術者には、ほぼ全員に助力の要請がある筈。もちろん、翔君にも」

 それは蛟の討伐軍が派遣され、俺もそこに加わる可能性が高いって事。

 この話を事前に教えてくれるのは、もしも討伐軍に参加したくないのなら、今のうちに領都を出てしまえって意味だろう。

 俺は武芸者でも術者でもないんだけれど、まぁ、口入屋からは戦える人材として仕事を回して貰ってるから、その類だ。

 しかし水の被害に遭うかもしれない領都から逃げ出すのは、流れ者としては至極当たり前の話だし、要請が掛かる前に出て行けば、それから逃げた事にもならない。


 大妖とは、大昔に怪物の息を受けて変容した、妖の祖だという。

 故に大妖は、時間を掛けて生み出した眷属を率いている。

 それこそ、群れでなく妖の軍を成せる程に多く。


「これを災難と見做すか、名を上げる好機と見做すか、それ以外の考えを持つかは君次第。ですが、翔君。君がこの地を助ける力になってくれれば、助かります」

 ただ、もちろん俺が、この状況から逃げるなんてありえなかった。

 今の状況は、好機である。

 でもそれは、名を上げる好機じゃなくて、月影法師や双明寺に、或いは口入屋や酒肆の主、この領都で世話になった人達に、恩を返して喜んで貰う好機だ。


 何しろ、俺はこの領都に来たその日に、月影法師を他人と思わず、受けた恩を必ず返すと決めている。

 その機会が巡って来たのが、好機でなくなんだというのか。 


「なるほど、これは実に頼もしい。君は隠円君の弟子ですから、流石は我が弟子等とおこがましい事は言えません。ですが今の言葉は、本当に嬉しく、誇らしく思いましたぞ」

 そう言って月影法師は、本当に嬉しそうに笑ってくれた。



 討伐軍の出立は、降り続く雨の中にも拘わらず、領都の民の大歓声と共に行われる。

 領都の民も、この続く雨を不安に思って、その原因が蛟にあると知り、それが討伐される事を望んでいるのだろう。


 その討伐軍の中でも最も目立つのは、弘安家の家宝でもある大式正の鎧だ。

 青の魂核を動力とするその大鎧は、以前に俺が戦った従鎧の倍以上の身の丈があった。

 恐らく七間(12,6メートル)近くあるんじゃないだろうか。

 重厚さや感じる力も、従鎧とは比較にもならない。


 蛇巳丸(じゃみまる)という名のその大鎧は、弘安家の血筋でなければ動かせないとの事で、乗り込むのは当主だという。

 当然ながら総大将だから、蛇巳丸は討伐軍の最大戦力ではあるけれど、軽々には前に出て戦えない。

 仮に当主が倒れても、領都には嫡男が残っているが、それでも弘安家の混乱は避けられないから。


 一つ気付いたのは、弘安家の領内の広く整備された道は、蛇巳丸が歩ける幅だって事。

 つまり弘安家は、蛇巳丸を戦力として運用する準備は、常に怠っていないのだろう。


 さて、蛇巳丸程ではないが、弘安家に仕える上級家臣、武家が有する赤や黄の大鎧も、中々の威容だ。

 赤や黄の大鎧の身の丈は、およそ四間半《8.1メートル》。

 蛇巳丸程の大きさはないが、一つ一つに手の込んだ装飾が施され、その姿は壮麗だった。

 総大将が乗り込む蛇巳丸が軽々には前に出て戦えない為、主力となるのはこの赤や黄の大鎧である。


 更に弘安家の中級家臣の乗り込んだ従鎧も付いて歩くが、こちらに関しては特にいう事もない。

 無位の妖なら蹴散らせるだろうし、黒や白の妖にも勝てるくらいには、従鎧にも巨体の利があるだろう。

 しかし赤や黄といった中級の妖には複数で掛からねばまともな戦いにならないし、恐らく大妖である蛟に対しては、戦力にもならない筈だ。


 大鎧の後ろを徒歩で付いて歩くのは、弘安家の下級家臣に加え、領都の武芸者や術者達。

 その中には、槍を担いだ紫藤や、大きな荷物を背負った茜の姿もあった。

 知り合いの姿に、俺は少しばかり安堵する。

 ……鉄砲撃ちの茜まで駆り出すなんて、本当に手あたり次第なんだなって感じではあるけれど。


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