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 思い切り振り被って投げた石は宙を切り、狙い通りに草むらでケンケンと鳴いていた雉の身体を穿つ。

 雉はぐらりと地に倒れ、抵抗する事もなく息絶える。


「お見事! いい腕してるね。この距離を印地打ちで雉を仕留めるなんて、技も力も相当なものだよ」

 それを見ていた茜が、驚きを露わにその成果を褒め称える。

 こう、大袈裟過ぎて少し恥ずかしくなるくらいに。

 確かに印地打ちには自信があるが、鉄砲撃ち、つまりは遠距離攻撃の専門家である彼女に言われると、やっぱりどうしても面はゆい。


 雉を拾って帰って来ると、牛に草を食わせたり休ませていた行商人も、

「おぉ、でかい雉じゃないですかい。これは食いでがありそうだ。印地で鳥を仕留めるなんて、翔さんやりますな。まるで忍びの者のようだ」

 相好を崩して喜ぶ。

 いや、忍びはお前か茜じゃないのかって、思わず返したくなるけれど、それを言ってしまうとややこしい事になるのは見えているから、俺は首を横に振る。


 まるで探るような物言いをされるのは気になるけれど、彼が視號の里の関係者なら、他所の里の忍びを中に入れる訳にはいかないだろうから、印地打ちの技を見せた俺を疑ってしまうのは仕方ない。

 こういう時は、まぁ、正直に言うのが一番だ。


「俺を拾って育ててくれた師が修験者で、生きてきた時間の半分くらいは山野に籠って過ごしたから、慣れてるだけだよ。それに、それを使えばそっちだって、雉くらい幾らでも仕留められるんじゃないか?」

 行商人に仕留めた雉を渡しながら、俺は視線を茜に、より正確には彼女が背負う鉄砲へと向ける。

 あの鉄砲が飾りでないなら、さっきの俺よりも遠くから、雉を撃ち抜き仕留められる筈。

 そして俺は、茜が紛れもない本物の鉄砲撃ちだとの確信があった。


「おぉ、そうだねぇ。茜さんは鉄砲撃ちと伺ってますな。確かに鉄砲なら、雉どころか鹿や猪でも仕留められるでしょう」

 雉を手にして、行商人はその重さに笑みを浮かべながら言う。

 俺だと雉は焼く程度しかできないが、彼は鍋を持っているから、きっと美味しく調理してくれる筈。

 しかし、行商人の言葉からすると、茜と彼は以前からの知り合いという訳ではなさそうだ。

 つまり行商人が視號の里の関係者なら、茜は違うって事になる。


 ……本当にそうだろうか?

 いや、考え過ぎても仕方ない。

 別に行商人が忍びの者であろうとなかろうと、茜がそうであろうとなかろうと、俺に関係がある話じゃないのだ。

 好奇心から探り過ぎれば、それこそ藪を突いて蛇を出すような事になりかねないし。


 口入屋を通して引き受けた依頼である。

 俺を騙して害するような裏は、基本的には存在しない筈だ。

 故に余計な事は気にしないで、護衛の役割を果たすのが良い。


「仕留められるかって言われたら、できるんだけれどね。……こいつは撃つのに弾と玉薬が必要だから、雉くらいじゃ仕留めても赤字なの。猪や熊ならいいんだけど」

 茜は自分の鉄砲を撫でながら、とても残念そうにそう言った。

 何で残念そうなのかは、聞かない方が良さそうだ。

 玉薬の値が張るというのは、師からも聞いた鉄砲の特徴の一つである。

 それに鉄砲自体も高価な武器で、整備等の維持にも金が掛かるんだとか。


 己の肉体と金砕棒が武器の俺には、装備品の維持費というのは、どうにもピンとこない話だ。

 ただ、猪やら熊を見付けたら、自分じゃなくて茜に任せた方が良いのだろう。

 猪も熊も、流石に護衛の仕事の最中に狙って仕留めるような獲物ではないけれど。



 そうして七日も歩いて視號の里が近くなると、辺りの雰囲気も変わってくる。

 道は細く荒れているし、周囲の地形も険しい。

 弘安家の領内はどこも道が広くて整備されていた為、非常に不便に感じてしまう。

 だが視號は忍びの里だというから、恐らく万一の場合に備え、軍勢に攻められ難い地形を選んで集落を築き、道の整備も最小限にしているのだ。


 また時折だが、どこからか人の視線も感じた。

 ただ見られたのはわかるんだけれど、具体的にどこから見られたのかが掴めなくて、どうにも微妙に気持ちが悪い。

 確かに周囲には隠れ潜める場所も多そうだけれど、それでも山野での生活に慣れた俺に居場所を掴ませないとは、本当に卓越した、見事な隠身の技である。


「もうすぐ到着ですぞ。少し変わったしきたりのある里ですからな。あまり余所者がうろつく事は好まれません。取引の間は、いえ、里では私から離れんようにして下さい」

 行商人の言葉に、俺も茜も頷く。

 どうやら、事情は察しろって事らしい。

 視號が忍びの里であるというのは、大っぴらにされてる訳じゃないけれど、詳しく調べれば分かる話だ。


 俺がそうしたように口入屋から目的地を聞かされた時点で調べれば、辿り着ける情報である。

 逆にそれが調べられないような相手には、口入屋もこの仕事を回したりはしないのだろう。


 なるほど。

 護衛に向いた厳つい男ではなく、俺や茜にこの仕事が回されたのは、視號の里の事を調べた上で、弁えられると口入屋に判断されたからなのか。

 尤も俺に関しては、まだ仕事の実績が少ない俺自身よりも、双明寺の月影法師に対する信用があるからではあるのだろうけれども。


 だから行商人は、わかっているんだろうから里の中では黙って、怪しい動きをせずに傍にいろ。

 そんな風に、言葉には出さないがそう言っているのだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 >印地打ちで雉を仕留めるとか忍びみたい そういえば『修羅○刻』の陸奥圓明流の伝承者候補の双子が、忍びでもないのに火縄銃対策として『雹』という技(石を弾丸みたいに放つ技…
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