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 行商人と入った視號の里は、意外と普通の村だった。

 いや、恐らくこの付近はそういう造りにしてあって、実際に忍びの里としての機能は、もっと奥にあるのだろう。


 牛から荷を下ろす男達は普通の村人を装っているけれど、よく見ると動きに無駄が少ない。

 ずっと師の動きを見て来たから、訓練を積んだ人の動きは見ればわかる。

 寧ろ小さな頃は、村に降りる度に他の人は何であんなに無駄な動きが多いんだろうって不思議にさえ思ったのだ。

 視號の里の男達は、本来ならばもっと鋭く動けるんだろうけれど、普通の村人を装って敢えて無駄を出してるのが、何となくだがわかった。


「これで暫くの間は塩に困らずに済みます。仕儀殿、いつも里の為に荷を運んでくださって、ありがとうございます」

 行商人が名主と思わしき男にそう言われているけれど、本当に彼が村の長なのかは、大分怪しい。

 正しくは、名主役の男なのだろうと俺は思う。

 普通の村ならともかく、忍びの里の頭領が軽々しく余所者の前に姿を見せるとは思えなかった。

 もちろん、それを口に出したりはしないけれども。


 村の子供がこちらを覗きに来ていて、大人に叱られて蜘蛛の子を散らすかのように走って逃げていく。

 それはとても平和な光景に見えた。

 まぁ、当たり前なのかもしれないけれど、忍びの里といっても人の集落である以上、当たり前の営みはあるのだろう。


「いえいえ、これも商いですから。次は二月後か、遅くても三月後には参ります。必要な物があれば仰って下されば、その時に持って参りましょう」

 行商人が視號の里の関係者なら、名主役の男とどちらが立場が上とか、そういった何かはある筈だけれど、二人ともそんな様子は微塵も見せずに、丁寧なやり取りを続けてる。

 なるほど、行商人は二ヶ月に一度か、遅くても三ヵ月に一度の頻度で視號の里に荷を運ぶのか。

 もし仮に、村へと荷を運んでいるのが、この仕儀と呼ばれた行商人だけなら、視號の里の規模も何となく察しが付く。


 俵一つの容量はおおよそ四斗(72リットル)

 それが十六あったから、六十四斗の塩が運ばれた事になる。

 人が一日に必要とする塩の量は一勺(18ミリリットル)にも満たない。

 大雑把に一人が一日に一勺の半分を必要とするとして、十二万八千日分か。

 貧しい村なら塩の量も大きくケチるだろうが、忍びの者として訓練を積む彼らがそうするとは思えなかった。


 これを九十日……、いや、余裕を見て百日程で使い切ると考えると、千二百八十人が必要となる。

 まぁ実際には使う塩の量は人によって、大人や子供でも違うし、里での立場によっては食べる物も変わる筈。

 塩の使い道は単純に摂取するだけではなく、またある程度は予備に残すだろうから、結局は八百人は下回ると思う。


 これは村として考えるなら割と規模は大きめだ。

 しかし弘安家が契約して、領内の他の場所とは違う扱いをしている忍びの里と考えると、些か以上に物足りない。

 見回した限りだと、村としての規模と大雑把に計算した人口に違いはなさそうだけれども。


 すると視號の里として表に見えているのがここなだけで、実際にはこの辺りに、他にも複数の集落があるのかもしれない。

 本来はその全てが合わさって視號の里を成してるのだと考えると、……何だろう、しっくりくるし、ワクワクもする。

 敢えて行商人を使って塩を運ぶのは、視號の里にはこの程度の数しかいないのだと、欺瞞する為じゃないだろうか。


 もちろんそれは、全て俺の勝手な想像に過ぎないけれども。



「子供達、足速かったね」

 行商人の取引が終わり、視號の里を出た後、牛が逸れないように誘導しながら、茜がポツリと呟いた。

 行きは荷を一杯に積んでいた牛も、今は視號の里で採れた薬草やら、彼らの編んだ草鞋やらの束を載せてるくらいで、足取りも随分と軽い。


「そうだっけ……。あんなものじゃないのかな?」

 茜の言葉に、俺は返事に困りながら、無難にそう返す。

 いや、もしかすると彼女の言う通りなのかもしれないけれど、普通の子供が走る速さなんて、俺は知らない。

 少なくとも、自分が子供の頃はもっと速かったと思うが、これを基準にしちゃいけないのは、俺だってよくわかってる。


 もちろん子供が走ってる姿を見た事がない訳じゃないけれど、敢えて子供に注視するって経験はこれまでになかったから。

 ……いや、今までにそれを見る機会なんてそれなりにあったのに、子供を見る意味なんてないと勝手に思って、それを切り捨てていた俺の見識が狭いのか。


「この辺りは険しい場所ですからね。駆け回る子供達も鍛えられてるんでしょうね。さて、お二人とも、帰りもよろしくお願いしますよ」

 行商人の言葉に、俺と茜は頷く。

 護衛の最中、ずっと無駄口が許されないって訳じゃないけれど、だからって気を抜いても良い訳じゃない。

 それに行きと帰りなら、恐らく危険度は帰りの方が上である。


 何故なら、追剥ぎや賊の類は、荷を奪っても売り捌く伝手がなければどうしようもないが、商取引が終わった後に金を持ってる商人を襲えば、その手間もなく金を奪う事ができるから。

 また行きよりも帰りの方が、商人やその護衛にも気の緩みや疲れが出るだろう。

 領都に帰り着くまでが護衛の仕事だ。

 最後まで、気を抜かずに務めを果たさなきゃいけない。


 ただ、行商人があまりそこには触れて欲しくなさそうに口を挟んで来たって事は、茜の言葉は正しかったのだろうなって、そう思う。




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