表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/46

19


 行きは七日掛かった道のりを、五日で戻り、俺達は領都で解散する。

 やはり行きは荷が重かったのか、帰りの方が牛の足も速かったのだ。


 牛を厩舎に戻して少しばかりの荷を商家まで運べば、俺達の仕事ぶりが良かったからと、行商人は報酬を二割増しでくれて、都合が良ければまた次回も頼みたいと、そんな言葉まで言ってくれた。

 報酬が増えたからか、それとも依頼人が仕事ぶりに満足してくれたからか、茜も上機嫌で、

「楽しかったよ。翔とはまた一緒に仕事したいね。ほら、君はアタシが女だからって、侮ったりしなかったし」

 ポンと気安く俺の肩を叩く。

 結局、荒事は起きずに無難に終わったから、お互いの実力が確認できた訳じゃないけれど、それでもある程度の人柄はわかった。


 女が荒事も多い仕事をしてると、何かと面倒は多いのだろう。

 まぁ、茜が俺とまた仕事をしたいと言ってくれるのは、素直に嬉しい。

 行商人からの言葉もそうだったけれど、誰かに気に入られて好意を向けられるのは、とても心地好く思う。


「口入屋がそういう仕事を回してくれる時は、是非、喜んで」

 だから俺も、できる限り前向きな答えを返す。

 ただ、そう、口入屋から仕事を回して貰ってる以上、必ずしも都合良く一緒に仕事ができるとは限らない。

 例えば、酒肆での用心棒の仕事なんて、二人で行っても無駄になる。


 では、どんな仕事なら一緒にできるだろうか。

 領都の中でとなると、ちょっと思い当たらない。

 茜の鉄砲は、町中では少し使い難い武器だった。

 すると今回の護衛のような、領都の外に出る仕事になる。

 つまりは比較的だが、大きな仕事だ。


 護衛、賊の退治、妖退治。

 弘安家の領内は治安が良いから、それらの仕事が頻繁にあるとは思えなかった。

 特に賊や妖の退治をしようと思うなら、もっと荒れた場所まで出向くべきだろう。


 茜と一緒に仕事をする為に領都から別の場所に移ろうとは、今は流石に思えない。

 まぁ、そんな提案をされたって彼女だって困るだろうし。


「うん、丁度良い仕事があったら二人に回してって、口入屋には伝えておくよ。じゃあ、またね」

 故に俺の返事は、できる限りしか前向きではなかったのだけれど、茜はそれで十分だったのか、笑ってそう言い、去って行った。

 一人になった俺は、その背中を見送って、では双明寺に帰ろうかと思ったところで、ぽつりと鼻先に雨粒が当たった事に気付く。

 これは何とも間が悪い。

 いや、護衛の仕事の最中に降らなかった分、良かったのか。

 折角ここまで降らずにいてくれたなら、後ほんの少し、双明寺に辿り着くまで、待ってくれたら更に有難かったのに。


 雨に駆け出した領都の人に混じり、俺も双明寺を目指して走り出す。

 これは帰ったら、是非とも風呂を沸かして貰おう。

 元より旅の垢は落としたかったから、風呂には入りたかったけれど、雨に濡れた身体には、熱い湯がさぞや心地好いだろうから。



 そしてその日から、雨は三日三晩降り続いて、未だに止んでいなかった。

 この辺りの雨はまだ比較的だが勢いも弱いが、南の山々の上には大きな雨雲が留まって動かず、激しい雨が降り続いているそうだ。


 以前にも少し述べたが、弘安家の領地の発展には川の存在が大きく寄与している。

 しかし川が齎すのは必ずしも恵みばかりという訳じゃない。

 増水で川が氾濫すれば、田畑は泥を被ってしまい、育てている作物は駄目になるだろう。

 それどころか、氾濫の規模が大きければ、人や建物を押し流す事だってあり得るのだ。


 実際、領都の東の船着き場の町は、既に人々の避難が始まっているらしい。

 そう、上流である山付近の雨脚が強い為、広く大きな胴川の水位も、危険な所まで上がっている。

 もちろん弘安家だって領地の安全の為、長年治水工事は怠らず、川岸には高い堤を築いていた。


 弘安家の領内で罪を犯した場合に課せられる労役は、専ら土を盛って胴川に堤を築く工事だという。

 また納める年貢が用意できなかった村も、農閑期にこの工事に人を出せば、年貢が軽減されるんだとか。


 だがそうした努力をしても尚、川を完全に制御し切る事は不可能で、今の胴川は氾濫の危機にある。 


 これが単なる自然現象だったら、もうどうしようもない話だ。

 天に住まうという神々に、よりにもよってどうして、収穫も間近なこの時期にこんな雨を降らせたのかと、恨み言を吐くより他にない。

 けれども、今、南の山々に留まり続ける雨雲は、どう考えても普通の自然現象ではありえなかった。


 月影法師によると、陰の属性を強める事で雨を呼ぶ術は存在しているという。

 ただ一時的ならともかく、こうも長く、それも激しく雨を降らせ続けるとなると、卓越した術者が、それも複数必要になるそうだ。

 それこそ、俺の師である円行者や、月影法師並みの術者が。


 術者の仕業であるならば、それは他領からの弘安家に対する攻撃、破壊工作だろうが、果たしてそれ程の術者を、敵地に送り込むような危険な任務に使うだろうか?

 ただでさえ、術を扱える者は希少な存在だった。

 雨を降らせる術を扱える程の術者になると、尚更である。

 それを失う危険を冒してまで破壊工作をする必要があるのかは、大いに疑問だ。


 川が氾濫したからといって、すぐさま弘安家が滅ぶ訳ではない。

 もちろん収穫は大きく減じ、川の周辺の集落や、或いは領都にも大きな被害が出るかもしれないが、言ってしまえばそれだけである。

 領内の民が飢えるなら、弘安家は軍を動かし、他の領から食料を奪ってでも、自らの領民を助けようとするだろう。

 すると破壊工作をした側も、飢えた獣に襲われる事になりかねなかった。

 そうなるくらいなら、同じ雨を降らすにしても、自領の水が足りぬ地域に降らせた方が、ずっと良い結果を生む。


 では術者でないなら、他にあり得る可能性は何か。

 それは当然、妖だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ